黒き光たち
「先生!起きてください、先生!」
「…耳元で叫ぶな。俺はとっくに起きている」
「ほら、そろそろ子供たちが起きますよ」
「分かってる」
…久しぶりに昔のことを夢で思い出したな。もう十五年以上も前の話になるのか。キメラ病の感染が収束してから
「さて、私は朝食の準備をしてきます。今日はパンとマーガリン、それと野菜のスープがいいですかね」
「つまりはいつもどおりだろ。俺は」
「いつもどおり散歩でもしてきてください」
「すぅ、はぁぁ」
ずいぶんと寒くなったもんだ。道行く人も厚着をし、寒そうに身体を震わせいる
俺はこの季節が好きだ。嫌な人の方が多いかもしれないが、俺にはこの身も心も凍てつかせるような冷たさが心地いい
冷気が俺の胸の中にすっと流れ込んできて心を軽くしてくれる
身体を突き抜ける冷気が俺の頭と体を起こしてくれる
青々としていた木々が姿を変え、所々赤色を含んでいるのも趣があっていい。毎日見ている景色ではあるが、ちょっとした変化を見るとわずかにだが心が躍る
やはり散歩はいいものだ
そう考えながら歩いていると
「よぉ、今日も朝から散歩か?」
突然背後から声を掛けられる
しかし、俺はその声に振り替えるようなことはしない。俺が背後に来られても気づくことができない人間なんて一人しか知らないからだ。それに、この声は大変聞きなれている
「久しぶりだな、アーク。一か月ぐらいか?お前が俺の前に顔を出さなかったのは」
「なんだよ、驚くかと思ったのに」
こいつはアーク・ドッペル・ディボアホープ。一応俺の知り合いということに
「親友な」
親友ということになるらしい
「それでなんのようだ」
「おいおい、用事がなきゃ会いに来ちゃいけないのかよ」
「お前が俺に会いに来るときはだいたいめんどくさいことを押し付けてくる時だ。俺は嫌だぞ」
「要件聞く前から断んなよ。まぁ話を聞けって大先生。これは世界の存亡のために必要なことなんだ」
「大先生はやめろ。今の俺はただの孤児院の院長だ」
「なに言ってんだ。国が崩壊する危機にまで陥ったキメラ病を単独で解決したお前を、大先生って呼ばなかったら誰を大先生って呼べばいいんだよ。それに、孤児院の院長以外にもあるだろ、立派な役職が」
「はぁ…それで、今回はどっちなんだ?医師として、それとも」
「しばらくエルフの子供たちを預かっててくれ」
「なに?」
エルフの子供たちだと
「お前、前に言っていた計画はもうその段階にまで進んでいたのか?」
「いや、まだ足りないもんがいくつもある。だが、エルフの子供を大量に手に入れるチャンスが今ちょうど来ててな。エルフの子供たちを誘拐する計画を実行するなら今しかない」
「それで、計画の全容を知っている俺にその生贄たちを預かれって言うのか?」
「悪いとは思う。お前が誰よりも人の死を悲しみ、犠牲というものを心から嫌っているのも知っている。ただ、犠牲がどうのこうの言ってられるほどこの世界は平和なわけじゃない。それに、アイク以外に適任者がいない」
「愛と希望の伝道者が聞いてあきれる。お前が一番世界に対して絶望しているなんてな」
「それは今も昔も変わらねぇよ。世界には絶望が満ちている。だから、偽りでもいいから愛と希望を声を大にして叫ばなきゃだめなんだ」
「そうだったな。そんなお前だから俺はお前に惹かれた。いいだろう。エルフの子供たちは俺が預かろう。孤児院に金は腐るほどあるから俺がいなくてもどうにかなるしな」
「お前孤児院にいたって大して仕事してないだろ。たまに来る高位の冒険者や貴族のケガを治すぐらいで」
「それで、俺はどこに向かえばいい?」
「精霊国家エルフーン。今回の任務に必要な情報は全部これに載ってる」
そういいながら、数枚の紙を手渡してくる
「…俺の任務はエルフの子供たちのメンタル、ヘルスケア、それと逃亡の監視、それに輸送する際の護衛。あとは、他国の冒険者たちの妨害か。殺しはしないのか」
「他国であろうと冒険者は絶望に立ち向かうための戦力になる可能性がある。それを摘み取るわけにはいかない」
「エルフの子供たちも同様だとは思うが」
「世界にまだ時間の猶予があったらこんなことしなくてもいいんだけどな」
「殺さずに追い返すとなると難易度が跳ね上がるぞ」
「それに関しては問題ない。向こう側に仲間がいる。奴なら上手くやってくれるだろう。それに、今渡した資料には記載してないが、それよりも大きな問題がある」
「大きな問題、なんだ」
「俺たち以外のオーバーロードがこっちに向かってきている」
「なに!オーバーロードか、それは厄介だな。敵にオーバーロードがいるのか」
「そうだ、それも複数な。まだ敵だとは決まってないが、二、いや三人か?は精霊国家エルフーンの中心、もう一人は俺の方に向かって真っすぐに向かってきている」
一人が真っすぐに向かってきている、ね。アークが自分でやらないのはおそらくソイツがアークからしても直接相手をしなければならないほどの何かを持ってるんだろう
「…いまいちわかりづらいが、とにかく俺の向かう方には複数人のオーバーロードがいるってことで間違いないんだな」
「ああ」
「そうか、それは」
俺以外の適任者はいないな
「そっちは俺に任せろ。ただ、最悪エルフの国民を虐殺することになっても後で文句言うなよ」
「言わねぇよ。それに、もしそうなったとしても、あとで元通りにすればいい」
「それもそうだな」
「よっしゃ、そんじゃ俺は先に行くぜ。やるべきことがたくさんあるんでな」
「そうか、気をつけろよ。お前は俺たちの大事な教祖様なんだからな」
「分かってる。人前じゃボロはださねぇよ」
「そういう意味ではないんだが」
「お前こそ気をつけろよ。万が一にも負けるとは考えられないが、それでも」
「大丈夫だ。相手がオーバーロードなら万が一だろうと負けることはありえない」
「おかえりなさい。アイクさん!今日はいつもよりも遅かったですね」
俺が孤児院の中に入ると、玄関には俺と一緒に孤児院の管理をしている女、メディナが立っていた
「俺が帰ってくるのを待っていたのか」
「待っていたのは私だけじゃありませんよ。はら、みんな待ってますよ」
そう言われていつも食事をとっている場所に向かうと
「あ!院長帰ってきた!」
「院長おかえりー!」
「「「おかえりー!」」」
孤児院の子供たちが元気よく出迎えてくれる
「みんな、僕が帰ってくるのを待っていたんですか?せっかくのスープが冷めてしまったでしょうに」
「みんなアイクさんと一緒に食べたかったんですって。ねぇ、みんな?」
「「「うん!」」」
メディナの言葉に、子供たちは大きな声で返事をする
「まったく、困った子たちですね。ほら、みなさん席についてください。これでは僕が席につけませんよ」
「院長が席まで運んで~」
「甘えないでください。みんな健康体なんですから、自分の足で席につくように」
「「「ええ~」」
今日見たあの夢は、もしかしたら暗示なのかもしれない。なにもできなければ、また大切なものを失うぞ、という
あれからずいぶんと時が経ったというのに、あの日のことを思い出すといまだに胸が痛む
もう、二度とあんな思いはしない。この子たちと、そして、メディナの未来を護るために
奪わせてもらう。エルフの子供たちの未来を
僕の手で




