天国へのカウントダウン
「キャァァアアア!」
水の都 ウィンディーネ では今、大きな悲鳴が上がっていた
「クソッ!どういうことだ!どうして治らない!」
人々は今、迫り来る殺戮から逃走していた
大地には血肉が降り注ぎ、恐ろしい速度で人が次々に殺されていく
悲鳴の中心、人々が逃げてきた方向にいたのは
「何人材料にしても治らない、なんでだ」
アークだった
片腕でアイクを抱えたまま歩くアークは、人間を視界に捉えた瞬間には、即座にミンチへと変え、その肉をアイクの身体を治すのに使っていた
だが
「アイクの傷が直らない。別に治す必要はないんだ。ただ肉体を保管できればいいんだ。オーバーロードは肉体が滅んだだけでは死なないはずなんだ。蘇るはずなんだ!」
ウィンディーネに到着してすぐ、アークはアイクの異変に気づいた
「待ってろアイク、今、身体を直すからな」
「…」
「幸い材料ならそこら辺にいくらでもいる。俺が何も言わなくとも、ほら、やってきたぞ」
アークがそう言うとほぼ同時に
「あの、そちらのかた、体調が悪そうですけど大丈夫ですか?」
若い女が2人に声をかけてきた
「ちょうどよかった。困ってたんだ」
「私になにかできることは」
「いや、もう十分だ」
そう言いながらアークがその女に触れると、女は破裂した
「………」
死んだ 体調が悪そうな男たちに声をかけた心優しい女が今、ミニトマトみたいにピチャッと弾けて死んだ
その事実に周囲の人々は反応することができなかった
別に初めて人の死を見て理解できていないというわけではない、魔物や冒険者のいざこざで人が死ぬなんてのはしょっちゅうあることだ
人の死には慣れている
だが、それでも、突然起きた普通ではありえない死に人々は戸惑うことしかできなかった
そして、反応が遅れた
彼らは逃げようと判断するのが遅すぎた
「…おかしい、直らないだと…なら、<融解する夢と現の境界>これで俺の攻撃はどんな距離でも当たるな」
あとはもう、察する通りだ
アークは能力の効果範囲内にいる全ての人間を、アイクを治療するためだけに虐殺した
そこに、一切の迷いはない
「クロスの考えた計画は素晴らしい。これならいくら人を殺したとしても心は痛まない。彼らは皆天国へ行ったのだからな 問題は、なぜアイクの身体を直さないかだ。なんで、身体を保管した側から崩れ去っていくんだ!」
この異常事態の原因を探るため一度立ち止まり、アイクの身体を調べたアークは
「ッ! いて、なんだ…!これは!」
すぐに原因を見つけることができた
「ダイアの無限の希望エネルギー クロスの闇で相殺できなかったのか?…いや!違うこれは!」
ほんのわずかな、本当にわずかな変化
普通なら気づくことすらできない変化にアークは気づくことができた
「嘘だろ? 希望のエネルギーが大きくなってるだと?…そういうことか、クロスの闇は完全に相殺してはいた。そのうえで、ダイアの希望エネルギーが増加していた。…事実への干渉か クロスの懸念はそこだったのか まずい、と言うことはアイクはもう」
助からない
いや!今ならまだ間に合う
アークは
「アイク お前は生きろ。…最悪の運命に巻き込んですまなかったな。親友として、お前にいずれ幸福が訪れることを心から願ってる」
心を決めた
「俺の持ってる全部を持っていけ。俺の能力、記憶、その全てを その代わり俺は、お前の死をもらっていくぞ」
今までありがとう アイク そして、
「さよなら <|幸せになれよ>」
…馬鹿野郎。〇〇がいなくなってどうすんだ…馬鹿野郎
アークは完全に消滅した。この世界から完全に消滅した。最初からどこにも存在しなかった
それが、真実なのだ
なのに
「ありがとう クソッ、無くなったと思ってたのに、涙が止まらない」
アイクは、アークがいたという事実を忘れないでいた
「そうか、そんな事があったのか」
「…」
水の都 ウィンディーネに到着したクロスたちが見たのは、全ての人間を殺し終えたうえで、涙を流し続けるアイクの姿だった
「故郷がこうなって悲しいのか?」
「…どうだろうな 俺は、この街が好きだったわけではない が、」
「?」
「他の人間たちにも同じ想いをさせるのかと思うと、心が痛むな」
「まぁ、な」
この虐殺を、この世界にあるすべての街で一切の例外なく行わなければならない
そうしなければ絶望を消し去ることができない
「クロス、例のものだ」
これから先、自分が行うことの途方もなさに想いを馳せていると アイクがとあるものを投げ渡してきた
それは
「大精霊石 やはりここにあったか そうだよな 前にここに来た時水の力がやけに強いと思ったんだよな」
水の大精霊 ウィンディーネの力が込められた大精霊石
「これでいいんだろ?お前が力を取り戻すために必要なのは」
「あぁ、合ってるよ」
光の三大至宝 それらは俺の力によって生み出された神器だ
俺の手元を離れ完全に分離しているが、もともとは俺の力を物質化したことで産まれたものだ
そして、この大精霊石 これらは俺の力で産み出した精霊神が勝手に分化して産み出したものだ
俺が本来の力を取り戻すためにすべて回収する必要がある
クロスが大精霊石に少し力を込めると、大精霊石は即座に粒子となりクロスの身体の中に取り込まれた
…これで2個目 そして、やっぱり俺は世界の歴史に封印をしてたみたいだな
俺が力を取り戻さない限り世界に対して歴史を封印し続ける縛り
…やっぱり、俺の仮説は間違ってなかった
悪魔は、俺だったんだ
今ならアイツを強く感じる 俺が来るのを待ってるアイツの姿が目に見える
