011
ん?なんだか、廊下が騒がしいような。
数人が駆け回る音やドタドタと扉を開けては閉める音、ついにはリリアーナ様!!と、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
ふと、気づくと窓から日の光が差し込んでいる。私を置いてきぼりにして、2人が話し込んでいる間にとっくに夜は明けてしまっていた。
あっ、と口から溢れる。みんなが起きる前には部屋に戻っていようとしたのに…。ついつい、話し込んでしまった。主にシン様とレオン様が。話の後半なんて特に別の医者も呼ぶべきだろうとか、大司教様にも診てもらおうとか、大いに盛り上がって、診ていただかなくて大丈夫です、と口を挟む暇がなかった。
足音はこの部屋にも近づいてきて、バンッと勢いよく扉が開いた。それはもう、壊れそうなくらい。
「何があったの?」
「そんなに慌ててどうした?」
シン様もレオン様も音に振り返り、若いメイドに声をかける。
「だ、旦那様、帰ってこられていたのですね…、も、申し訳ございませんっ、り、リリアーナ様が、リリアーナ様がっ、消えてしまいました…、」
彼女の声がかわいそうなくらい震えていた。シン様に抱っこされている私は彼女からは丁度見えない位置にいたのだろう。
手を上に挙げ、「い、います!私はここにいますから!」と叫ぶ。
「うん、リリーはここにいるよ。この騒ぎは、リリーが原因かな?なら、心配ないって他のものにも伝えてくれると助かるよ」
私とシン様の声を聞き、よかったぁ…、と彼女は床にへたり込んだ。
「ご、ごめんなさい。お騒がせしました」
私はシン様の膝から降り、メイドの元へ向かって言った。こんなになるまで、探させてしまったことに罪悪感が芽生える。
「いえ…!リリアーナ様がご無事で何よりです!」
先程までの疲れを隠して彼女は、にこりと笑った。
「あ、ありがとう」
純粋に心配してくれた様子にさらに悪いことをした気持ちになる。
「では、他の者たちにも伝えて参りますね」
「あっ、私も行っていいですか?お騒がせしてしまったので謝りに…」
私が尋ねると、メイドがどうするべきかとちらっとシン様の様子を伺う。目線に気づいたシン様は「リリーを呼び止めたのは俺だし、一緒に行こうかなぁ」と立ち上がる。しかし、「あっ、ちょっと待て。お前に用事があってこの屋敷にきたんだ。話す時間取れる時あるか?」と、レオン様がシン様に尋ねたので、「2人っきりで?今からなら少し取れるよ」とそのまま腰を下ろした。
結局、私とそのメイド2人で行くことになった。
屋敷の使用人は、ほとんど私を探し出していたようだった。一人一人に謝っていく。みんなは気にしないでください、ご無事でよかったです、とこちらを気遣う言葉をかけてくれて、本当にごめんなさい…、とどんよりする。
「それで、亡霊探しはうまくいきましたか?」
えっ……。なんで、知って?
ユナ、という名のメイドにも謝りに行った際にそう告げられた。
しかし、亡霊探しにいくことを誰にも伝えていなかったのに。
「ふふっ、リリアーナ様大変驚いていらっしゃいますね。幼い頃から面倒を見させていただいたので、リリアーナ様の考えていることはお見通しですよ」
わたしがびっくりしている様子に楽しそうにしながら彼女は告げる。幼い頃からと言っているが、彼女は私より年上に見えてもシン様と同じくらいの年齢に思える。
要するに、私と2、3歳しか変わらないのではないか、ということだ。何歳から仕えてくれていたのだろう。私の知っている限りに、ユナという人物は知らない。……?でも、彼女の顔に覚えはある、気がする。
「まさか、ジュナ!?」
「わー、懐かしいですね。リリアーナ様はよくそう呼んでくださいましたね!」
ジュナはアスタルク伯爵家に仕えていたメイドだ。仕えていたと言っても、私が3歳から6歳の間の短期間だった。しかし、お姉ちゃんみたいな存在で上の兄弟のいない私はよくくっついて回っていたのだ。ジュナがきてくれた時期はちょうどユリアも生まれた時期でお父様もお母様もユリアの面倒につきっきりだった。もちろん私もその時期のユリアを可愛がっていたのも事実だが、寂しさもあった。その時によく声をかけてくれ、私の面倒を見てくれたのは彼女だ。
しかし、私が3歳から6歳の時、彼女は16歳から19歳だったはず。私より13歳も歳上なはずなのにそれにしては彼女は幼く映る。むしろ、幼い頃の記憶だから思い出すのに時間がかかったが、思い出してみると当時と顔つきが変わってない気すらしてくる。
「ジュナー、ジュナー!と私の後を追いかけてくる姿はほんとに可愛らしくって可愛いらしくって!あっ、その頃の写真見ますか?」
彼女がメイド服の中からロケットペンダントを取り出す。
「これ覚えてますか?リリアーナ様が私の誕生日にくださったんですよ!今でもこの通り身につけてます!」と大切そうにペンダントを見ながら、私に告げる。しかし、私にはそのペンダントの記憶がなかった。
彼女がその蓋を開けると、中の写真には私と彼女が写っていた。家族写真を撮った後、私がどうしてもジュナと撮りたいと駄々をこねて撮ったものらしい。
写真を見て、首を傾げる。私は3歳くらいだったが、ジュナも小さい女の子だった。記憶の中の彼女は16歳くらいだったはずなのに。
「これ幾つの時の?」
「リリアーナ様が3つで私が7つの時ですね」
やっぱり、どこか違うんだ。私が18年間生きた世界とここは。しかし、レオン様のことが衝撃的すぎて今回はすんなり受け入れられた。
「あっ、でもなんで私が夜に亡霊探しに行ってたこと知ってたの?」
しばらく昔話に花を咲かせた後、初めに問われたことを思い出す。
「リリアーナ様なら、探しに行かれるだろうなぁ、と思っていましたから。好奇心旺盛ですし、ただでさえ昼間に何もさせてもらえないみたいでしたし。ただ、朝には帰ってらっしゃると思ったので、部屋にいないと聞いた時は驚きましたが…。あっ、亡霊の正体わかりましたか?」
ジュナに問われ、ううん、残念ながら。と答える。今回いろんな人に迷惑かけちゃったから、もう、やめとこうかな。とも答えた。
「そうですか…。知りたいですか?正体。私知ってますよ」
「えっ?教えて!」
「リリアーナ様です」
「?」
「亡霊の正体はリリアーナ様ですよ!」
彼女が話すメイドたちの中で噂になっていた亡霊は、私が夜にやったこと、いた場所と一致していた。
なんだぁ、私だったのか。それは見つかるわけない!亡霊探しはなんとも間の抜けた結果で終わった。
途中で記憶と違う世界に来てしまったという事実を明白にしながら。