012
「お手をどうぞ。足元、気をつけてね」
シン様はきらっきらとしたオーラを纏い、手を差し出してきた。私を気遣ってくれる彼は、相変わらず、記憶の中の彼と大違いだ。まだまだ慣れそうにない。
「あっ、ありがとうございます…」
私は戸惑いながら、その手を取り、馬車を降りた。
さながら心が踊るお姫様のシーンのようだけど、私の心は曇天だ。目の前の建物を前にして、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁと、心の中で頭を抱え蹲る。実際にも叫び逃げ出したい気分だが、流石にシン様に迷惑をかけるので心の中で留めておく。
ゲームを始めて早々にボスの城に来た気分。隣にいるシン様はお強いしボス戦に臨めなくはないかもしれないが、私なんて枯れ枝一本すら持っていない。シン様は勇者か魔法使いかヒーラーか、私じゃなくてもっと強いやつを連れてくべきなのだ。
まあ……、私じゃないと意味ないんだけどね。現実逃避もいい加減にして、前を見る。
目の前の建物はアスタルク伯爵家。私の実家だ。ここの、何が問題って、何もかもが問題なんだけど。一番は、ユリアにあまり会いたくない。できれば、彼女と会わないうちに、知らない世界に来てしまった問題をさくっと解決したかった。そんな簡単に行かないことは承知だけど。
なぜ、ここに来たかというと、「うーん……。あっ、そうです。奥様のご実家に行かれるのはいかがでしょうか?幼少期の思い出深い場所に何が刺激になるものがあるかもしれません」というお医者さんの言葉によってだった。レオン様も協力してくださり、様々なところからお医者さんを呼んできてもらった。しかし、どのお医者さんもすぐに記憶喪失を治せる方法なんて知らない。結果的にもらったアドバイスを一から試してみることにした。
思い出す思い出さない以前に。今の私と彼らが知っていた私も多分、別人なのだ。いくら刺激したって、思い出せるわけがない。それに、あまり実家には行きたくない。
医者の言葉にぶんぶんと首を振ったが、それは名案だと言いたげなシン様には通じなかった。あれよあれよという間に話が進み、いつの間にか実家に向かう馬車の中へ。そして、今さっき、そこから降りた。
ここまで来たら逃げも隠れもできない。自らの頬を叩き、気合いを入れた。それに、シン様、レオン様、ジュナとみんな記憶の中の彼らとは変わっていたんだ。ユリアだって変わっているの思う。怖がるよりどんな子なのかなと楽しみにしていた方がいいかもしれない。
「もしかして、不安?」
シン様の方が不安気にこちらを覗きこむ。心配にさせてしまう顔をしていたのだろうか。
私は深呼吸して笑顔で答えた。
「あまり覚えてないですが、お母さんはお父さんはユリアは、元気にしてますでしょうか?会えるのが楽しみです!」
しかし、シン様は戸惑ったような顔をする。
「その、ユリアって誰かな…?」
えっ………?まさか、ユリアがいないの?いやいやいや、ジュナみたいにわたしが知ってる名前と少し違うのかもしれない。そうだ。きっとそうだ。
「えっと、名前間違ってますか…?私の妹なのですが……」
シン様はさらに苦々しい顔をした。
「リリーに妹はいないはずだよ」