氷の大砲鳥 …ユンカースJu87G戦車攻撃機
艦魂物を連載中の私ですが、気分転換を兼ねて書いた艦魂抜きの短編を徐々に掲載していきます。
艦魂と違い萌え要素は無し(私にその点を期待してる人はいないと思いますが)。
初心者の方のために用語説明
急降下爆撃機……文字通り、標的目がけて急降下しながら爆弾を投下する爆撃機で、ピンポイントの攻撃が可能。機動性が要求されるため、戦闘機と同サイズの機が多い。
横滑り……ラダー(垂直尾翼の方向舵)を使って、機体を左右へ滑るように動かすこと。
スターリングラード……ドイツ・ソ連の戦いで最大の戦場となった都市。現在はボルゴグラードと名を変え、同じく多大な戦禍を被った広島などの都市とも姉妹都市関係を結んでいる。
ルーデル大佐……史上最強の対地攻撃機乗り。ソ連との戦いで戦車519両、装甲車・トラック800両以上を破壊した上に、30回撃墜されても生還したことで有名。片足を失いながらも義足をつけて戦場に戻った超人的なパイロット。
ユンカース Ju87G
最大速度:375km/h
武装:37mm機関砲×2(両翼下)、7.92mm砲×1(後部機銃)
乗員:2名
ドイツ空軍の急降下爆撃機の代名詞とも言える機体。
生産が開始されたのは零戦よりも前で、収納できない固定脚のため速度は低かったが、後継機に恵まれなかったこともあり終戦まで戦い続けた。
このG型はソ連軍戦車、特にT−34中戦車対策として開発された機体で、主力のD型をベースとして爆撃能力と引き替えに37mm機関砲ポッドを搭載している。
翼の下に重武装を搭載したため重量・空気抵抗共に増加し、機動性は著しく悪化したが、熟練したパイロットが操縦すれば絶大な力を発揮した。
スターリンをして「ソ連人民最大の敵」と言わせしめたハンス・ウルリッヒ・ルーデル大佐の活躍でも有名。
…………
……
…
目を皿のようにして、私は地面を見下ろした。
小さく見える、ソ連軍の戦車部隊。そして空には群れを成す敵戦闘機。
趨勢はソ連軍に傾いており、いくら破壊しても沸き続ける戦車部隊相手に、ドイツ軍は苦戦を強いられていた。
《攻撃隊、我らが道を開く。存分に敵戦車を狩れ》
護衛のFw190から通信。
隊長機が宜しく頼むと応じた。
まずはJu87Dが急降下爆撃をかけ、対空砲を潰す。
そこへ我々のJu87Gが突入し、敵戦車を叩きつぶすのだ。
G型はダイブブレーキが撤去されていて急降下爆撃はできないが、代わりに37mm機関砲を搭載している。
本来は対空砲として造られたFlak18という機関砲で、その威力は絶大。
人呼んで「大砲鳥」……戦車狩り専門機だ。
「征くぞ、ルドルフ」
「はい!」
後部座席の機銃手に呼びかけ、高度を下げていく。
先行するするD型が背面降下を開始した。
昔は『ジェリコのラッパ』と呼ばれた威嚇用サイレンを鳴らしながら急降下したものだが、今では隠密性の方が重視され、サイレンは取り外されている。
ソ連軍の対空砲座が火を噴くが、それでも爆撃隊は降下を続ける。
刹那、轟音。
彼らの投下した爆弾が炸裂し、対空砲が次々に吹き飛ぶ。
ソ連兵も必死で、爆炎の中から盛んに機銃で応戦している。
「突入!」
私は更に機首を下げ、敵戦車に接近する。
時代遅れの固定脚のため速度は遅いが、反面低空での安定性は高く、地上目標に狙いがつけやすいのがこの機体の利点だ。
ラダーで機体を滑らせて、一番近いT−34に狙いをつけ…………撃つ!。
発射の反動で機体にガクン、ガクンと衝撃が走り、私は機首を上げて一時離脱。
その瞬間、地上からの爆発音が聞こえた。
「命中確認!」
ルドルフが叫ぶ。
T−34はまるでワインの栓を抜いたかのように、砲塔部分が吹き飛んでいた。
戦車というのは大抵上面装甲が最も薄いもので、航空機なら有効な攻撃ができる。
加えてどんな頑丈な戦車でも、内部に抱えている砲弾に誘爆したら木っ端微塵だ。
「もう一回行くぞ!」
「待った! 後方に敵機!」
「ちっ、撃ちまくれ!」
私に言われるまでもなく、ルドルフは機銃を操作して弾をばらまいた。
しかし後部銃座というのはあくまでも牽制のためのもので、滅多なことでは敵機を撃墜できない。
私は機体を急旋回させる。これでもベテランだ、そう簡単に食われてたまるものか!
