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ショートショート11月~2回目

大きな字

作者: たかさば

「すみません、それではこちらにご記名をお願いします。」

「はい、はい。」


 ケアマネさんに差し出された依頼書に、住所と氏名をボールペンで記入してゆく。

 書きなれた自分の住所氏名…相変わらずの、くせのある勢いのある文字。

 サクサクかきあげて、サクッとスマートに目の前の上品で穏やかな女性に差し出す。


「はい、ありがとうございます…ふふ、すごい、おおきくて元気のある字ですね!」

「あはは、見やすくていいでしょう?私枠いっぱいに書くのくせなんですよね!!」


 私は、自分の名前を大きく書くタイプだ。それも、かなり。

 下線のみの場所は多少大きく記載してあるかなレベルの大きさで済むのだが、大きな枠線で囲まれていたりすると…キッチリ枠内全部の空間を埋めるように、名前を書いてしまうのである。


 私は、子供の頃から字がへたくそで、それはそれは肩身の狭い思いをしてきた。

 おかしな鉛筆の持ち方をしているからか妙な文字のくせがあって、誰もがこれはお前の字だろうと断定できてしまうくらいに個性的な文字を書いていた。

 書道であればそれなりにごく普通の奇麗な文字が書けるのだが、如何せん鉛筆やボールペンを握るとなんじゃこれ文字になってしまうのだ。


 書いても書いてもへたくそな文字だと笑われ、どんどん自信がなくなって小さな文字を書くようになり、余計見辛くなってさらに囃し立てられる、そんな負のスパイラルに巻き込まれたまま育った私であったが、高校二年になった頃、転機が訪れた。


「あーちゃんってさあ、なんで書道はウマいのに硬筆はへたくそなの?」


 文化祭の出店として和風茶屋をやることになり、お品書きを私が書くことになったのだな。

 保育園の頃から書道をやっていた私は、それなりに段位を持っていてボチボチ見目麗しい文字を書することができたのだ。


「だって筆じゃないもん。鉛筆じゃ止めも払いも意味ないっていうか…なんか小さいところに書くのが好きじゃないみたいな?」

「何それ!あたしなんか場所狭くてもめっちゃ大きく文字書くし、鉛筆だろうがボールペンだろうがチョー払うけど!」


 高校二年のクラスメイトだったハマちゃんは、信じられないくらい豪快な文字を書く人だった。


 鉛筆だろうがシャーペンだろうが、カラーペンだろうが、ボールペンだろうが、全部キッチリと止め払い跳ねをきっちりとつけ、枠線ギリギリ、たまにはみ出すくらいの勢いで文字を書いていたのである。


 その文字は非常に生き生きしていて、なんというのか…自信に満ちあふれていた。

 テストの解答はおもいっきり間違っていたが、確かに自信を持って己の知る答えを記したという誇らしげな肖像が答案用紙には溢れていた。

 点数こそ38点だったが、明らかに私の87点の答案よりも堂々としていた。


 かなり…目からうろこだった。


 ハマちゃんの文字は、勢いも元気もあるが、決して美しい文字ではなかった。

 けれど、見る者を魅了し、引きつけるモノがしっかりとあったのだ。

 私の書く文字とは真逆の位置にある、くせの強い文字だった。


「なんかさあ!隙間あいてるともったいなくない?全部埋めてやるぜみたいな意気込みがないと人ってのはダメだね!」

「うーん、確かに、そうかも……?」


 力強いハマちゃんの発言を受けて、私は文字を大きく書くよう努め始めたんだな、この時。


 おかしなもので、文字を大きく書くようになったらずいぶんといろいろと変わっていった。

 書は人なり、文字は人となり……、あれはたしか人物ありきの文字の美しさ、不格好さを指す言葉だったように思うが、いやいやいやいや…大きな文字を書くことで、私の心も大きくなっていったのだ。


 小さく纏まりがちだった考えがどんどん外側に大きくなっていくような、錯覚?

 醜く歪んだ線を極力最小限に抑えようと小ぢんまり記していた己の感情が、拡散していく感じ?

 どうせへたくそなんだから伸ばしても仕方ないと止めていた線が跳ねて、画面いっぱいに両手を大きく広げた気持ち良さ?


 枠いっぱいに自分の名前を書いてみたら、私は私なんだよと、誇れたように感じたのだ。

 枠をはみ出して文字を書き込んだら、狭い場所に閉じ込められる事のない、自由を感じたのだ。


 自信のない時も、逃げ出したい時も、追い詰められた時も、文字だけは大きく力強く書いてきた。


 間違ったことをしているかもしれないという不安を、力強い文字を書いて薄くした。

 迷いを断ち切る時はいつだって、大きな文字で自分の選択を再確認した。


 大きな文字で書かれた、勢いのある、堂々とした、自分の名前。


 署名なんて大したことないと適当に書く人も多いけど、私はキッチリと自分の気持ちを込めて、一文字一文字大きく力強くのびのびと書かせてもらっているのだ。

 見よ、これが私だ、私はここに存在していて、己の名前を誇りこの手でそれをしっかと記したのだ!!ってね……。


「あああ、ごめんなさい、ここはお父様のお名前を!!」

「へっ?!うわあすみません!!!か、書き直します!!!」


 ……まあ、自信に満ちあふれた文字を書いてはおりますが、へっぽこのやらかしがちである部分ってのは、それだけじゃカバーができないという情けない現実がですね。


 ああ、名前を書くことに熱中してしまって利用者の名前の所まで自分の名前を書いてしまった。

 相変わらずのガサツゆえの見落としカン違いっぷりに、涙がでそうなんですけど……。

 くう、自信満々に記入済みの紙を差し出した三秒前の自分、自分っ……!!


「ええと、こことここはお父様のお名前で、こちらにご自分のお名前と住所をお願いしますね。」

「は、はひ……。」


 私は新しくもらったまっさらな契約書に、自分の名前その他もろもろを…やや控えめに、書き直したのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 私も、字があんまり綺麗じゃないんですよねー。手で書かないといけない書類は、ほんと困ります。 でもまぁ、力強く、大きくですね。はい。
[良い点] ほのぼの〜。心はでかい文字とともに [気になる点] 目からうロこですね。と言いながら小学生のときやったことある。 [一言] 感情のゆらぎ、お見事です
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