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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

拾う神あれば棄てる神あり

作者: 突然の嵐

異界から渡ってきた者を【落とし者】と呼ぶ。

彼らにはこちらの世界での名前がない。

【名無し】の【落とし者】に【名付け】を行うことで、魂も肉体も、彼らの存在のすべてを支配下に置くことができる。それはすなわち、彼らの【神】になるに等しい行為だ。


俺の祖父は魔術師だった。魔術師といっても、大した功績を遺したわけでもない、平凡な人だった。

そんな祖父もある【落とし者】にとっては【神】に等しい存在だった。記憶している限り、彼女はいつでも祖父に従順で、反抗の意志すら持っていないようだった。彼女にとって祖父はただしく【神】であり、祖父自身も彼女をうまく使っていた。


祖父の名誉のために言うが、二人は狙ってそんな関係になったわけじゃあない。不可抗力というやつだ。

それというのも至極単純な話で、こちらの世界にやって来たばかりの彼女を暴漢から庇う際に、流れで【名付け】を行ってしまったらしいのだ。怯えていたのか気が動転していたのか定かではないが、抵抗もせずになすがままになっていた彼女は、主となった祖父の【命令】でようやく暴漢に反抗できるようになった。華奢な体で暴漢を張り倒したという武勇伝は祖父のお気に入りのエピソードの一つで、耳にタコができるほど聞かされたもんだ。

……だが正直なところ、興奮する祖父の気持ちが理解できないわけではない。それほど彼女は可憐な少女なのだから。まさか自分の倍近い身の丈の男を、通りの端から端までぶん投げる腕力を持っているなんて、一目では到底見抜けようはずがないのだ。


まぁ、そんなこんなあって、不可抗力ながら主従関係を結んでしまった祖父と彼女は、その後の数十年を連れ添うこととなる。

誤解して欲しくはないのは、あくまで二人は【落とし者】と【拾い主】の関係で、それ以上でも以下でもないということ。その証に彼女との間には惚れた腫れたの気配すらなく、三十代を手前にして故郷に戻った祖父は幼なじみの祖母と結婚した。

結婚後、新婚の家に血縁関係でもない若い娘がいる状況に、祖母は当然難色を示したらしい。しかしそこがおもしろいところで、彼女の天然な性格というか、【落とし者】故か常識から外れたトンチンカンな質が、祖母の嫉妬心を鎮めたようだ。曰く「まともに相手をするのがバカらしくなった」だそうで。


実際、彼女の規格外な性質は俺も存分に味わった。

遊びをせがめば「高いたかーい!」と言いながらそこら辺に生えてる木よりも高く空に投げ上げられ危うく他界しかけたし、寝物語をせがめば疑心暗鬼で女を殺しまくる王様と彼に嫁いだ二人の姉妹の血生臭い話を聞かされもした。おまけに、えらい目にあってビャンビャン泣く俺を見ても、にこにこ笑っているような女だ。まさに悪魔である。

そんなわけで、彼女のおかしなところをあげ出せばキリがない。

その中でもいっとう度肝を抜かれたのは、今では【百翼の怪】と呼ばれ、伝説となっているとある三日間のことだ。


その日はいつもと変わらない一日になるはずだった。村のみんなは畑を耕したり家畜の世話をしたりといつも通りの日常を送っていて、俺も彼女と一緒に日課の徒手組み手をしていた。

事態が急変したのは、五本目の組み合いのときだった。きれいに投げ飛ばされて空を舞った俺の視界に、ありえない光景が飛び込んできたのだ。それは百体の飛竜に跨がり、空を駆ける魔族の軍団だった。硬い鱗に覆われた巨体が空一面を覆い尽くし、巨大な翼が羽ばたく音は確かな質量をもって大気を、そして地面を揺らしていた。

あたかも世界の終焉が訪れたかのように絶望的なその眺め──俺の抱いた畏れはあながち間違ってもいなかった。魔族の支配圏へと旅立つ勇者の先手を打って、奴らは王国を潰しにきたのだ。王都へ向かう道すがら立ち寄ったのが、運悪く俺達の暮らす村だったというわけだ。

