<第125話> ついに語られる事件 ⑥
「あぁぁ~」
右手を見た瞬間、麗子の体中の力が抜けてしまった。
麗子は、その場に倒れてしまった。
背中から血が流れ続けているのが感じられる。
(あなた、曜子・・・・)
心の中で無意識に二人の名を呼んでいた。
(曜子!)
麗子は我に返った。
(私は、こんな所で倒れている場合じゃない!
何をしていたの・・・駄目じゃない、私。
すぐに娘の所に行かなくては!)
麗子は、ゆっくりと顔を上げ、部屋の中の娘を探した。
娘は、先程と同じ場所でうずくまっていた。
「曜子。」
麗子は、立ち上がろうとした。
「痛いっ。」
力が加わると背中には鈍い痛みが走り、麗子は、その場でまた崩れ落ちてしまった。
(どうしよう・・・。
私、もう立てないのかしら・・・。)
弱気になる麗子。
(あれっ・・・?手の下に何かある?)
倒れた麗子の右手の下に、冷たく丸い感触があった。
麗子は、それを取り上げて見つめた。
小さな黒曜石だった。
その小さな石の形は、不思議にも床の間に飾っていた黒曜石ととても良く似ていた。
「黒曜石さん・・・。
ありがとう、応援してくれているのね。」
麗子は、石を優しく握りしめた。
麗子は再び娘の元に向かおうとした。
そして今度は『立てないならば・・・』と、這いつくばりながら前に進み始めた。
麗子は、娘の近くまで必死に歩んできた。
「曜子」
麗子は、弱々しく娘に呼び掛けた。
しかし、その声は娘の耳には届かなかった。
曜子は、両手で耳を塞いでいた。
そして「怖い、助けて、ママ、パパ・・・」
と小さく呟き続けていた。
曜子は、自分の声で周囲の恐怖の音を必死にかき消していたのだ。
母の身に危険が迫ったあの時、娘は目の前で起きている光景の恐ろしさに、その場でうずくまってしまったのだ。
ガタガタと震えながら、ブツブツとつぶやき続ける曜子。
その様子を見て母は、娘の耳元に優しく口を近づけると
「曜子ちゃん、ママよ。」
ともう一度ゆっくりと話し掛けた。
「ママ・・・? ママなの?」
曜子が顔を上げた。
娘の顔の隣には、真っ白な母の優しい笑顔があった。