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夜戦奏者(前編) …メッサーシュミットBf110夜間戦闘機

用語解説


曳光弾……光を発しながら飛ぶ機銃弾。弾道を目視確認するために使われ、航空機の機銃は大抵は徹甲弾、炸裂団、曳光弾の順に撃ち出される。

メッサーシュミット Bf110

最高速度:550km/h

武装;30mm機関砲×2、20mm機関砲×2、7.92mm旋回機銃×1

乗員:2名


本来は長距離援護戦闘機として開発された双発機だが、戦闘機として活躍できたのは初期のみで、バトル・オブ・ブリテンにおいては運動能力の低さが露呈し、イギリス軍の単発戦闘機にょって多大な損害が出た。

その後は戦闘爆撃機や偵察機として活躍したが、イギリス軍が夜間爆撃を行うようになると夜間戦闘機として用いられるようになり、同様に夜戦型に改造されたJu88などと共に『ランカスター』爆撃機を迎え撃った。

日本海軍の夜間戦闘機『月光』や、陸軍の二式複座戦闘機『屠竜』も本機と似た経緯を辿っている。

戦闘機としては失敗作でも、双発故の航続距離や積載重量を活かし、様々な方面でドイツ空軍を支えた名機と言えるだろう。



………





……








夜の闇の中を、エンジン音が切り裂く。

俺は双発戦闘機Bf110を駆り、英軍の爆撃機を探していた。


「どうだクルト、ヤブ蚊はいるか?」


「いや、少なくとも僕らの近くにはいない」


俺の幼馴染みにして後部座席担当の、クルト・ミッターマイヤー。

夜目が利く奴で、こいつのおかげで俺は敵の夜間戦闘機から逃げ延びてきたと言っていい。


照空灯の光が動き回り、地上の連中も懸命に爆撃機を探しているらしい。

操作をしている女性補助員たちも苦労しているだろう。


そのとき、光の中に機影が浮かび上がった。


「いたぞ! 『ランカスター』だ!」


俺は機体を加速させた。

アブロ『ランカスター』はイギリス空軍の四発爆撃機で、最近は毎晩のように飛来する。

奴らを迎撃するのが、俺達夜戦隊の任務だ。


「……『モスキート』も結構いるみたいだ。クルト、常に後ろに気を配ってろ」


「了解」


デ・ハビランド『モスキート』……イギリス空軍の木製双発機だ。

偵察機や爆撃機など様々なバリエーションが存在するが、俺達にとって一番煩わしいのはランカスターの護衛についてくる夜間戦闘機型である。

高速性能と索敵能力が高く、次々とこちらを見つけては攻撃してくる。

まさしくヤブ蚊のように厄介な奴だ。


「征くぜ!」


対爆撃機の戦術には様々なものがあるが、夜戦に於いて効果的なのは相手の下に潜り込み、下から突き上げるようにして機首の機関砲を撃ち込むやり方だ。

真後ろからだと尾部銃座の銃撃を受けてしまうのと、下から攻めることにより敵機のシルエットが最大となり、弾を当てやすくなるからだ。

ただし、射撃のタイミングはシビアである。


俺は『ランカスター』より高度を下に取り、気づかれないように下方に潜り込む。

機首を上げ、機関砲の照準を『ランカスター』の腹に合わせ、トリガーを引く。

発射音と共に、暗闇の中を曳光弾の光が舞い、命中した炸裂弾が光を放っているのも見えた。


「墜ちろーッ!」


『ランカスター』が咄嗟に身を捻り、コークスクリューで逃れようとする。

なんとか追従しながら機銃弾を撃ち込むと、『ランカスター』は突如オレンジ色の炎を吹きだした。

俺は慌ててに反転回避。

『ランカスター』は巨大な炎を撒き散らして爆散し、震動が俺にまで伝わってきた。


「危なっ……もうちょいで巻き込まれるところだったよ」


クルトが言う。

俺も背筋に冷や汗が伝っていた。

燃料タンクについた火が積んでいる爆弾に引火すれば、どんな頑丈な爆撃機でも木っ端微塵だ。

仲間達も戦闘を始め、曳光弾の光が周囲に見える。


「後方に『モスキート』!」


クルトの叫び声を聞き、咄嗟に機体を横転降下に入れる。

闇の中への急降下。体にGがかかり、俺は腹筋に力を入れた。


「……よし、大丈夫だ。間一髪だったよ」


再びクルトの声が聞こえたとき、俺の心臓は激しく脈打っていた。

夜戦において一度見失った敵機を、再び補足するのは不可能に近い。

故に敵機の接近に気づいたらすぐさま急降下で回避。少しでも遅れれば死ぬ……。


「次の獲物をやるぞ!」


震える自分自身を勇気づけるため、俺は大声で叫んだ。





………






撃墜数四機、損害八機。

昨夜の防空戦闘の結果がこれだ。

墜とされた八機のうち、六機は敵の夜間戦闘機……あの忌々しい『モスキート』にやられたが、残りの二機の内一機は『ランカスター』を攻撃中に衝突、差し違える形となった。

最後の一機は撃墜後、『ランカスター』が抱えていた爆弾の爆発に巻き込まれ木っ端微塵……一歩間違えば、俺達もそうなっていたと思うと……。



「……リヒ。ハインリヒ」


俺を呼ぶ声に気づき、はっと顔を上げた。


「どうしたんだ、考えごとかい?」


「……ああ。もう少しいい戦法がないかと思ってな……」


俺の言葉に、クルトは腕を組んで唸った。


「リスクの少ない攻撃方法か……」


「尚かつ、敵に見つかりにくければ尚いい」


