<第108話> 村長の告白 ②
事件の起きたあの日、帰宅した村長を待っていたのは、いつもの明るい笑顔の妻や娘ではなかった。
ようやく見つけた妻の麗子は、亡くなっていた・・・。
麗子の背中には、誰かに襲われて切られた傷跡が無残にもハッキリと残っていた。
抱き起した麗子の身体は、娘を守る姿勢のままだった。
「そうか・・・。
必死に曜子を守ってくれていたんだね・・・。」
村長はその姿勢の妻を抱きしめながら、妻の娘を守りたいと固まった姿に、更に泣き崩れてしまった・・・。
涙はとめどなく溢れ、腕の中の妻は視界が滲んで消えてしまいそうだった。
一体どれ位泣いていたのだろう・・・。
村長の頭の中は、悲しみのあまり空っぽになってしまっていた。
もう何をすればいいのかも分からなかった。
しかし空虚になった心には、涙を止める効果があったのだろうか?
村長の視界が少しずつ周りの景色を映し出し始めた。
村長の座り込んでしまっていた場所の少し先に、小さくうずくまった姿勢のままの曜子の姿が見えた。
部屋に入った時からずっと変わらないその姿に村長は、もう落胆を隠せなかった。
「曜子・・・。
もう君も、ずっとその姿勢のままなんだね・・・。
そんなに小さくうずくまって・・・。
どんなに怖かった事だろう・・・。
ごめんよ。
そんな所に独りにさせてしまっていたね。
今すぐ迎えに行くよ。
麗子、ちょっと待っていてくれるかな?
今曜子もここに連れて来るからね。」
村長は、そっと優しく麗子を横たえると、曜子の隣に歩み寄った。
「曜子、ただいま。」
村長は、曜子の身体を仰向けに抱き起した。
曜子の身体は、温かかった・・・
「えっ!」
麗子を抱き起した時とは明らかに違っていた。
「温かい!?
曜子、曜子、お父さんだよ。」
父に名前を呼ばれても、曜子は目を覚まさなかった。
村長は、直ぐに娘の手首の脈を診ようとした。
曜子の両手は、胸元で祈るような姿勢に丸く握られていた。
しっかりと何かを包み込むように握りしめられた両手は、村長が離そうとしても簡単には開かなかった。
「うん?曜子は何かを持っているのか?」
娘の手のひらの中に何かがあるのに気が付いた村長は、固く握られていたその手の指を1本づつゆっくりと開いていった。
曜子の手元から、血まみれの黒曜石がコロンと静かに落ちてきた。