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つむじとコンポート

職場の先輩とペアを組み、毎日のように外回りで営業行脚する。

山を削って造られた住宅地のアップダウンで歩き疲れ、また、常時貼り付けの笑顔でお世辞てんこ盛りの営業トークに喋り疲れ、クタクタのヨレヨレの先輩と俺。

行きはピンと真っ直ぐだった先輩のネクタイも、心なしか今は曲がって見える。

今日の分のノルマ件数は取り敢えず達成したから結果としては良好だ。


「佐久間、今日もお疲れさん」


「松井さんも、お疲れ様でした」


くたびれた表情で儚げに笑う先輩からはいつものピシッとキマったカッコよさは感じられず、それはそれでギャップ萌えとでも言うのだろうか、庇護欲をかき立てられる。


帰社し、職場のエレベーターに乗り込む。

事務所のある5階まで階段で上がる元気は俺にも先輩にも残されていない。

先輩との会話はいつも少ないが、不思議と居心地はいい。

俺の目線よりもやや低い位置に先輩のつむじがあった。

そこを中心に生える艶のある黒髪に混じり、数本の白い毛が覗いている。

抜き取るよりも根元で切った方がいいのだと、以前にオカンが話していた。

ハサミを持たない今は白髪を教えたところでどうしようもないため口をつぐむ。

つむじを見つめていると、だんだん目が回って、渦に吸い込まれる気がした。

5階に着いて扉が開いたが、疲れからだろうか、エレベーターの床に靴底はへばりついたまま、足が持ち上がらない。


「佐久間? どうした?」


俺は動けずエレベーターをおりられずにいて、先に出た先輩が訝しんで戻って来た。


「佐久間? 調子が悪いのか?」


エレベーターの扉が閉まる。

誰もボタンを押していないのだろう、エレベーターは5階に留まったままだ。

先輩が心配そうに俺の顔を覗き込む。


「佐久……」


口付けていた。

無意識に触れた唇は思いの外柔らかく、瞬間的に離れかけたがもっと欲しくなってそのまま吸い付いた。

金縛りは白雪姫のようにキスで解け、俺は一歩足を踏み出して先輩をエレベーターの壁に押し付けていた。


エレベーターがヴゥウィーンと機械音を立て動き出した。

どうやら1階に下りるらしい。


扉が開いて、そのまま残っている訳にもいかず外に出た。

先輩もついて来た。

人を乗せ上がっていくエレベーターを見送る。


先輩が俺の手を引いて歩き始め、つい今しがた戻って来た会社のドアから再び外に出た。


「あちぃな」


上気した先輩の頬が紅く熟れている。


「あの、なんか俺のせいですいません。でも松井さん、あの、どこ行くんすか?」


「散歩。熱冷まし、付き合ってよ」


「俺、先輩と付き合いたいです」


先輩の足は止まることなく、会社からはどんどん離れていく。

返って来ない返事に、これは断られたんだろうかと思いながら、タイミングミスったかなとか、そもそも無理があるよなとか、無言の間に考えがぐるぐると巡り自嘲する。


「コンビニ入ってい?」


先程の会話はきっと打ち切り、スルーされたのだと思う。

キスはほぼ無意識だったとはいえ、無茶に無茶を重ねている自覚はあるから怒りは感じない。

むしろ先輩は俺を怒らなくていいのだろうか?

冷えた缶コーヒーのブラックを2本買った先輩は、1本を俺にくれた。

怒ってもいい場面でサラリとこんなことが出来る先輩は人としても尊敬できるし、同性だけれどやっぱりカッコいい。

憧れの人、多分振られたけれど。


「ベンチにでも座ろう。流石に足がキツイ」


公園のベンチに腰掛けて、先輩に貰ったコーヒーを頂く。

ブラックなだけあって味は苦い。


「佐久間」


申し訳無さとか、恥ずかしさとか、まとまらない気持ちのままなかなか先輩を見れずにいた俺は、名前を呼ばれたことでやっと視線を先輩に移した。


「松……」


今度は俺からじゃない。

二度目のキスは相変わらず柔らかく、先程よりも少し深い。

はむはむと、甘さが口の中に広がる。


「っぷはぁ……こんなおっさんのっ、どこがいいの?」


片手に持ったままの缶コーヒーをベンチに置いて、息絶え絶えの先輩の、林檎みたいに紅い頬に両手を添える。

今度は俺から、3度目のキス。

ねっとりと甘い、林檎のコンポート。


「……ふっ、はっ……。(とし)、ちょっとしか変わんないじゃないっすか」


残りのコーヒーは誰かが砂糖を入れたのだろう、甘い味がしていた。

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