村人達が逃げ出す間もなく、百体の飛竜は村目掛けて急降下してきた。老若男女の悲鳴があちらこちらであがり、雪崩を打って逃げ惑う彼らがごった返す中、ただ一人、軍隊に向かって行ったのが何を隠そう彼女である。

先頭をきってこちらへ突っ込んでくる飛竜とその騎手を睨みすえた彼女は、渾身の力で地面を蹴りつけた。轟音と土煙、ヒビ割れ陥没した地面、それからほんの少しの悪寒を俺の背筋に残して、空高く跳びあがった彼女は雄叫びをあげて飛竜の下顎に殴りかかった! ……断言しよう。あれは生涯見ることのできる中で、最も美しいアッパーであったと。

豪速の拳を喰らった飛竜は、悲鳴をあげることすらできず力を失い墜落した。その衝撃は語るべくもない。ただ一つ言えることは、彼女の一撃で魔族軍が後退したということだけ。だがしかし、それはほんの序の口にすぎなかった。

起こした事態の大きさにも関わらず呆気なく着地した彼女は、休む暇もなく再び跳びあがった。次なるターゲットが鉄槌の餌食となる。今度こそ耳をつんざくような悲鳴をあげて、また一体、飛竜が落下していく。それはさながら鬨の声であった。そこからはじまったのは、ほぼ一方的な「殴り合い」だった。

俺や祖父母、そして村人達は、呆気にとられたまま怒濤の快進撃を見守った。……いや、そうせざるをえなかった。ヘタに加勢しようものなら自分の命が危うい気がしたからだ。

百体の飛竜を殴り堕とし、騎手をちぎっては投げちぎっては投げ、彼女の狂気の舞踏は三日三晩くことになる(二日目の昼からは観劇でもするノリで、豪勢な食事を摂りながら皆して見物していたのは内緒だ)。

四日目の朝、昇ってきた太陽に向かって敗走していく魔族軍と、それを見送る彼女の雄々しき後ろ姿は、村全体に清々しい感動をもたらした。村人達は彼女の功績を讃え、王国からも救国の英雄として褒章が与えられる運びとなった。ただぼさっと突っ立って特に何かしたわけでもない祖父でさえ、彼女の【拾い主】としてちょっとした褒美をいただいたくらいだ。

それほどの偉業を、彼女は一人で成し遂げたのだ。


かくして、無事幕を下ろした【百翼の怪】。この珍事、もとい、一大事件はその後の魔族と人間のパワーバランスを著しく損なわせる原因となった。

一人で竜騎兵百体をはっ倒す猛者に加えて、聖剣に選ばれし勇者まで控えているのだ。泣く子も黙る大魔王も、自分の命は惜しかったと見える。和平交渉を持ちかけてきた魔族の申し出を人間側が受け入れることで、何百年と続いた諍いはついに終結し、大陸に平和な時代が訪れた。

めでたしめでたし。


されど祖父と彼女の人生はその後も続いた。

とはいえ、ほんの十年にも満たない短い時間だ。だが少なくとも平穏な十年だった。


平々凡々な人間とはいえ間接的に国を救った祖父は、生前の善良な人となりもあって、多くの人々に惜しまれながら息を引き取った。御年百歳。寿命による、大往生だ。その一ヶ月後には、後を追うように祖母も他界した。

早くに両親を亡くした俺にとっては、育ての親でもあった二人だ。小さくなった二人の骨壷を掻き抱いて、年甲斐もなく泣き喚いた。人目もはばからず声をあげる俺のそばに彼女は寄りそって、いつものおかしな調子であやすように子守唄を口ずさんていた。

調子っぱずれな歌声が途切れたのは、それから奇しくも三日後のこと。すっかりやつれた俺の隣で、彼女はぼんやりと笑みを浮かべていた。元から作りものめいた小綺麗な顔立ちをしているが、そうしているとまるで生気が感じられず、本当に人形のように見えた。

