<第104話> 痛 感
「やはり『父親が失神している娘の上に母親の遺体を覆いかぶせた』と考えるのはどうかと・・・。
そうですね・・・
そのような形状になるように遺体を折り曲げておいたと考えた方が良いのかもしれない・・・」
研究員は明らかに歯切れの悪い回答をしていた。
「それは、かなり苦しい説明になるね。
今の君の話だと、村長が夫人の遺体をわざわざ異形の姿勢に作った事になる。
娘を守っていたという話を創作する為に、その演出をしたという事だね。
そうなると今度はなぜ村長が手間を掛けてそのような演出をしたのかという疑問も発生する。
更に警察が現場に到着した時に発見した夫人は『横向きに置かれた不自然に折れ曲がった夫人の遺体』だった。だからこそ、すぐに村長に遺体の姿勢の説明を求めたはずだ。
だがその横向きの姿勢に夫人の遺体が長時間なっていた可能性はほとんどない。
なぜなら遺体の死後の体内の血液の流動によって出来る死斑は、明らかに『うつむいた姿勢で折れ曲がった手足の下に多く出来ていた』からだ。
こんな分析は、君達の方がむしろ専門家なのだから私が言わなくても分かる事だ。」
「その通りです・・・。」
力なく研究員が答えた。
「申し訳なかった。
自分の話を進めたいと思うあまり、今の話はかなり意地の悪い言い方をしてしまった。
そうなんだよ。
考えれば考える程、村長が犯人であると仮定して話を進めようとすると、様々な壁にぶつかってしまうんだ。
そもそも県警で行った聞き込み調査で、村長の人柄がプロファイリングで示されたような残忍な性格だったという証言が、何一つ聞き出せていない事も重要な根拠だと思っている。
だからこそ、村長の証言を正しいとして今後の捜査を進めていきたいんだ。」
青野刑事部長は、懇願するように言った。
「いいえ。
こちらこそ、申し訳ありませんでした。
我々が『政治家』という言葉に先入観を持ち、その為に誤った方向に進もうとしていた・・・。
今、痛感しました。」