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地下の留まり木  作者: 石筍
8/10

仲良し?

 三月の終わり。いつものように成実が実家へ向かったしばらく後、聡の家の呼び鈴が鳴らされた。聡はそれを聞くと起き上がってリビングから玄関へ向かい、扉を開ける。

「こんにちは」

「よう、貴志。上がれよ」

「お邪魔します」

聡は貴志を家に上げると、彼にお茶とお菓子を用意した。貴志は昨年の六月以降毎月聡の家にやってきて、特に何をするわけでもなく聡と雑談などをして過ごしている。

「ところで、今日は俺の方から話があるんだが」

「へぇ、なんでしょう?」

「貴志は今度から大学の新四回生なんだよな」

「そうですよ?」

「大学の四回生って忙しそうだろ?」

「藤山さんも大学に行ってたんじゃないんですか?」

「忙しがるほど真面目に通ってたと思うか?」

「…かもしれませんね」

「それで、貴志の進級祝いと保養を兼ねて、三人でどっかの温泉にでも一泊しに出かける気はねぇかなって」

「本心は何ですか?」

「別に、これも本心ではあるんだが。別の理由を挙げるなら、俺が一人の時は理由なんかなくてもどこかに旅行に出かけたりもしてたんだが、他に誰か誘っていくときは何かしら理由があった方がいいんじゃないかってな」

「まあ、僕は良いですよ。成実も、たまには旅行に出かけるのもいいことでしょうし。ただ、僕が一緒に行くのはいいんですかね?」

「成実ももう普段の生活では特に何も問題ないし、家に戻った時は両親とも普通に接してるみたいだし、そもそも成実と貴志は仲いいんだし、問題ないんじゃねぇかな」

「それならいいです。いつごろの予定ですか?」

「どっかの土日とかでもいいんだけど、五月の連休とかは空いてるか?」

「問題ないです」

「じゃあそれで。後は成実が行くって言ったら日程決めて知らせるよ」

「わかりました。ありがとうございます」

この話が終わると聡と貴志はいつも通り、特に何をするわけでもなく過ごした。やがて貴志が帰って一~二時間たつと成実が帰ってきて、聡は先ほど貴志に話したのと同じことを成実にも話し、三人で出かけることになった。


 五月の初め、成実たち三人で出かける日。聡の家があるマンション前に集まった成実と貴志が、聡が借りてきたレンタカーの後部座席に乗り込むと車が動き始めた。

「貴志さんって聡さんと仲良かったの?」

「時々話したりするぐらいだから、仲がいいっていう程かはわからないけどな」

「貴志さんの事を旅行に誘うってことは、聡さんの方は貴志さんのこと気に入ってるんじゃないかな」

「どうかな」

「多分そうだと思うんだけど。それと、進級おめでとう。貴志さんは大学が終わったら就職するの?」

「…そのつもりだよ」

「就きたい仕事とかもあるの?」

「一応はな」

「…その仕事に就けるといいね。」

「ああ、ありがとな。」

 成実たちが泊まる旅館へは車で二時間ほどの距離で、山と海に挟まれている場所に立地していた。旅館とは言ったが大きいものではなく、どちらかというと民宿にも近いような雰囲気だった。周囲には民家や別の宿などがいくらかはあるが、一見したところ大きな建物やコンビニなどは見られない。ただ、その分環境がきれいで、時間の流れもなだらかに感じられる気がするような場所なので、保養地としてはかなりいい場所と言えるかもしれない。旅館に着いて車から降り、屋内に入って聡が受付でチェックインを済ませると旅館の女将らしき、それなりに年配に見える女性が愛想よくお風呂や食事の時間などの説明をしながら三階の部屋まで案内してくれて、成実たちそれぞれの部屋の鍵を渡してくれた。成実は自分の部屋に入って室内を見回しながら自分の荷物を部屋に下した。部屋の中は和室で、一人で使うには十分な広さがあり、中央の机には急須や茶葉、お湯の入ったポット、お菓子が置かれている。ベランダもついており、そこには木製のイスとテーブルが置かれていて、くつろぎながら周囲の海や山を眺めることができそうだった。ベランダに出て特に何も考えずにしばらく外を眺めていると、旅館から外に出ていく聡の姿が見え、隣のベランダから貴志の声が聞こえてきた。

