表出する漆黒の光
「さあ、私が勝ったんだからぜんぶ元に戻してよね」
そう言いながらダイアは、アイクの首を鷲掴みしてアッシュのもとまで連れて行く
「今回は俺の負けか。仕方ない、まずはアッシュを元に戻そう。と言っても魔法をかけてるわけじゃない。一応肉体的なダメージを入れただけだから回復魔法をかければすぐ治るぞ。<完全回復>」
アイクが魔法を唱えた瞬間、アッシュの身体にあった傷の全て、過去に負った古傷までもが元に戻った。それは
「っ!えっ!アッシュちゃん!?えっ、!」
「?どうしたんですか?」
「そうか、俺は完全に元に戻した。そう、完全に、アッシュの身体を完璧な状態へと戻した。まさか、こうなるとは」
クロスによって歪められていたアッシュの身体を本来の姿、魔族の肉体へと戻した
「何か知ってるんですか?もしかして、夢を見せた、または操った人間の記憶を読む事ができるとか」
「ああ、操った人間の、それまでの記憶、その全てを強制的に見ることになる。だがこれは、俺から言うべき事じゃない」
「なんなんですか、二人とも。私がどうかしたんですか?」
アッシュは不安げな表情でダイアとアイクの事を見るが、ダイアはそれにすぐ答えることができなかった
動揺しすぎてできなかった
「…アッシュちゃん、身体に変な感覚はない?例えば、頭が重いとか」
「え?頭ですか?特に…?なんです?コレ」
ダイアに言われ不思議に思いながら頭にポンポンと手で触れていたアッシュは、突然手に触れた硬い物質に疑問を持ちながら、形を確かめるようにペタペタと自らのツノに触れていく
「…ダイアさん。私、どうなってるんですか?」
「あ…えっと、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、生えてるんだよね。ツノが」
「…」
「…」
「…」
「…アッシュちゃん。大丈夫?」
ダイアの言葉を聞いて黙り込むアッシュ、それを見て気遣うようにアッシュの顔を覗き込もうとするダイア
ダイアたちはこれまで接触したことはないが、この世界で魔族という種族は魔物と同等か、もしくはそれ以上に忌避されている存在であり、地域によっては魔族の特徴を持って生まれた子供は出てきた時点で殺されてしまう。それほどまでに魔族は忌避されている
そんな魔族を見て敵対心を抱かないのは
「全部…思い出した」
「アッシュちゃん、本当に大丈夫?」
「ダイアさん…」
ダイアくらいなものだろう
「思い出したのか…確かにクロスがかけた契約はキッカケさえあればいつでも思い出せるようなものではあったが…めんどうな」
いつの間に抜け出したのか、クロスの右腕のすぐ側で完全に肉体が修復された状態で立っていたアイクは、全身に3色の光を纏った状態でアッシュに対して拳を構えていた
「なるほどな、これも運命か。これで不足していた材料の魔族も手に入る。だが、これは」
「アッシュちゃん、私のことが分かる?」
「はい、大丈夫です…ただ、かなり混乱してます」
そう言うとアッシュは地面に膝をついた
ずっと前の話、アッシュを仲間にした時、クロスはあることをしていた。それは、
王都に住むすべての人間の記憶を改竄すること
何のためにかは言うまでもないだろう。元魔族のアッシュが元々人間であったという風に装うため
そして、違和感が残らないよう、アッシュの過去の記憶も封印、改竄をしていた
結果、今のアッシュには魔族として育った記憶、そして人間として生まれ育った記憶の二つが存在していた
そして恐ろしい事に、もしどちらの記憶が正しいものか確かめた場合、アッシュはどちらの記憶も正しいと認識せざるを得ない
なぜなら、アッシュが生まれ育ち今日までに関わった全ての人間に関する記憶を、アッシュが関わった人間も持っているからである
もしも、偽りの記憶だったとしても、相手が自分と同じ記憶を共有していた場合、それは嘘だと呼べるのか
偽りだと断定できるのか
アッシュは突然突きつけられた2人分の生に戸惑っていた
だから、
「私、勝ったよね?あなたにちゃんと勝ったよね?」
「そうだな」
「なら、その殺気はナニ?」
「…」
頭を抱えて地面にしゃがみ込むアッシュを、ダイアが後ろから抱きしめるようにしながら、目線と剣先だけはアイクへと向けていた
ダイアは、アッシュを守るようにアイクへと先ほどとは違う、純度100%の殺意を向けていた
「アークから言われている。魔族に関しては素材さえ手に入ればいいから生死は問わないと」
「それがナニ」
「悪い…」
そう言うと、アイクの身体が再び纏うオーラを変え始め た。しかしそれは、<身体能力強化>によるものではなく、
「もう抑えていられない」
「抑えてられない?」
「アイツが…僕が出てくる」
そう言いながらよろけるアイク
「早く、逃げろ!」
「?逃げろ?それはどういう」
それは、アイク自身にも抑えられない
「もう一人の俺が出てくる!」
内に秘めた怪物の目覚め
叫んだ瞬間、アイクはガクッと首を項垂れた
「一体なにが、」
そうダイアがつぶやいた、次の瞬間には
「はぁ…まったく、俺はなにをやっているんだ。僕が捨てた甘さとはいえ、さすがにひどい」
「…だ、誰」
ダイアが思わず震えてしまうほど、アイクへの恐怖で身体が震えてしまうほど、
「そういえば名前を名乗っていなかったな。僕の名はアイク。僕こそが、本来の人格だ」
死
そんな言葉が脳裏に常にちらつくような、そんな存在感を目の前のアイクは放っていた
