夜戦奏者(後編) …ハインケルHe219夜間戦闘機
前回の後編なので、主人公は同じです。
今までと比べると長いので、その辺りご注意を(汗)
用語解説
八木・宇田アンテナ……日本の八木秀次と宇田新太郎が開発したアンテナで、通信やレーダーなどに使用された。画期的な発明だったが日本では理解されず、欧米諸国(後に敵国となるアメリカ・イギリスを含む)の方が先にこの技術の有用性に気づき、あらゆる用途に使用していた。レーダーや通信機器などを軽視した日本軍の攻撃偏重主義の結果は、敗戦という事実に集約される。
ハインケル He219夜間戦闘機
最高速度:616km/h
武装:20mm機関砲×6(腹部に4、主翼に2)、30mm機関砲×2
乗員:2名
ハインケル社が開発した本格的夜間戦闘機。
夜間戦闘機としてはかなりの高速であると同時に重武装を誇り、初陣で『ランカスター』爆撃機を5機撃墜する鮮烈なデビューを飾った。
「この機を2000機用意しなければ、英軍の爆撃を阻止できない」と言われたほどだったが、搭載するエンジンの供給や、設計者であるハインケル博士のナチス嫌いなどが原因で生産中止が命令されてしまう。
しかし現場での需要から、その後もハインケル社は空軍省に隠れて細々と生産を行い、僅かながら部隊に引き渡していた。
そのため、バリエーションなどは詳しく分かっていない部分もある。
愛称はドイツ語で「ワシミミズク」を意味する『ウーフー』。
…………
……
…
……1944年……
第三帝国の敗色は濃くなってきたが、上の連中が降伏せず、敵の夜間爆撃が止まない以上、俺達に休みは無い。
俺とクルトはシュレーゲムジークを使って今も戦果を挙げているが、連合軍の手札はまるで底なしだ。
正直言って、俺達は相当苦しい戦いを強いられている。
「ハインリヒ、良い知らせだよ」
部屋に入ってきたクルトが、俺にそう言った。
「アイゼンハワーでもおっ死んだか?」
「残念ながら違う」
クルトはにやりと笑う。
「『ウーフー』が来たんだ」
「何!?」
俺は即座に立ち上がり、飛行場へ駆けだした。
クルトが慌てて後からついてくる。
「何機来たんだ!?」
「一機だけ! ハインケルから非公式ルートで納入された! 僕らが乗ることになってるらしい!」
「よし!」
飛行場に出ると、空輸されたばかりの大型戦闘機が停めてあった。
機首には『鹿の角』などと呼ばれる八木アンテナが張り出し、全体的に厳つい風貌だ。
これこそ俺が待ち望んでいた、本格的夜間戦闘機ハインケルHe219……通称『ウーフー』。
夜のハンター・ワシミミズク……夜戦に相応しい渾名だ。
導入されたのは一年前だが、上の連中の無理解のせいで生産が中止されてしまい、今まで配備されなかった。
それでも極秘に生産を続けたハインケル社に感謝したい。
今となっては全てが遅すぎるが、この機体があれば俺達は戦争に負ける前に一花咲かせられる。
無差別爆撃で犠牲になる一般市民を、少しでも守れるはずだ。
「はは、早速駆けつけて来おったか」
聞き覚えのある声に振り向くと、基地司令が近くに来ていた。
咄嗟に敬礼をする。
「この機体はお前達に托す。一機でも多くの敵機を墜とすこと、そして必ず生還することを期待する」
「はっ! 必ず!」
………その後俺達は『ウーフー』の慣らし飛行などを行った後、爆撃に備えた。
クルトも新しいレーダーの操作を練習し、万全の態勢を整える。
そして夜。
迫り来る爆撃機編隊を基地のレーダーが察知し、出撃命令が下る。
「行くぜ、クルト!」
「ああ!」
機体を滑走路へタキシングさせ、スロットルを開く。
重い機体がゆっくりと加速し始め、やがてふわりと宙に浮き上がる。
ある程度上がったら素早く車輪を引き込み、速力を上げて敵編隊へと向かった。
離陸時に特に感じることだが、機体の重さの割にエンジンが出力不足ではある。
しかし飛び立った後なら、最高速度600km/h以上の高速性を発揮する。
《防空に上がった各機へ。こちらのレーダーでは、十時の方向に敵編隊を捉えている》
地上からの無線が入った。
「クルト、どうだ?」
「うーん、レンジが狭いのは変わらないね」
俺と背中合わせに座っているクルトは、レーダーを覗き込んで唸った。
「レーダーアンテナを、ちょい左に向けてくれ」
「こうか?」
エルロンとラダーを利かせ、アンテナの張り出した機首を左に向ける。
「おっ、反応有り! 方位は……」
クルトの指示する方向へ進路を取り、目を見張る。
排気炎の光が点々と見えた。
「各機、いつも通り後下方から攻撃せよ! レーダー手は『モスキート』に注意!」
敵の夜間戦闘機は今でも脅威だが、後方警戒レーダーや敵のレーダー照射を察知する装置のおかげで、いくらか避けやすくなった。
とはいえ、やはり一瞬の判断の遅れが死を招く。
接近した後息を潜めて、『ランカスター』の腹下に潜り込む。
試乗したときに分かったことだが、この『ウーフー』は重く翼がでかいため、あまり小回りが利かない。
シュレーゲムジークを喰らわせた後の退避を、今までより素早く行う必要がある。
場合によっては前方の機関砲で攻撃した方がいいかもしれない。
「照準良し!」
頭上の照準を『ランカスター』の腹に合わせ、トリガーを引く!
