塩たん、タンシチュー、タルトタタン
「松井さん……何でその3択なんすか」
「べろ好きそうだったから、佐久間」
定時で終わらなかった仕事に先輩が付き合ってくれて、今に至る。
この場合の「付き合う」は「行動を共にする」意味であって、残念ながら「交際」ではない。
流石は先輩、普段から俺の仕事をだいたい把握してくれているだけあって、書類を捌く手にはほとんど迷いが無く、あっという間に片付いた。
お蔭様ですぐに残業は終わり、今現在、会社を出た俺と先輩は駅前の繁華街に向かって並んで歩いている。
看板やのぼり旗を眺めながら、さあどこの店に入ろうかと話し掛けたところ、塩たん、タンシチュー、タルトタタンのどれを食べたいかと尋ねられての冒頭の会話。
べろは……べろは……うん。かなり良かったのは事実。
「べろは……まぁ、俺も男なんで否定はしないっすけど、強いて言うなら、俺は松井さんとのキスが好きです」
エロい下心を包み隠さず、かつ、真っ直ぐな恋心をトッピング。
「ハハハッ、そりゃどうも」
拒絶とは思わないが、いなされているようにも感じる。
でも、ならば煽るような焦らすような3択問題はなにゆえ?
やっぱり先輩はただ、俺の反応を見て楽しんでいるだけなのか……それとも……。
先輩は小悪魔系か? 有り得る。だって可愛いし。
ごちゃごちゃと考えるのは得意じゃない。
腹が減っては戦はできぬと言うし、まずは夕食にありつくことを考えよう。
「選択肢の中で、1番現実的なのは塩たんだと思いますけど」
「んじゃ焼肉だな」
こうして店が決まった。
きっと松井さんの頭の中で8割方、最初から焼肉で決まっていたんじゃないかと思う。だって他の2つ、選びにくい……。
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「乾杯、佐久間。塩たん、たんとお食べな」
「……松井さん、親父ギャグがキツいですよ……」
「塩対応だな、佐久間。年、そんな変わんないって言ってくれたのに」
「塩までかけてくるのやめてくれます?」
ちょっぴりしょげた先輩、カッコいいと可愛いの夢の共演。
やべー、マジ可愛い。
相変わらず、俺と先輩の会話はそんなに多くない。
でも、心地よい先輩の空気。
お互いのんびり飲みながら、ジュージューと香ばしく焼いた肉に舌鼓を打つ。
「食後、どこかでタルトタタンが売ってるといいな」
先輩がポツリと呟く。
「? 松井さん、そんなにタタンタタンが好きなんすか?」
「ほら、佐久間はべろが好きだから」
「いや……、タルトタタンはべろじゃないでしょ」
「焼肉食ったあとのキスは口臭が気になるかなぁって。俺、佐久間よりもおっさんだし」
先輩があかんベーと、下瞼の赤い裏側とべろを俺に晒した。
駄目だ……腹が立つのに、無駄に色っぽい……。
「食べちゃいますよ、べろ」
「食べてもいいけど、タルトタタン食ってからな」
すぐにスマホで夜遅くでも開いている近くのケーキ屋を調べ、タルトタタンの取り置きを店に頼んだ。
交わった舌の、コンポートの甘さが蘇る。
りんご尽くし。
食後のデザートの食後のデザートが今から楽しみだ。