<第1話> 居酒屋の二人
桜が咲く時期になると、春が確実に近づいてきているのを感じる。
ジッと冬の寒さを耐え忍んでいた植物は、新芽を出し、花を咲かせ始める。
そして人間社会も新入生・新社会人・・・新しい生活を始める人々で、街も華やかな明るい雰囲気を装い始める。
このすべての生き物が色めき出す時期になると、普段はあまりしない行動を取る男がいた。
「黒川さん。
普段はお酒をほとんど飲まないのに、この時期になるとわざわざ時間を作って飲みに行こうって誘いますよね。」
向かいに座っている笑顔の青野が笑いながら言った。
「ん、そうか?
俺が酒に誘うのは、この時期だけか?」
黒川が、驚いたように答えた。
どうやら本人には、その自覚は全く無かったようである。
「そうですね。
僕の記憶では、春の桜が咲くこの時期にだけ、食事と一緒にお酒もどうだ?って誘って来ていますよ。
『酒は人の判断を迷わせる事もある飲み物だから、必要な時以外は飲まない方が良いんだぞ。』
って食事だけをして、普段お酒はほとんど飲まないじゃないですか。
だから黒川さんにとってのお酒は、落ち込んだり悩んだりした時にだけ必要になる、栄養ドリンクのような存在なのかな?って思っていましたから。」
青野が真顔で答えた。
黒川と青野。
警視庁捜査一課に所属する二人がコンビを組むようになってから数年が過ぎていた。
新人だった青野は、様々な事件で捜査の経験を積み、今では敏腕刑事として知られる黒川に相棒として認められる、一人前の刑事に成長していた。