016
声をかけてきた彼。リヒャルト・アスタルクは私のお父さんだ。
そして、母親のエリザベート・アスタルクと、先ほどの弟も一緒にいる。
お父さんは、シンから話は聞いているよ。私たちのことをどこまで覚えているのかわからないが、本当の家族のように思っていいからね。と、言ってくれた。お父さんとお母さんも記憶とは違ってた。彼らが違っていたのは、主に性格や振る舞いだ。今は私もシンと呼び、普通に話してしまっているが、お父さんが彼をシンと呼んだ時は少し、ひゃっとしてしまった。元々、お父さんもシン様呼びだったのだ。逆にシンがお父さんに敬語なのも驚いた。
その後、簡単な自己紹介をされて、弟の名前も知れた。ユリウス・アスタルクが彼の名だった。
「ところでシン。エリザベートも交えて3人で話がしたいのだけど」
「わかりました。その間、リリアーナは、」
お父さんの話に、シンは了承する。しかし、私のことを心配しているようで、こちらを見ている。私が記憶障害により、この家のことを知らないと思っているからだろう。一応だけど、この家のことは知っている。ただ、ところどころ記憶とは異なるが。シンには実家だし心配しなくていいよ!と合図を送る。
「ユリウス、リリアーナを頼めるかい?」
「…………、わかりました。」
ユリウスは、少し、いやだいぶ不本意そうにしている。話し方が、初めて会って姉さんと呼ばれた時よりもわかりやすくそっけなかった。
そんな彼に対して、シンは、「ユリウス、その態度良くないんじゃない?」と怒っている。続けて、やっぱりお話は後日一人で伺います、とお父さんに言っている。
再び、雰囲気が険悪になるのではないかと危惧したが、案外そんなことはなかった。というか、ユリウスが言い返さなかったのだ。
しかし、その場から逃げ出すように、私の手を引いてこの部屋の出口へ向かった。
「あの、どこ行くの?」
「…………」
「ユリウス、待って」
「…………」
「嫌だったなら、別に無理しなくても」
「嫌じゃない」
「そ、そうなの?じゃあ、お父さんたちが話してる間一緒にいてくれるの?」
「悪かったよ、」
「へっ?何が?」
「さっき。いちばん混乱してるのは姉さ、リリアーナなのに、酷いこと言っちゃって」
「ううん、私は大丈夫だよ。それに、悲しませちゃったのは私だし、私こそごめんなさい」
会話を何食わぬ顔で続けるが、リリアーナと言い直したことに違和感を覚えた。これは、彼の中で姉から自分の存在が消えたことに怒っているのか、整理がついていないのか、どこかでわたしは彼の本当の姉ではないと気づいているのか。
「なんで、リリアーナが謝るの」
「えっと、」
「まあ、いいや。それより、リリアーナの好きなもの教えてよ」
切り替えが早い。とりあえず、好きなものを思い浮かべようとする。しかし、特にこれと言って思い浮かぶものがなかった。好きなものは、範囲が広すぎる。
「えっと、好きなものって例えば?」
「なんでもいいよ」
それが困るんだって!と心の中で異議を唱える。なんでもいい、と返されるのは、返答されると困るランキングの上位に入ってくる言葉だろう、と思う。
「えっと、じゃあ、ユリウスの好きなものは?」
「姉さん」
即答だった。これは可愛い。彼が弟なら私も大層可愛がるだろう。この世界の私が羨ましい。またまた、撫で回したい衝動に駆られ、手を伸ばしかけ、引っ込める。いやいや、これ以上嫌われてどうするんだ。
しかし、私の妹とは真反対だと思う。ユリアは嫌いなもので、私と即答するだろう。
「それで、リリアーナの好きなものは?」
「うーん、強いて言うなら、自由かなぁ」
これまでの人生振り返ってみて、食べ物や本やダンス
など好きだと思うものは挙げられるが、真っ先に思い浮かんだのが、それだった。牢屋から逃げ出して、一人で暮らすのはそれなりに楽しかった。まあ、処刑を言い渡されたトラウマもあり、思い返して悲しくなる事も多々あったが、結果的には一人で暮らすのもありだと思う。
「自由…、」そう呟いたユリウスは、少し驚いた顔をしていた。