シュレーゲムジークから30mm弾が放たれ、爆弾倉の辺りに炸裂。
俺が素早く機体を捻って離脱すると、『ランカスター』は火を噴き、やがて木っ端微塵に吹き飛んだ。
さすがはラインメタル・ボルジッヒ社製Mk108機関砲……『ランカスター』やB−17も四、五発当てれば事足りる。
「よし、次だ!」
「機首を三十度くらい右へ振ってくれ。その辺りに敵機の影らしい物が見える」
レーダー手になってからも、相変わらず夜目の利く奴だ。
誘導に従い、機首を振る。
「反応あり。……『ランカスター』だ」
「了解。後方警戒レーダーに注意してくれ」
この機体なら、『モスキート』でもなんとか振り切れる。
これで『ランカスター』を片っぱしから……
《こちらクロイツェル! 今敵の夜間戦闘機に攻撃を受けました!》
突如、部下から通信が入った。
先日入隊してきた新入りだ。
「状況は!?」
《回避しました! それよりも、敵は……ウワアァァァ!》
叫び声と共に、通信機に雑音が混じった。
「クロイツェル! どうした!? 応答しろ!」
……やがて無線からは雑音のみが聞こえてくる。
その時、闇の中で一機の飛行機が爆散する姿が見えた。
爆光の中微かに見えた機首のシルエットは……間違いなく、味方のBf110Gだった。
「くそっ! ジョンブル共め……!」
「ハインリヒ、今は爆撃機の迎撃に集中するんだ!」
「分かってる! 派手に暴れてやるぜ!」
…………結局、俺は単独で四機の『ランカスター』を撃墜する戦果を上げたが、味方は三機墜とされた。
最初にやられたクロイツェルはレーダー手共々脱出できたが、重傷を負っている。
『ウーフー』の力は確認できたが、こいつ一機だけでは俺達の厳しい状況は変わらない……。
「ハインリヒ、ちょっと検証してみたんだけど……」
クルトは手書きの図を俺の前に広げた。
「クロイツェルから話を聞いたところ、初撃を回避した後敵機は自分たちの横に出たらしい。そのとき、銃撃を喰らって墜とされた」
図に書いたラインを指でなぞりながら、クルトは解説する。
「同航で真横に撃った……ってことは、相手は銃座付きか?」
「ああ、それは間違いない。どうもこの時の時間帯などから考えるに、丁度クロイツェル機が月光に照らされて、シルエットが見える位置だったんだよ」
月光……夜戦において、敵にも味方にもなる要素だ。
クロイツェルは敵の攻撃を咄嗟に回避できても、月の位置まで考えている暇は無かったのだろう。
「それにしても、敵は本当に戦闘機なのか? この図を見る限り、真横に銃座を向けて撃ってるみたいだが」
爆撃機なら、そこまで射角の広い銃座がついている場合もある。
しかし戦闘機となると、例え付いていたとしても後方への牽制に使う程度だ。
「ああ。それにクロイツェルは撃墜される直前、銃撃の発射炎もあって敵機のシルエットが見えたらしいんだけど……P−38に似ていたとのことだ」
「P−38だぁ?」
アメリカ製の双発戦闘機P−38。
胴体が二つあるという妙なフォルムは、似ている機体など滅多にない。
「そこから察するに、敵はP−61『ブラックウィドウ』。アメリカ軍の新型夜間戦闘機で、P−38と同じ双発・双胴型だ。背部にリモコン式旋回機銃がついてる」
「ついにアメリカ軍機が出てきたか」
『モスキート』だけでも厄介だというのに、この上新型……
連合軍の持ち札は底無しか。
「それにしても『ブラックウィドウ』……『黒衣の未亡人』とはまた不吉な名前だな」
「転じて、どこだかの島に住む毒蜘蛛の名前らしいよ」
「ちっ、藪蚊の次は毒蜘蛛かよ」
連合軍の夜戦乗りは虫が好きなのか?
