決着
「行くぞ!」
そう宣言すると同時に、アイクはコートの右腕側にあるボタンを外す
ボタンが外れ、コートによって隠されていた右腕があらわになった、そこには
「スロット レディ」
ちょうど注射器を嵌め込むような形の魔道具があった
「さっき<契約>について説明したが、その縛りによる影響や、不便さを減らす方法なんてのはいくらでもある。たとえ、3分という制限時間でさえもな」
そう言いながらアイクはその魔道具へと注射器を嵌め込んだ
すると、注射器内に入っていた魔法薬は注射器ごと即座に消えて無くなった
「…特に変化はないみたいだけど」
「そりゃそうだ。まだ魔法薬の補充をしただけだからな。本番はここから。魔道具を起動してからだ」
そういうとアイクは魔道具へと魔力を込める。するとまず魔道具が光に包まれ、次にアイクの全身が光に包まれる
その時点で
「…変わった」
「そうですね」
ダイアとアッシュはアイクの纏っていた、力の存在感のようなものが格段に跳ね上がったのを肌で感じていた
もはや別人、そう思うほどにアイクからビシビシと伝わってくる圧力が増していた
そして、
「速く全力を出しなよ」
「やっぱり分かるか。そう、これはまだ起動段階、ようはただの<身体能力強化>と大差ない」
アイクがまだ全力でないことも感じていた
「ダイアさん…」
「うん、思ったよりも手強そうだね。たぶんだけど、今の時点で私とほぼ同格。ギリギリ私が上ぐらいだね」
「英雄級程度だったらこれだけでも十分なんだがな。とはいえ、所詮は人間。いくらオーバーロードの中で一番弱いとは言え、俺に勝つことはできないと思った方がいいぜ」
「…これは」
「分かってる」
これは…倒すじゃなくて
「モード・パワー 発動!」
そうアイクが言った瞬間、アイクを包む半透明の光は灼熱を彷彿させる紅蓮へと変わった
これは、耐える戦いだ。アイクの強化が切れるまでを
「俺から行くぞ!」
戦いのゴングは、アイクの手によって鳴らされた
アイクの考え方は至ってシンプル、1対2のこの状況、まずどうするべきか
これは、誰にでもわかる事だろう
「!想像よりも速い!アッシュちゃん!」
「分かってます!」
1対1の状況を作り出す。そのために、まず弱い方から潰す。必然的にアッシュから
アイクはダイアがカバーに入るよりも速くアッシュの元へと辿り着くと、そのまま拳を大きく振りかぶった
それを見て、
!隙だらけだ。この人、確かに身体能力がとてつもなく強化されて、正直私じゃ足手纏いになると思ってたけど、これなら
アッシュは短剣に魔力を込め、アイクの拳が通るであろう軌道上、自らの顔の正面に短剣を構えた
アイクの攻撃に対してカウンターを決めようと、そう考え自らの顔の前に短剣を構えた
それが
「アッシュちゃん!それじゃダメ!」
間違った考えだとは気付かずに
アッシュは頭の中に、アイクと対峙する上でとても大事な考えが足りていなかった
それは
「!まさか!」
アイクは人間ではあるが、もはや人間ではないという事
アイクが不死身で、だが痛みは普通の人間と同じように感じる事ができて、その上で、痛みすらも容易く乗り越える人物であるという認識が
アッシュがその事に気づいた時点でもう遅すぎた
アイクの拳は、短剣によって骨ごと真ん中から二つへと切り裂かれ、その上で一切の躊躇いなく、寧ろ加速させてアッシュの顔面をぶち抜いた
「アッシュちゃん!」
アイクの拳を正面から受けたアッシュは、拳と変わらぬ速度で後ろへと吹き飛び
「…殴った感覚がないな」
数メートル程先でフワリと地面に着地した