曖昧な笑顔のままウンともスンとも言わなくなった彼女の様子がおそろしくなった俺は、細い肩に触れた。


「大丈夫か?」


かさついた唇をなんとか動かしてたずねると、ようやく彼女はこちらに顔を向ける。


「マスターが死んでしまいました」

「あぁ……じいちゃんもばあちゃんも、神様のとこにかえっちまったよ」


鼻をすすりながら言い聞かせると、彼女は一瞬制止する。だがすぐさま動き出し、俺の腕を力いっぱい掴んで顔を覗き込んできた。腕がもげるかと思ったが、それ以上に彼女の異様な雰囲気に呑まれて抵抗もできなかった。


「理解できません。私はマスターの死を理解することができません」


淡々と呟いたかと思えば、まっすぐに俺を見据えていた瞳が虚ろに揺らぐ。身を引いた彼女は力尽きたようにガクリと首を折り、折った両足の間に両腕を垂らした。


「おい?」


不穏な空気を感じとり呼びかけたが、もう手遅れだった。ひきつけを起こしたように震えだした彼女の、影に隠れた唇から、ヒビ割れた声が這いずり出す。


「理解デきません。理カいでキまセン。マすたーノ死wo。死を。しヲ。マすタrのシをrikaイでkiませn理解デキまseんsiworikaidekimasen…dekimasen……」


壊れた音がとめどなく発せられる。俺は悟った。あぁ、彼女は悲しみのあまり心が砕けてしまったのだと。【神】をうしなった【落とし者】が辿る運命としては、ままある話だ。


「辛いか?」

「turai?」

「じいちゃんがいなくて、悲しいよな」

「kanasい……アぁ、あaっ!」


悲痛な声を吐き出し顔を歪める彼女は、涙こそ流していなかったが、確かに悲しみに喘いでいた。声を聴くだけで胸が張り裂けそうだ。

【神】をうしなうことは、生きる希望をうしなうことだ。己の【神】をうしない、絶望した彼女は見るも無惨に壊れ果ててしまった。救国の英雄が見る影もない。

今ここにいるのは涙もなく泣き叫ぶ少女と、ひとかどの格闘家へと成長した男の二人。どうすべきかは、もうわかっていた。

鼻から深く空気を吸い込み、細く長く口から吐き出す。そうして腹をくくった俺は、師であり、母であり、そして祖父の忘れ形見でもある彼女へ手を伸ばす。


「今楽にしてやるからな、アイ」


細い首にそっと手をかけると、手の平にひんやりと彼女の体温が伝わってきた。

一応用語解説的なのを用意しました。


▼落とし者/おとしもの

異世界からこちらの世界へ渡ってきた者。こちらの世界での名前を持たない。

【名付け】られていない者は俗に【名無し】と呼ばれ、一定期間を経ることで【失せ者】となる。

大体は平凡な人間だが、稀に特異な能力を持つ者もいる。


▼拾い主/ひろいぬし

【落とし者】に【名付け】を行った者。彼らとの間に強い縁を結び、存在の全てを支配下に置く者=主人。


▼名付け/なづけ

【落とし者】にこちらの世界での名前を付けること。

【名付け】を行った者は【拾い主】となる。また、名を得ることで【落とし者】はこちらの世界での存在を確約される。

魔術の中でも特に原始的な【言霊】の一種とされる。【名付け】を行うには、一定以上の魔力が必要。


▼名無し/ななし

まだ誰にも【名付け】られていない【落とし者】。

一定期間を経ることで【失せ者】となる。


▼失せ者/うせもの

【名付け】を行われずに、こちらの世界で一定期間を過ごした【落とし者】。

記憶や人格をうしない、ただ存在するだけの生ける屍。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人じゃないなにかっぽい感じ。序盤から人っぽくミスリードさせておいて、それを徐々にはがしていくところ。 [気になる点] 終盤の反応というか壊れ方が機械っぽいところ。 [一言] 恐らく劣化のな…
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