「クルト、司令に直談判して、その蜘蛛野郎を叩き落とそうぜ。そうすりゃみんなのテンションが上がる」
「それはいいけど、作戦は?」
「まず、『ウーフー』と性能を比べてみようや」
「えーと、P−61はちょっとした爆撃機並の横幅があるし重武装だから、機動性は『ウーフー』とそれほど差はないかもね。レーダーの性能は当然向こうが上。でも『モスキート』みたいに木製じゃないから、レーダーにはしっかり映るはずだ」
クルトは冷静に分析していく。
「結局、戦法が物を言うんじゃないかな?」
「戦術……ねえ」
やはり、最後は戦闘機乗りの腕と知恵が勝負を決める。
俺が頭を捻ったとき、ふと一つの考えが浮かんだ。
「なあ、疑似餌って知ってるか?」
「小魚の模型とかを餌の代わりにして釣りをするやつ?」
「そう……それを空戦でやるんだ」
…………
翌日の夜、俺達は迎撃に上がった。
と言っても、俺のターゲットは『ランカスター』ではなく、P−61『ブラックウィドウ』。
ワシミミズクの力で毒蜘蛛を狩ってやる。
「晴れて良かったね。丁度良く月が出ている」
「月が出てないことには、上手くいかないからな」
俺は通信機のスイッチを入れた。
「二番機、聞こえるか? 頼むぞ」
《お任せ下さい!》
この作戦は僚機のBf110との連携によって行う。
地上レーダーから送られてくる情報に耳を傾けながら、ターゲットを探す。
俺達以外は、『ランカスター』に向かっている。
「……いた! 二次方向、『ランカスター』編隊の上だ! こっちに来る!」
「よし、仕掛けるぞ! 二番機、しっかり合わせろ!」
《はい!》
俺は高度と月の位置を考慮しながら飛ぶ。
疑似餌を仕掛けるのだ。
「今だ、投下!」
レバーを引き、翼の下に取り付けた秘密兵器を投下する。
レーダーを攪乱するアルミ片……チャフという奴だ。
広域にばらまけば敵のレーダーを乱反射させ、自分の位置を分からなくすることができるが、今回は塊状に撒いた。
こうすれば敵のレーダーには、それが戦闘機と映るだろう。
投下後、俺は速やかに離脱する。
「どうだ、クルト?」
「釣れたよ! 排気炎が近づいてくる!」
俺も後ろを向いて確認すると、廃棄炎が俺の目にも見えた。
先ほど投下したチャフを追っている。
《捕捉しました! 攻撃します!》
待機していた二番機からの連絡。
直後、微かに見えた曳光弾に続いて、暗闇の中から炎が噴きだす。
次に見えたのは、爆炎に照らされながら吹き飛ぶP-61の破片だった。
「墜ちた!」
《撃墜確認! やりましたよ!》
……チャフを撒いた地点は、二番機から見て丁度月に照らされる地点。
俺たちが仕掛けた疑似餌に釣られた敵を、二番機が撃ち落とす……上手くいったようだ。
「この戦術は使えるね」
「ああ! 俺の頭も捨てたもんじゃないな!」
これで仲間の士気も上がる……そう思ったときだった。
「! 後方警戒レーダー作動!」
クルトが叫んだ直後、俺は咄嗟に機を横転降下させてスロットルを開いた。
曳光弾の光が頭上を通り過ぎる。
「食いついてくるよ!」
「ちっ、目のいい奴だ!」
こっちの排気炎を追っているのか。
『ウーフー』の加速力なら振り切れるかもしれない。
しかし敵の機銃は発射速度に優れる……振り切る前に弾を喰らう可能性も……!
「しっかり掴まってろ!」
俺は機体をバレルロールに入れた。
計算などせず、ただ戦闘機乗りの本能にのみ従う。
機が背面になったとき、敵は俺の下をくぐった。
「ウオォァァァ!」
シュレーゲムジークのトリガーを引く。
放たれた30mm弾が、背中あわせ状態の敵機に叩きつけられ……視界が炎で覆われた。
「……やった、か?」
炎が遠ざかっていく。
それは炎上しながら墜ちていく、P-61の姿だった。
「な……なんて無茶するんだよ、ハインリヒ」
クルトが言う。
「……形に囚われないのが、ジャズってもんだろ。……敵夜間戦闘機を撃墜、これより爆撃機の迎撃に向かう!」
……俺たち夜戦隊の戦いが歴史に語られることは、そう多くないだろう。
だが俺たちは、この暗闇の中に自分の誇りと光を見出して、戦った……
……
お読みいただきありがとうございます。
本格的夜間戦闘機・He219ですが、様々な事情から236機という少数しか生産されませんでした。
悲運の名機、と言ったところでしょうか。
ドイツ空軍はレーダー技術が進歩していたので(それでも連合国には及びませんでしたが)、日本軍よりも夜間戦闘機が活躍できました。
まあB−29が欧州戦線にも使われていたら、話は違っていたと思いますが。
八木・宇田アンテナの発明者を出しながらレーダーのような防御的兵器を軽視した日本軍……こう見ると、物量に圧倒されたとか言う以前に「負けて当然」という要素が多数あったんだなあ。
さて、次回は有名機メッサーシュミットBf109です。
お楽しみに。