「今の動き、見るのは初めてだが書物で読んだ事があるぞ。本来の用途とは少し違うようだが、確か、鍛治国家サラマンディノザウルス、その中でもごく少数の忍びと呼ばれる部族が相手との距離を一瞬で詰めるために使う特殊な走行術「瞬歩」。それを俺の拳を回避するために後ろ向きに使った。だが、あれは正面にしか移動できなかったはずだ」
「独自に研究して、足りない部分は身体能力でゴリ押しました」
「なるほど、これはクロスの記憶とは少し違うな。お前たちの中で1番まともに見えたがしっかり脳筋か」
「なっ、私は脳筋じゃないですよ」
「だが、」
アイクの言葉へ反論するかのように、足を踏み出して近づこうとしたアッシュは
「…えっ?」
踏み出した足の方からバランスが崩したかのように地面へと倒れた
すぐさま立ちあがるため身体を動かそうとするも
「なっ、なんで、身体に力が入らない」
身体はうまく動かず、ただ、地面でバタバタしていることしかできない
「身体の自由を奪う能力?」
「俺がオーバーロードだからって何でもかんでも能力と結びつけんな。これは、俺が磨いた技術の一つだ。言ってなかったが、俺はいわゆる医師というやつでな、人体の構造にはこの世の誰よりも詳しい自負がある。たとえば、どこを攻撃すれば身体の感覚を狂わせる事ができるとかな。本当に少しだけ、手が触れただけでも俺にとっては十分だ」
「なるほど、それは」
厄介だね。身体能力の時点で若干負けてるのに、1発でも攻撃を喰らうのはNGなんて
でもやっぱり
「優しいんだね。私たちを乗り越えるっていう割には、身体の自由を奪うだけなんて」
「…俺は性格的に向いてないんだよ。戦うのは。アイツらだったら何も思わないんだろうが、俺は争うのが好きじゃない。アッシュにほとんどダメージが入ってないとはいえ、女の子を殴るのも実はかなり落ち込んでる。だが、これは俺がやらなくてはいけない事だ…もう時間稼ぎはいいか?」
「バレてたか」
そう言いながらダイアはちらっとアッシュを見る
アッシュちゃんが復活するまであとどれくらい?外傷はないから感覚が元に戻ればすぐに戦えるだろうけど
いや、アッシュちゃんが復活してくる可能性を考えるのはやめよう
「さて、俺の手が掠ったとはいえアッシュは俺の動きについてきていたな。それも、普通の人間だったら致命傷になるようなカウンターまで用意して。ダイアは、どこまで反応できるんだ?」
「さあ?あなたが使っている強化のベクトルを力から速さに変えてみれば分かるんじゃない?」
「あら、俺の魔道具の効果までしっかりバレてら」
「まあね」
コイツの魔道具による強化。今の一瞬で大体分かった。まず持続時間だけど、それは3分で間違いない。ただし、
注射器に入っていた魔法薬のそれぞれが3分ずつ
という意味で
そして、魔法薬にはそれぞれ異なる効果があり、力、速さ、もう一つはおそらく防御とかそのあたりだろう
分りやすいことに魔法薬を使うと、魔法薬の色と同じ色の光に身体が包まれる
そして、たぶんだけど
「モード・ウィンド 発動!」
そうアイクが叫んだ瞬間、アイクの身体は鮮やかな緑に包まれ、そして、
「…翼?」
「せ〜かい」
背中に半透明な緑の光で鳥の翼のようなものが形成されていた
「俺は今から風になる。お前についてくる事ができるか、ダイア」
そう言った瞬間、
「っ!消えた!」
アイクはダイアの目の前から忽然と姿を消した。いや、正確に言うなら
「超高速…それも私の動体視力でさえ追う事ができないほどの」
「さすがだな」
肉眼で捉える事ができないほどの速度でアイクは移動していた。それは、クロス達の中で最も身体能力が高いダイアでも捉える事ができないほどの超高速
例え勇者でさえもその事に気づく事ができないだろう。ダイアがその事に気付けたのは
