<第119話> 曜子の記憶 ⑥
「全然気が付かなかった・・・。
運動会の後で病院に一緒に行った時も、『男の人の大きな声が聞こえたり、騒がしい所にいると震えが止まらなくなるみたい・・・』と曜子は話していただけだったし・・・。
そもそも夢を見ていた話なんて、私は聞いた事がなかった。
今日までずっと曜子が苦しんでいたというのに・・・。
曜子、すまなかった・・・。」
村長は、娘の大変な時にその事に少しも気が付いてあげられなかった自分自身に、強いショックを受けていた。
「村長さんは、曜子さんの罪を犯してしまったという記憶が戻って欲しくないと思っていた。
でもその思いの強さの影響で、事件に関する曜子さんの機微に気が付けなかったのでしょう。
そして先程曜子さんが話していたように、事件に関わる話題が出てくると、村長さんは曜子さんの記憶が戻らないようにと無意識に話を止めてしまっていた・・・。
これは、もう仕方がなかったとしか言えないと思います。」
青野が答えた。
「青野さん、聞いて下さい。
父だけの所為ではないんです。
私にも責任があるんです・・・。
私、お父さんとずっと一緒に暮らしていたかったんです。
私は、退院した少し後にたずねた事があるんです。
『最近お父さんは、曜子とずっと一緒にいてくれるね。』って。
そうしたらお父さんが答えてくれました。
『曜子の具合が悪いから、ずっと一緒にいるんだよ。
一日も早く元気になっておくれ。』って。
だから、もしも私が病院に通って元気になってしまったら、お父さんはまたお仕事に戻ってしまう毎日になって、私が今度はお家で一人ぼっちでお留守番をするようになってしまうんだって思ってしまったから・・・。
だから、元気になってしまうような事はしない方がいいんだってずっと思って過ごしていたんです。
お父さん、私の方こそごめんなさい。
お父さんがお仕事を辞めた話を春子さんから聞いた後は、ビックリしたけれど、お父さんがずっと一緒にいてくれるってわかったから、嬉しかった。
私が大きくなって、自分の中で事件に対する気持ちの整理がついて来た頃には、
(もうお父さんにお母さんの話をしてもいいのかな)って考えた時もあったの。
ただその時は、青野さんの言う通りで、お父さんに話を聞いてもらえる機会は無かったんだ・・・。
でも青野さんがたずねて来てくれて、事件について今まで私達が知らなかった大切なお話をしてくれた。
(今日が、話をするその機会なんだ!)
私は、そう思ったの。」