「藤山さん、どこかに行くんですか?」

「ああ、その辺の散歩だ」

「僕も行って構いませんか?」

「…あの、私も一緒に行っていいですか?」

「おう。じゃあ、二人とも降りて来いよ」

そう言われて成実は室内に戻り、貴重品などの軽い荷物を持って部屋を出ると、同じように部屋から出てきたところの貴志と会い、そのまま一緒に聡のところへ向かった。


 貴志たちは旅館の周辺を三人でぶらついて戻ってきた後それぞれの部屋に戻り、夕食までの間に温泉に入っておくことにした。旅館の近くにあった、小さくて漁船もあまり多くはない漁港では、漁港という言葉の印象とはあまり結びつかないような、海の底や泳いでいる魚がはっきり見えるぐらい澄んだ綺麗な海が見られ、街中ではやたらと人に慣れた野良猫が気ままに歩いていた。お土産屋のような店もあったので、帰る前に覗いていくのもいいかもしれないといったようなことを貴志は思い浮かべながら湯船につかり、やがて風呂から上がり着替えを済ませて部屋に戻った。

 夕食の時間になり、三人で食事の用意される部屋へ行くと、程なくして料理が運び込まれてきた。海産物が中心で、小鉢に山菜などが使われており、味もさることながら全体としての量も想像以上のものだった。夕食を終え、貴志が部屋に戻ると部屋のテーブルが端に寄せられて床に布団が敷かれていた。満腹だったのもあって布団に寝転がり、しばらくそのままくつろいでいると午後八時ごろに部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。起き上がって扉を開けると、扉の前には成実が立っている。

「どうかしたのか?」

「今、時間空いてる? せっかく三人で旅行に来たんだし、特にすることがないんだったら貴志さんと聡さんと一緒に居られないかなって思って」

「…ああ、別にいいよ。ちょっと待ってて」

貴志は一度部屋の中に戻り、携帯などを持ってから部屋の外へ出て、隣の聡の部屋の扉をノックした。少しすると扉が開き、聡が出てくる。

「よう。二人そろってどうしたんだ?」

「せっかく三人で来たのでみんなで一緒に居られないかなって。聡さんの部屋に上がってもいいですか?」

「ああ、別に構わねぇよ」

「ありがとうございます。お邪魔します」

「お邪魔します」

「…それで、三人でなにかするか? つっても今はトランプぐらいしか持ってねぇけどな」

「特に何をするとかは考えてなかったんですけど、でも、トランプいいですね。私、トランプに触るのはかなり久しぶりです。貴志さんはそれでいいかな?」

「俺もトランプは久しぶりだし、そうしようか」

「それじゃ、適当に色々やってくか」

貴志たちはそのあと大富豪、七並べ、神経衰弱など思いついたものを順に遊び、一通り遊んだ後は、何かを一緒にするわけではないが、ただ同じ部屋でそれぞれがくつろいで過ごした。午後十時ごろには聡と成実が眠そうな表情になってきていたのでそのあたりでそれぞれの部屋に戻ることにした。

「藤山さんって夜寝る時間早いんですか?」

「そうだな、今ぐらいの時間だとそろそろ寝てることも多いかもな」

「意外ですね。割と夜でも起きてそうなイメージでしたけど」

「まあ、俺は何かで時間に追われたりすることはないからな。予定に合わせて生活を変えたりしなくていいから、逆に規則正しい生活ではあるかもな」

「そういうものなんでしょうかね。とりあえず、今日はこれでお休みなさい」

「ああ、お休み」

「お休みなさい」


 旅館に来て二日目、朝食を済ませた聡は旅館の前の駐車スペースでしゃがんで目の前のものをぼーっと眺めていた。聡の視線の先には二匹の猫が、人間がすぐ近くでじっと見ていることはお構いなしに、喧嘩しているのかじゃれ合っているのか、互いに飛びかかったり、それを迎え撃ったり、相手に覆いかぶさったりしたりしている。

「何してるんですか、藤山さん」

声を掛けられて意識が引き戻され、そちらに目をやると手荷物を提げた貴志が立っていた

「特に何をしてるってわけでもねぇよ。ただ猫を見てただけだ。貴志はどっかに行くのか?」

「昨日見た土産屋みたいな店に行くところです」

「ふぅん。旅行は楽しんでるか?」

「まあ、そうですね。それに、成実も楽しそうにしてましたし、来てよかったですよ。ありがとうございます」

「それならよかったよ」

「…藤山さんは、これからも成実の味方でいてやってくださいよ」

「今までもこれからも、俺は俺の味方だよ」

「じゃあ、この先も、今まで通り成実の事は大丈夫だろうって思ってていいってことですね」

「貴志がどう思うかなんだったら、俺の意見なんか関係なく貴志が思った通りなんだろ」

「そうですね。それじゃあ、今後も成実のこと、よろしく頼みますよ」

「ああ。」


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