昨夜俺は気づかれることなく一機を撃墜したが、その次に狙った『ランカスター』には急激な回避運動で逃げられた。

一度逃すとなかなか捕捉できないのは、俺達も同じだ。

照空灯もそれほど当てになるわけではない。


「そういやイギリス軍のパイロットは、ニンジンを食ってるから夜でも目が見えるって話、本当か?」


「嘘だよ、そりゃ。レーダーを積んでるに決まってる」


そう言って、クルトはふと笑った。


「なんだか、音楽で悩んでいたときと変わらないね」


「……そうだな」


俺とクルトは元々、共に音楽……ジャズの道を志した身だ。

しかし中々上手くいかず、飛行機乗りへの憧れもあって軍に入った。

不思議なことにあの頃の記憶も、死と隣り合わせの世界に生きている今からすれば……楽しい思い出だったように感じる。


「おっと、忘れるとこだった。新型機が来たらしい、見に行こう」


「新型?」


「ああ。機体はBf110だけど、新しい装備を積んであるってさ」


新しい武装……単なる大口径の機関砲などでは意味がない。

夜戦に有効な武器ならいいんだが、上の連中はその辺りの判断力が無いからな……。


「よし、とりあえず見てみよう」


俺は腰を上げた。



……



「Bf110F−4型です。これなら従来の戦法よりも、効率よく爆撃機を墜とせるはずです」


整備員が解説する。

その機体は確かに今までのBf110と変わらなかったが、一つだけ異なる点があった。

背部から上向きに機銃が突き出ているのだ。


「機銃が斜めについてるな」


「はい。『ランカスター』の腹下に潜り込み、こいつで攻撃するわけです」


「当たるのか?」


「試験も行われて、最適の角度で搭載されています。そもそも先の大戦のときから、この発想はありましたからね」


……単純なことだが、考えてみれば理に適っている。

これなら敵機に突っ込むことなく、一番防御の薄い機体下面を狙い撃つことが出来る。


「照準は?」


「風防の上面についてます」


「頭越しに狙いをつけるわけか。この武装の名は?」


「“シュレーゲムジーク”です」


シュレーゲムジーク……『斜めの音楽』、即ちジャズ。

軍に入ると同時に捨てた夢なのに、どういう巡り合わせか……。


「試してみようよ、ハインリヒ」


「……ああ」


自然と、俺の顔に笑みが溢れた。





……その夜。

今日もまた、『ランカスター』の編隊が接近している。

照空灯や地上からの誘導を頼りに、迎撃に向かう。


「視認した! 攻撃を開始する!」


見つからないようにエンジンの排気炎を抑え、低空から忍び寄る。

そしてシュレーゲムジークを使い、『ランカスター』を追いながら撃つのだ。

これなら見つかりにくい上に、敵の弱点である爆弾倉へ正確に撃ち込めるだろう。


「『モスキート』はまだ、こっちを捕捉していないみたいだよ」


「俺達が今までと違うコースを飛んでるからな」


十分な距離まで接近、上手く腹下に潜り込めた。

上を見上げ、風防に刻まれた照準を『ランカスター』の爆弾倉に合わせる。


「ジャズを一曲、くれてやる!」


トリガーを引くと、シュレーゲムジークの発射音が鳴り響いた。

隠密性を高めるため、光量を抑えた曳光弾を使用している。

爆弾倉を狙って数秒間撃ち込むと、『ランカスター』はパッと炎を吹きだした。


「退避!」


俺は機体を左旋回させる。

『ランカスター』は真っ二つに折れ、闇の中に墜ちていく。


「やった! 墜ちたよ!」


「当たるもんだな。こいつは使えるぜ」


敵と距離を保ったまま、弱点を狙えるというのは大きな利点だ。

ただ撃墜後すぐに回避しないと、敵機の残骸が頭上に降ってくるが。


「『モスキート』は?」


「まだ気づいていないらしい。もう少しはいけそうだよ」


「よし!」


次の『ランカスター』に機首を向け、忍び寄る。

俺はふと、思ったことを口にした。


「なあクルト。戦争が終わったら、もう一回ジャズをやってみないか?」


「……奇遇だね。僕も同じ事を考えてたよ」


「そうか……なら、生き残らないとな!」





………

やがてBf110はレーダーを搭載し、連合軍の爆撃機迎撃に奮闘した。

レーダー先進国であったイギリスは欺瞞紙チャフによるレーダー対策を行ったが、シュレーゲムジークに対しては有効な対策を立てられず、多くの損害を出すこととなる。

奇しくも同年同月、日本海軍でも同じ原理の武装・斜銃が発明され、それまで用済み扱いされていた十三試双発陸上戦闘機が夜間戦闘機『月光』として生まれ変わった。




ドイツ版『月光』とも言える機体・Bf110でした。

双発長距離戦闘機として開発された機体は結構ありますか、ちゃんと「昼間戦闘機」として活躍できたのは米軍のP−38くらいでしょう。

しかしそれ以外の用途に活路を見出し活躍したのですから、やはり名機と呼んで差し支えないでしょう。

史上最強の夜戦パイロット・ハインツ=ヴォルフガング・シュナウファー(撃墜数121機。全て夜戦での記録)も、大戦中この機体のみを使っています。


今回の話だけではなんか中途半端だったので、次回のHe219と前後編にしました。

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