先ほどとはまったく違う、優しさや、慈悲、そんな言葉を一切感じさせない生物が目の前に立っていた
「アナタは、誰」
それは無意識にこぼれた言葉だった。ダイアは、理解していた。アイクが直接言っていたからというのもあるが、それ以上に感覚で理解していた
目の前に立っているアイクは、先ほどまで自分が相手していたアイクではないのだということを
「ダイア」
それは、おもむろに口を開いた
「僕は君の能力を高く評価している」
それに対しダイアは、
「そう、ありがとう」
いまだかつてないほど、目の前のそれに対して警戒心を高めていた
だから、
「僕たちは仲間を探している。世界を救うための強力な仲間を。それは、強靭な精神と肉体を持ち、人類でも最高峰の攻撃力を持った人材だ。つい最近、僕たちは一人の強力な仲間を手に入れた。だが、僕は正直彼のことを信用していない。彼は心が不安定すぎて何をするか分からない。僕は、信用できる仲間が欲しい」
「な、何を言っているの」
ダイアは初め理解できなかった。アイクが、何を言っているのか理解できなかった
突然のことに理解できなかった。アイクの言おうとしていることが理解できなかった
「君が世界を救うために力を貸してくれるというのなら、僕の仲間になるというのなら。僕はここで、君を殺さない」
ゾクッ
殺さない そう言ってダイアを見据えたアイクの眼に、ダイアは生まれて初めて、本当の恐怖というものを感じた
殺すという行為に、人は何かしらの感情を抱くものだ。たとえば目の前を飛ぶ蚊を殺す際、人は鬱陶しいという思いを抱きながら殺す
たとえ蚊を殺す時でさえそうなのだ
だから、ダイアは理解できなかった
アイクの、ダイアを見つめる眼の冷たさに
そこには、感情というものが一切なかった。ただ、
必要だから殺す
そんな意思しか読み取れなかった
そこには
漆黒の光があった
「これは、僕とアークが始めた物語だ。俺がやりたいと言い出した時は分からなかったが、おそらく、アイツはできる限り平和に世界を救いたかったんだろうな。…なら、僕はなんなんだろうな。あの日、大事な人を失ったあの日に僕は世界から病気をなくすと決めた。世界から、絶望を消し去ると決めた。だから、自分の持っていた余計な感情は全て切り離して、だが、その場合、俺は生きていると言えるのか。僕の意思はそこにあるのだろうか。…まぁ、いい。僕は僕が決めた事のために行動するだけだ」
「うっ…」
ジャリ
大地と木の葉を踏み締める音
「っ!私が、後退りをした、だと」
その音を聞いてダイアは、自分が無意識にアイクから逃げようとしていることに気づいた
無意識に、本能でアイクから逃げようとしている事に気づいた
「それが正解だ。君がさっきまで戦っていたアイツは結局のところ、第一フェーズまでしか扱えない、目標のために何かを犠牲にする事ができない腑抜けだ。だから第一フェーズに到達したばかりの君に簡単に敗北する。…だが、僕は違う。第三フェーズは当然扱えるし、第二フェーズに到達した能力、第一フェーズのさらに先の能力も扱える。君に勝ち目はない」
「そうみたいだね」
なに、コイツは
ダイアは、アイクへの恐怖を胸に抱きながらも、できる限り冷静に、現在の状況について考えていた
コイツの今の目的は、私を仲間にする、もしくは殺す。アッシュを連れて行く。そして、エルフの子供達を連れて行く事。クロスに関しては、コイツがどう考えているのか分からない。
そして、コイツの言ってた能力についてだけど、たぶん本当だろう。明らかに違う。魂の格そのものが違うと伝わってくる。第二フェーズがどういうものか分からないけど、たぶん
「無限すらも無へ×<希望>」
「それが君の選択か」
私じゃ勝てない。それだけはハッキリしてる。でも、
「勝てないから諦めるのは、わたしに死ねと言うのと同じ事だから。敗北するのと敗走するのじゃ意味が違う」
「プライドか。それも、醜いものじゃなくて、自身の生き方を左右するような、自身への縛りにすら等しい高貴なプライド。それに、」
再び全身へと漲らせた眩い光、それは、
「光が僕に魅せてくる。その光は、君の魂の輝き。誰にも屈さないという強い意志。必ず自身が勝利するという根拠のない絶対的な確信」
止まることを知らず、どこまでも膨張していき
「だが、それはどうやら君の身体に強い負荷をかけるようだな」
その分、ダイアは全身に常時多大な負荷を受ける
だが!
「これでいい。むしろ、これがいいんだよ。この重みが私にアナタとの差を教えてくれる。そして、私が勝利に近づいているのも教えてくれる。これこそが、私が生まれた時から持ってる祝福<希望>決して諦めず万物へと立ち向かう私に相応しい能力」
「ちょっと待てよ。祝福だと、その力が。その力が祝福によるものだと?…聞いた事がない、祝福で光を扱えるようにするものなど。無自覚なオーバーロードかと思ったが、まさか本当に、たった今なったというのか、オーバーロードに。もしこれが本当なら、是非とも欲しい。その才能が欲しい」
「アイク、アナタが何者であろうとも私は負けない。アナタに勝利し、アッシュを守り、クロスにかけられた能力を解除する。たとえ、クロスが暴走していようとも、覚醒した私なら」
「止められると。まぁ、オーバーロードのマリカもいるしできるかもな。まぁ、それも僕に勝てたらな話だ。俺に勝ったんだ。見せてやるよ。第一フェーズのさらにその先、能力のさらなる深淵を」
「<誘う夢の世界・深淵領域>=融解する夢と現の境界線世界は夢と成り代わる」
その時、世界は融けだした




