<第123話> そして語られる事件 ④
「逃げてぇ~!」
麗子が男の後ろから叫んだ!
曜子は、母の声に応えるべくガタガタと震える足をこらえながら立ち上がろうとした。
「止まれっ!」
ドスの効いた声で男が叫んだ。
「ひっ。」
小さく息をのむような麗子の音が口からこぼれた。
どうして親子は、こんな時でさえもお互いの声を良く聞き取れてしまうのだろう・・・。
曜子の逃げ出そうとしていた動きは止まり、母の音に反応して振り返ってしまった。
男の右手には、刃物が握りしめられていた。
その刃先は麗子に向けられていた。
「今君が逃げたら、もう二度とお母さんには会えないよ。」
男は曜子が振り返ったのを確認して、意地悪く話し掛けた。
男の視線が娘へ向けられ、自分から気が逸れたその瞬間、麗子は男の左腕を掴み自分の方へと引き寄せ、後ろの床の間の方へ力一杯振り払った。
男は、不意を突かれてそのまま床の間へ突っ込んでしまった。
「よ、曜子っ!今行くからね。」
麗子は、娘を目指して駆け出した。
「いってぇなぁ~!
何でこんな物がここにあるんだよ。」
男は、床の間に飾られていた黒曜石にまともにぶつかったのだ。
「痛かったじゃねぇかっ!」
男は、大声で叫んだ。
そして怒り心頭した彼は、石を両手で持ち上げると力任せに床へと叩き付けた。
黒曜石は、ぶつかった衝撃で床の間に砕け散った。