<第105話> 村長宅へ
「私の意見を聞き入れてくれてありがとう。
話を黒曜石の話に戻そう。
先程話していた夫人の手元から落下した黒曜石の形状。
この村長の指紋が付いていた石は、確かに先が尖った部分がある。しかし例えるならキューピーの頭部のような形状だ。
その尖った先で切りかかるには、持ち手の部分が短かすぎる気がするんだよ。
私がもしも現場にいて石を利用して殺人をしようと考えた時、決して選ばない石だと思うんだ。
そこで確認しておきたいのが、他の黒曜石の破片の鑑定結果だ。
現在の検査状況をたずねてもいいかい?」
「他の黒曜石の破片についてですか?
申し訳ありません。
今の所、他の石の検査は行っていません。
村長の指紋が検出された際に、この石についての捜査を進めていく方針に決まり、労力や費用を無駄に使う必要は無いと中止されました。」
研究員が答えた。
「そうか・・・。
確かに他の石の数を考えれば、凶器が特定されたと判断された時点でそう決断するのは当然だな・・・。
ふむ・・・。
もし仮に、今の捜査方針が覆り、全ての石を調べる事になっても、大丈夫そうかね?」
青野刑事部長が研究員達の事を心配してたずねた。
「もちろんです。
私は現場検証に立ち会い、当初は全ての石の鑑定をするつもりでいました。
ですから、結果的に現在は鑑定を行っていませんが、やると決まれば全力で鑑定します。」
研究員が力強く答えた。
「非常に頼もしく、心強い言葉だ。
ありがとう。
ではこの後、我々が村長宅に行った結果次第だな。
私は、実際に刑事さん・村長・娘さんの状況を直接確認した後に、本部長と協議して今後の捜査方針について話したいと考えているんだ。
忙しくなるかもしれないが、その時は、よろしく頼むな。」
「はい。」
いつの間にか、研究員達は青野刑事部長を尊敬し、話を真剣に聞き入っていた。
「そう言えば娘さんは退院して間もないらしいが、今日の訪問を決めたのは、病院から事前の了承は得ているのかな?」
「えっ。
恐らく得ていないと思います。
以前の村長への病院での聞き取り以来、病院への立ち入りを禁止されてから、刑事は一度も病院に行っていないと話していました。
ですから現在の病状については、何も確認していないと思います。
話を聞いたところで、村長に加担した結果を言うだけだから、そんな無意味な診断結果はいらないと話していました。
すみません・・・。
我々もその話を聞いた時、違和感なく『その通りですね』と答えていました。」
研究員達が申し訳なさそうに答えた。
「そうか・・・。
教えてくれてありがとう。
娘さんの診断結果は、きちんと入手した方がいいな。
刑事さんの言っていた診断結果の真偽は、その後で検討すればいい事だ。
正しい状況分析の為にも、まずそれを検討する為の材料を集めなければいけない。
忘れないで欲しい。これも大切な事だ。
ふむ・・・(これは君達が決めた事では無いし・・・)、
この事は、後で刑事さんに私から伝えておくよ。
そうと知ったからには、一旦ここで失礼するよ。
やはり訪問前に娘さんの診断結果を知っておく必要があると思うので、私は今から病院に向かうことにする。」
青野刑事部長は、病院に向かった。
そして担当医から娘『古閑 曜子』の診断結果を聞き、診断書も受け取り、県警に戻った。
青野刑事部長は、待ち合わせ時刻の正午に少し遅れて対策本部に到着した。
担当刑事は、既に対策本部にいなかった・・・。
研究員達が、青野刑事部長が遅れる可能性を考慮し、事前に青野刑事部長が病院に向かった事を刑事に報告した事が起因していた。
自分の捜査方針に否定的な人物が捜査に加わると考えた刑事は、待ち合わせ時刻になるや、『全員が約束の時刻に遅れる訳にはいかない。刑事部長さんには、後からゆっくり来ていただければ結構ですとお伝えしてくれ。』と逃げ口上を述べて、一足先に村長宅へ出発してしまったのだった。
こうして青野刑事部長は、刑事部長の事を待っていた捜査員と共に、刑事の後を追うように村長宅へと向かった。