「凄まじい判断速度だな。普通強い人間ほど自らの能力に自信を持ち、自らの能力の不足を考えなくなるものだが、まさか見えなくなった直後に目を閉じるとは思わなかったぞ」
目を閉じ、周囲の気配を探ることだけに意識を集中していたからだ
ダイアはアイクが見えなくなった次の瞬間には目を閉じていた。それは、
「自分の能力を信じるのはいいけど、客観視できないのならそれは愚かとしか言えない」
己の能力の限界を正確に理解しているからであり、また、アイクの能力の輪郭を正確に捉え始めていたからだ
ダイアは考えた
私の目で捉える事ができないってことは魔法?いや、それだったら魔力の起こりを私が感じるはず。実際、魔道具を使った時は魔力の起こりを感知できた。この人は、正直で誠実な人だ。能力を全部見せてないというのはあるけど、あえて弱く見せるようなことはしない。それは、この人の心が許さないと思う。この人はそういう人だ。だから、魔法は使ってないという事になる。
ならなぜ私はこの人を見つける事ができない。オーバーロードの能力?…いや、これは考え方の前提が間違っている
この人は初めに言っていたじゃないか
<身体能力強化>で倒すと つまりこれは、移動速度が私の視認速度を超えた。そう考えられる。
なら、肉眼で捉えられないのなら気配で居場所を捉えればいい。気配に集中するなら視覚はむしろ邪魔になる
そんな膨大な思考を、一瞬の間に、ほとんど感覚だけで構築していた
だが
「本当にすごい。クロスがお前のことを気にいる理由もよく分かる。…だけど、決定的に、致命的に足りないものがある、それは」
次の瞬間、
「お前が俺の気配に追いつけているのか、と言うことだ」
アイクは、紅、藍、翡翠、それぞれの色を身体に纏った上でダイアの目の前、剣の間合いよりもずっと近い懐の中へと現れた
「なっ、三つのモードの同時使用」
「さすがだ。これまで予測できてたか、だけど、これでチェックメイトだ」
アイクの手は無慈悲に、ダイアの身体へ触れようと迫る。それは、ダイアが逃げようと身体に力を込めるより速く到達するだろう
それをダイアは
なに、コレ
止まったかのようにゆっくりと流れる時の中で眺めていた
次の瞬間、アイクの手はダイアの身体に到達し、
「!バカな!」
空を突き刺した
アイクの手は貫くべき目標を失い、勢いのまま前へと傾くアイクの身体は
「なるほどね。これが、クロスの見てる世界、オーバーロードの世界なんだね。そして、これが私の能力なんだ」
バラバラの肉片へと切り刻まれて大地へと降り注いだ
「この土壇場で目覚めたと言うのか、新しい能力に目覚めたというのか、」
驚愕、とでも言うべき表情で、首から上だけ残ったアイクはダイアを見ていた
「さすが私!天才だ私!また私は、一つ壁を乗り越えた!」
「オーバーロードが能力覚醒時に起こる意識の高揚も起こっている。まさか、本当に…だが!ダイア、お前はこれで俺の能力の影響を受けることになった!悪いとは思うが、使わさせてもらうぞ」
「悪いとは思うが、って言うところが、アナタ優しいよね」
「<誘う夢の世界>世界は夢へと至る!」
「…何秒ぶり?」
「なっ!効いてない?だと、いや、確かに発動した。完全にオーバーロードになったお前に発動した」
「なら答えはもう分かるんじゃない?私は夢の世界で再び私を殺した。魂ごとね」
「そんな事が、自らの魂すら攻撃できる能力なんて、そんなのがあるのか」
「アナタは敵ではあるけど、良い人だし、それに私の能力を初めて喰らった記念すべき人だから特別にこの能力の名前を教えてあげる。流れる時の中で考えたんだ」
そう言うと、ダイアはその場でクルリと一回転し、ポーズをとりながら大声で叫んだ
「<無限すらも無へ>全ては零へと至る。さぁ、決着はついた。勝ったのは私だ!」




