<第118話> 曜子の記憶 ⑤
曜子は、再び話を続けた。
「それからたまに夢を見るようになったの。
初めて病院で見た夢は、お母さんしか出て来なかった。
だから嬉しくって、お父さんにもすぐに話そうと思ったんだと思う。
でもその後から見た夢は、私、とても嫌いだったわ。
怖くて、もう見たくないって思ったの。
でも、昼間に怖くて震えが止まらなくなってしまった夜は、必ずと言っていい程夢を見なければいけなかった・・・。
だからそんな日の夜は、段々眠るのが怖くなってしまっていたわ・・・。
夢の始まりは、いつも歩いていた足元が突然無くなってしまって、私は何もない奈落の底に落ちていってしまうの・・・。
『助けてー。』
って大きな声で叫ぶけれど、吸い込まれるように落ちてしまうの。
夢の中は、いつも白黒の世界だった・・・。
必ず同じ男の人が出てきて、凄く嫌な笑い方をしながら、私の方に向かって歩いてくるの・・・。」
曜子は、話しながら顔をしかめていた。
その様子を見た村長は、声を掛けた。
「曜子、夢の話をするのは、辛いんじゃないのか?
無理をしないでいいんだよ。」
曜子は、首を横に振った。
「ううん、お父さん大丈夫よ。
私、この話をずっとお父さんに聞いて欲しかった。
だからお願い、もう少し私に付き合って。」
「曜子がそう言うなら・・・。」
村長は心配しながら渋々納得していた。
「あの刑事さんが家に来た日の夜やクラスの男の子達が喧嘩をした日の夜・・・。
何度か断片的に怖い夢を見たの。
そして運動会の日。
興奮した声援や大きな競技をする時の音がずっと続いていた・・・。
私は、次第に大きくなる震えが止まらなくなってしまったの。」
「そうだよ。
曜子は、応援席から見ても判る程大きく震えて、私は痙攣を起こしていると気が付いたんだ。
だから私は、慌ててお前の元に駆け寄ったんだ。
私が曜子の席に着いた時には、もう曜子は意識を無くしてしまっていた。
本当に心配したよ。
『運動会には参加したい』とお前に言われたが、やはり認めるべきでは無かったと後悔したよ。
私は、先生に許可を頂いて、そのまま曜子を連れて家に帰ったんだよ。」
村長は、当時を振り返って話していた。
「ごめんね、お父さん。
私、運動会で外に出てみんなと一緒に元気に過ごしたら、もしかしたらもう震えたりする事が無くなるんじゃないかな?って思っていたの・・・。
でも、そんな事は無かった・・・。
私、もうみんなと一緒に騒ぐのはやめようって思ったわ・・・。
だって私は、あの後意識が戻るまでの間、今まで断片的だったあの事件の日の夢をずっと見続けたんですもの。
目が覚めて、現実の世界に戻ってこられた事が本当に嬉しかった。
でも、もの凄く怖かった。
私は、やっと怖い夢から戻ってこれたのに、今度は現実の世界でも涙と震えが止まらなかった。
怖くて、どうしていいのか分からなかったけれど、お父さんに話して、もしもまたお父さんにまで怒られたらと考えたら、お父さんを呼ぶことも出来なかった。」
「えっ、意識が戻った時、私は曜子の傍にいなかったのかい?」
村長が驚いてたずねた。
「ええ。
その後先生と一緒に部屋に入って来たから、多分先生を呼びに行っていたんだと思うわ。」
曜子が答えた。
「曜子が倒れた翌日、先生に往診をお願いしに出かけたんだよ。
その間に目が覚めていたなんて・・・。
すまなかった。
でも先生と部屋に戻った時、先生も意識が戻ってから病院まで来てちゃんと診察をした方がいいとおっしゃって、簡単に曜子の容態を見るとすぐに帰ってしまっただろ。
だからあの時、曜子はまだ意識が戻っていないんだと思っていたよ。」
「確かに目は閉じていたけれど、意識はあったの・・・。
ごめんなさい。
あの時は本当に怖くて・・・。誰とも何も話をしたくなかったの。
ずっと一人で考えていたの。
この夢が、本当にあった事なのかって。
そうじゃない。
今こんな事を考えている私が、実は怖い夢を見ているだけで、その夢から覚めたら、お母さんもお父さんもちゃんとお家にいて、私は『今凄く怖い夢を見ちゃった!』っていっぱい笑って話すのが本当の世界・・・。
そう思いたかった。
でも、やっぱりあの夢の中の出来事は現実に起きた出来事で・・・。
大好きなお母さんは・・・もういない。
あの日、そう実感したの。」