「中尉、味方機です!」
見ると、護衛のFw190が接近し、ソ連軍機に攻撃をかけていた。
敵機は私たちを追うのを諦め、回避行動をとる。
「デーニッツ大尉たちか。命拾いしたぜ……」
帰ったら一杯奢ることにしよう。
私は旋回して一旦距離を取り降下、再度攻撃を仕掛ける。
生き残った対空兵器の攻撃を縫うようにかわしつつ、横に並んでいる二台の戦車を標的に選んだ。
「二台同時に破壊してみるか」
「えっ、本気ですか!?」
「まあ見ていろ!」
先ほど二発撃ってしまったから、残りの砲弾は四発。
弾が大きいだけに装弾数はあまりにも少なく、反動や重量の関係から二門同時にしか撃てないのだ。
直進する時間を少なくするためにギリギリまで接近してから、まず右側の戦車に照準を合わせる。
……今だ!
トリガーを引いた直後、ラダーで機体を横滑りさせ、左の戦車を狙う。
照準を合わせている時間は無いので、照準で標的を「なぞる」ようにして、交わった瞬間トリガーを引く。
命中率を上げるため、今度は二連射。
即座に旋回して離脱。地上から爆発音が聞こえてきた。
「やりましたよ中尉! T−34が並んで燃えてます!」
「はっはっは、対地攻撃のエースはルーデル大佐だけじゃないってことさ」
声を上げて笑った直後、鈍い金属音が数回響いて、機体が震動した。
「いかん!」
私は咄嗟に機体を捻って回避。
対空機関砲をエンジンに喰らったらしく、淡く煙を噴いていた。
「ルドルフ、一旦帰投するぞ!」
「りょ、了解!」
ダメージは軽度のようだが、このまま攻撃を続行することはできない。
基地で機体を替えるしかないだろう。
対空砲を喰らうのはよくあることだが、今回は私が調子に乗りすぎたことに原因がある。
自粛せねば……。
…………
……
どうにか基地へ着陸した後、仲間たちも弾を補給しに戻ってきた。
私同様エンジンから煙を吹いている機体もあれば、穴だらけになりながら満身創痍の状態で飛んでいる者もいる。
しかし着陸すると、同僚たちは颯爽と機体から降りて、弾を装填しろ、代わりの機を用意しろと整備兵たちに指示する。
これがいつもの光景だ。
「マンハイム中尉、準備完了しました!」
整備兵が私たちに告げる。
「よし、他の連中が準備できたら一緒に行く」
その時、同僚の機から怪我人が担ぎ出された。
後部機銃手で、どうやら腹部を負傷したらしい。
パイロットは全くの無表情で相方を見送ると、整備兵たちに早く弾を装填しろと指示し始めた。
「交代の機銃手も乗せないで飛ぶつもりですかね?」
ルドルフが私に尋ねる。
「あいつは私の同期でな、気に入った奴としか組まない」
彼の名はディートリッヒ・ヴァイス。私と共にシュトゥーカ隊に入ったベテランだ。
昔は愛想の良い気さくな奴だったが、今では全く感情を表に出すことのない、氷のような男になってしまった。
そう……丁度スターリングラードの死闘から、奴は変わってしまったのだ。
以前、母親が病死したという知らせを受けた直後に、平然と出撃していったことさえある。
私は、その理由を知っている。
「搭乗員、整列!」
招集がかかった。
我々は整然と並び、再び愛機に乗り込む。
Ju87Gは携行弾数が少ないため、必然的に出撃回数は多くなる。
そして400km/hも出せないこの機体で、最高速度600km/h以上の敵戦闘機をかわしつつ、対空砲火をかいくぐり敵戦車を屠るという、過酷な任務。
しかし我々に、死ぬことは許されない。
機体の補充はできても、優秀なパイロットの育成には数年かかるからだ。
例え不時着して泥まみれで逃げ出すことになろうと、我々は生き延びなければならないのである……。
…………
……
「敵地上軍、確認!」
「突入する!」
第一回の攻撃で敵は多少減ったが、T−34という戦車は次から次へと沸いてくる。
一匹見つけたら三十匹はいると思って良い。
味方戦闘機隊の援護を受けつつ、我々は敵戦車への攻撃を開始する。
「初弾、発射!」
狙いをつけてトリガーを引き、さっと離脱。
やや遠めの射撃だったが、砲弾は見事にT−34の上面装甲を貫いた。
今日はこれで四両目破壊。
「中尉、味方が不時着します!」
ルドルフが叫ぶ。
見ると被弾したJu87が、煙を吹きながら地面に滑り込んでいく。
荒地ではあるが、頑丈な固定脚は折れることなく、私の眼下で前のめりに「逆立ち」した状態で停止した。
だがほっとしてはいられない。
戦車部隊からは少し離れたところに降りたものの、このままでは良くても捕虜となり、強制労働所送りだ。
すると、別の一機が降下し、なんと不時着した機の近くで着陸態勢に入った。
あれは……ディートリッヒの機だ!
