007
レオン、様。
頭の中で、名前をつぶやく。どうみても目の前の男の名はそれだろう。
ひっ…、と声が漏れ、急いで口を押さえる。離して、と抗議したいが、はくはくとした口から漏れるのは震えた息。
生前の彼は何度も私を殺そうとした。公的な場で死刑を宣告したシン様とは対照的に、レオン様は自らの手で人に見つからない場所で。
彼によって何回か死の瀬戸際まで無理矢理連れて行かれたことを覚えている身体は、もはや私の言うことを聞かない。俯き、震え上がることしかできない。彼の顔と声に結びつく感情は恐怖だけ。
「おいっ!リリアーナ!落ち着け!」
まさか、彼は死んでもなお私を殺しにくるのか。せっかく処刑から逃げ、シン様が優しくなったのに、私はここで殺されるのか。
「っくそ!おい、しっかりしろよ!」
ふわっと身体が浮く。連れてかれるのは死後の世界だろう。そんなの嫌だ。離れようと、近くにあった彼の肩を押す。恐怖で力が入っていないのか、彼の力が強すぎるのか、距離を取ることはできなかった。
抵抗むなしく、彼は私を抱えたまま、何処かに向かう。
「リリー!?兄さん!?
何が、あった」
ふと、つい最近聞き慣れた、しかし、10日くらい聞いていない声が聞こえた。
「シン、様…?」
震えていてかさついている声をやっとのことで絞り出す。
「うん、シンだよ。何があったのか、説明できる?」
心配そうに瞳を揺らしている。できる限り私を怖がらせないようにと優しい音色で問われる。その声に恐怖は溶けていった。
「レオン、様の、ぼ、亡霊が、わたし、殺されっ、」
「兄さんの亡霊…?」
シン様は私の言ってることがわからないようで、困ったように眉を下げた。
「えっ…!?俺死んでないんだけど?」
耳元で大きな声が叫ばれ、キーンと耳鳴り響く。恐る恐る、見上げてみると、レオン様の顔がものすごく近くにあった。
「死んで、ない?」
嘘だ……。だって、彼の死体はこの目で見た。崖崩れにあってぐちゃぐちゃに潰された彼の亡きあとを。
しかし、あらためてみると、彼からあたたかな体温が伝わってきている。
……??えっ、なんで?
んんっ?と、首を捻る。そういえば、シン様の 同様に、レオン様の口調や纏っている雰囲気も記憶とは違っていた。
恐る恐る、手を伸ばし私からも触ってみる。あたたかい。生きている。
すると、ぐいっと引っ張られ、体のバランスが崩れる。落ちる…、そう思った途端、おっと。と今度はシン様に支えられた。
「こら。リリー、婚約者でもない男にベタベタしないの」
今度は少し不機嫌そうなシン様の顔が近くになった。
「っと、危ないだろ。だからと言って、急にこいつを引っ張んなよ。落としたらどうすんだ」
「心配しないで。落とさないから」
「もしもの話だよ」
「だから、そんなもしもはないってば」
見慣れぬ光景をぽかんと見つめる。シン様とレオン様が離しているところなんて見たことがない。2人はこんなに仲がよかったのか。
しかし、もし仮にレオン様が生きていると認めるとすると、死んだ人間が生きていることになる。私の今までの記憶はなんだったのだろうか。