<第116話> 曜子の記憶 ③
「私が病院で意識を回復した日の事、お父さん覚えている?」
「ああ、もちろんだよ。」
村長は、いつものように穏やかにそして優しく答えてくれた。
その父の様子を見て、曜子は嬉しそうに頷いた。
「そうよね。
私もはっきりと覚えているわ。
でもね、先生のお話は、難しかったから実はちょっと分からなかったの。
私、お母さんが亡くなった話を説明されたわ。
でもそんな話を突然されたって、とてもすぐには信じられなかった。
だからこの病室を飛び出して家に帰ったら、お母さんはちゃんと家で待っていてくれるんじゃないかなって思ったもの。
そしてお母さんが亡くなった時、その場所に自分も一緒にいたと言われたけれど、その事も本当に思い出す事ができなかった。
その後、先生は私の記憶について、どんな風に説明してくれていたの?」
曜子は、父にたずねた。
村長は、すぐに答えてくれた。
「曜子は、まだ小さかったからね。
確かにあの説明は、当時理解するのは難しかったと思うよ。
先生は、
『時間が経って落ち着いたら、もしかしたら記憶が戻るかもしれない。
何かの拍子に急に思い出すような事があるかもしれないと言っていたよ。
でももしかしたら、ずっとこのまま思い出す事が無いかもしれないとも話していた。
記憶には、よくわからない所が多くて、曜子の記憶がこの後どうなるのかは、誰にも分からない。』
と説明してくれたんだよ。」
「ありがとう、お父さん。
私の記憶の話、今聞いたらもうちゃんと分かるんだね。」
曜子は、少し照れながら答えた。
「私ね、最初先生が言った『お母さんは亡くなった話』は信じられなかった。
でもその後も、お父さんが悲しい顔をしながら亡くなったと話してくれたでしょ。
だからもしかしたら本当なのかなって段々思うようになったの。
そして病院のベッドで横になっている間に、私は自分の記憶で思い出したい事がある事に気が付いたの。
それはもちろん、
『お母さんの事』
最期に一緒に居たのが私だって言われたから、私はお母さんの事を思い出したいなって思ったの。
でも、出来なかった。
どうやって思い出せばいいのか、全然分からなかったの・・・。
それがあの日、病院に刑事さんがたずねてきた時、大きな声でお父さんに話しかけていたあの時、私、何故か急に体の震えが止まらなくなって、怖くて怖くてたまらなくなったの。」
「ああ、覚えているよ。
刑事さんが帰った後に曜子を見たら、痙攣をおこしそうな程震えていて、慌てて看護師さんを呼んだんだったね。
その日は、『怖い、助けて・・・』と曜子は言うけれど、その理由は言えなくて本当に心配したんだよ。
そうか、あれは刑事さんの声が怖かったからだったのか・・・。
当時は、曜子に急にショック症状が出た原因が分からなくて、先生とも今後どう対応すればいいのかを相談したんだよ。」
「心配かけてしまってごめんなさい。
でもね、怖かったあの日の夜、私夢を見たの。
『お母さんが出て来る夢』だった。」