「ディートリッヒ! 何をする気だ!?」
その問いに対し、彼は無線機から一言だけ答えた。
《奴を助ける!》
「!」
……私は彼の変貌の理由を、本人から聞いていた。
母の死に涙すら浮かべなかった彼に怒りを覚えて問い詰めたとき、彼は「自分は泣く権利も無い人間だ」と答えた。
スターリングラードで、奴は工場への急降下爆撃を命じられ、見事にそれを達成したという。
しかしその後、破壊した工場を低空から確認したとき、彼は見てしまったのだ。
爆発で死んだ男の死体と、それに取りすがって泣きじゃくる、小さな少女の姿を……
それ以来彼は涙を封じ、氷の仮面をつけて戦い続けてきた。
そんな彼が、仲間を助けようとしている。
自分の誇りを取り戻すために……
「こちらマンハイム! これよりヴァイス機を援護する!」
無線機に向かって叫びつつ、私は機を降下させた。
すでに不時着した機体にはソ連の歩兵部隊が迫り、その後方ではT-34二両がヴァイス機目がけて機銃を撃っている。
ディートリッヒが着陸し、停止する前に……!
「喰らえ!」
火を噴く37mm機関砲。
さきほどやったように機体を横滑りさせ、照準で敵をなぞりながら二両目に向けて二撃目を放つ。
命中後、そのままT-34の上空を通過する。
高度が低かったため、爆発の振動が伝わってきた。
ヴァイスは着陸に成功し、不時着した搭乗員二名は彼の機体へと駆け出していた。
ソ連軍歩兵部隊が、機関銃でディートリッヒを攻撃し始めている。
私はそいつらの背後に37mm砲弾を叩き込んだ。
着弾を見て、歩兵たちは浮足立つ。
「早く離陸しろ!」
空になっていた後部座席に二人が乗り込み、ディートリッヒの機は地表を滑走し始める。
攻撃を続ける歩兵部隊に、私はもう一撃。
そしてついに、ディートリッヒは離陸に成功した。
「凄い! やりましたよ、中尉!」
ルドルフが興奮する。
だが……
《こちらヴァイス……帰投する……》
無線から聞こえてきたディートリッヒの声には、深い苦痛の色があった……
………基地に着陸した後、私は先に降りたディートリッヒの機体に駆け寄った。
しかし彼は、操縦桿を握ったままこと切れていたのだ。
右胸に銃弾を受けながらも仲間を救出した彼の死に顔は安らかで、その頬には涙が伝っていた。
名誉ある死を以て、彼は氷の仮面を融かすことができたのだろう。
わたしは彼という最高のパイロットを、永遠に忘れない……
…
シュトゥーカの評価はルーデルの活躍によって保たれている、という意見もあります。
まあ、機体性能は明らかに旧式化していたし、間違いではないと思いますが(苦笑)。
しかしドイツ軍機の中でも、この機体は特に好きです。
固定脚に逆ガル翼の武骨なデザインに、これまた武骨な37mm機関砲を積んだ姿は、まさしくドイツ人的「機能美」を表したデザインと言えるでしょう。
次は同じく「機能美」に魅かれる、Fw190です。