「行こう 次の街へ それと、これを」
そう言いながらクロスはアイクとアレンにクリスタルのついた首輪を渡した
「これは?」
「俺の魔力を完全に使用不可にする代わりに距離無制限で意思の疎通がとれるものだ。アレンのには追加で揺籠の効果も持たせた これで俺とアイクが近くにいなくても殺した人間の魂の保管ができる」
<虚世界・天国 幸福な世界> 通称 揺籠
これは、殺したすべての生物の魂を輪廻に変換することなく現世へと留め続ける檻だ
捉えられた魂はこの揺籠の中で永遠に幸せな夢を見続ける
肉体が完全に滅びたあとでも魂は保管される
決して死ぬことはない
擬似的な不老不死、その状態で発動している限り未来永劫幸福であり続ける夢の世界、だが、これは本来
「転生不可の呪いを利用したのか。死者の魂を冒涜し現世へと留め続ける呪いを祝福として利用するのか。そして、その呪いの根源は あの場所」
あの場所 そう言ってアレンが視線を向けた先、そこにはもはや瓦礫しか残っていないが、クロスもアレンも確かに覚えている
そこには
「犯罪者更生施設 そこで永劫の苦痛を味わい続ける不死の呪いの集合体 お前の最悪の奇跡を、俺が解いた 戒めは呪いではなく祝福として ただ、同時に奴らの魂は解放された 奴らも天国に行くことになるが」
「かまわん それぐらい気にしない」
俺の考えている世界救済の計画は
まず初めに、この世界に存在するすべての生物を殲滅する
そうする事ですべての生物は幸福な夢を見続け、生物が産み出す絶望のエネルギーは限りなく0に近づく
これにより、魔死領域の中心にいる絶望の悪魔への力の流出を防ぐ
並列して、この世界に存在する光の三大至宝を回収して、俺の力として再吸収する
ここまでが第一段階
一般に知られてないことだが、例え魔死領域の全ての魔物を倒す実力があったとしても、絶望の悪魔へとたどり着くことはできない
絶望の悪魔へと至る領域 その直前には 絶望の途切れ目 希望の木漏れ日 と呼ばれる場所がある
魔死領域の魔物が一切存在しない、完全に安全な場所 そこには、絶望を遮断する強力な結界が存在する
今この世界に絶望が蔓延していないのはひとえに、その結界が存在しているおかげだと言えるだろう
そんな結界を俺たちは、 破壊する
あの結界は希望のエネルギーによって形成されている
そしてその力の根源は、人々の希望 世界に満ちる光だ
俺たちが触れれば即座に消滅してしまうだろう
絶望の悪魔を弱体化させるために希望を産み出せば、その希望が絶望の悪魔を外敵から守る よく考えたものだ
だが、その結界は、鍵さえあれば破壊することができる
それは 俺が過去に産み出した神器 <世界を照らす希望の光><世界を覆う絶望の闇>そして、<解放鍵> この3つの神器を完全に融合させ一つの神器として再錬成することで成る
前者の2つはもうすでに俺の手の中にある <世界を照らす希望の光>は完全にダイアのものになっていたから、俺の持っている<光すら覆う絶望の闇>を再反転させることで、同一のものとして扱う
大事なのは光を放出する効果と、闇を放出する効果 この2つを<解放鍵>に持たせること そして、
「アイク <解放鍵>は手に入ったのか?」
最後の1ピース <解放鍵>だが これは勇者教が代々神器として扱ってきた<乙女の剣>のことをさす
<乙女の剣>は光に選ばれた勇者が所有することで真の価値を発揮し、邪悪な魔物を撃ち倒すと言い伝えられているが、それは正確には正しくない
<解放剣>は、万物に対して施されている封印を解除し、所有者の内なる力を開放し、万物を切り裂くというものだ
ようは、アレンの持った能力をそのまま具現化したもの
結界自体が光を持っており闇の放出が必要、結界を引き裂くのに解放鍵の能力が必要、そして今まで封印されていた闇を振り払うのに光が必要
この3つを揃えることが最低条件なのだ
だが、
「すまん、逃げられた」
「逃げられた?」
どうやらアイクはそれを入手してないようだ
というか、
「逃げられたってどういうことだ?」
「そもそもクロスは、解放鍵がどんなものか分かってるのか?」
「は?分かってるつもりだが、」
「僕が言っているのは単に能力や性質の話じゃない。見た目や場所は?」
「…分からん。ただ、勇者教が所有しているとしか」
「この街より南西方向 その方角には灼熱国家 ヘパイストス がある」
「そこにあるのか?」
「方角的にはそっちのはずだ。<私はあなたあなたは私>の効果で勇者教の最重要人物 聖女 を捕捉してある。勇者教に所属している団体がその方角へと向かったことを感じる。ただ、少し気がかりなことがあってな」
「一つは、勇者教の誰1人として、完璧に捕捉することができないことだ。レゾン・デートルは完全に他者と同一化することで、記憶の全てを共有する。それなのに、記憶が共有されないばかりか位置もなんとなくでしか分からない」
ん、確かに 変だな
「それに、奴らが移動を始めたのは大体2週間前なんだが、なんでそのタイミングで移動を開始したのか。クロス、これは何かあるぞ」
「だが行くしかない。とりあえずは<私はあなたあなたは私>で灼熱国家ヘパイストスに向かうぞ」
「…クロス。お前たちは先に行っててくれ。俺は後から向かう」
「?なんでだ?アレン」
「ちょっと心配ごとがあってな」
「そうか 分かった んじゃまた後でな」
クロスたちが消えた後、残されたアレンは
「さて、一度戻るか。帝国に なにか、いやな予感がする」
1人、帝国へと向かった
一応 聖女編には入ります