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TPO

 会場の天井に、色とりどりの風船がつっかえて、空調の風にポコポコ揺れていた。

 鳴りまくるクラッカーと、ハッピーバースディの歌に笑い声を上げて、ひと昔前みたいなタワーデコレーションケーキのクリームを指ですくう。クリームに紛れたアラザンをカチリと噛み砕いて、パパってホント趣味が古いんだから、と、ママと笑った。

「そのドレス、とても似合っているわ。すっかり大人っぽくなって」

「ありがとう、ママ。ホントはね、このデザイン、ママが怒ると思ってデザイナーに作らせたの」

 ママはワンショルダーのドレスに微笑んだ。

「ターザンみたいだとは思うわ。でも、昔からある型よ。それよりも、てっきりフリルスカートかと思っていたら、フロントスリットがこんなに深く……ほとんどミニスカート丈じゃないの」

「うふ、誰かが木馬をプレゼントしてくれた時の為よ。またぎやすいでしょ」

 ママは吹き出して、微笑んだ。

「今日は特別よ。お誕生日おめでとう」

 飛び抜けた資産家の娘に生まれ、ぎゅうぎゅう詰めで生きてきたママは、本当は一番の味方なのかもしれない。ギュッと抱き着くと、香水のいい香りと、信じられない程滑らかな肌の感触。女神の様な笑顔に、気軽にキスできる娘の特権に、何千回幸福を感じただろう。

「お友達が待っているの、行くわね、バーイ」

 ママに軽く手を振って、人ごみに紛れた。チラリと振り返ると、ママは既に、来客のジョークの相手で忙しそうにしていた。

 会場がフッと暗くなり、中国から来た一流のピアニストの演奏が始まった。その後は、日本のマジシャンのマジックショーだ。ちょっと見てみたいけれど、人ごみをスルスル泳ぐ。

 おめでとう、おめでとうと、通り過ぎざまに言われては笑顔を返し、引き留められればかわして出入口へ進む。出入り口に辿り着いた頃、大ヒット映画のエンディング曲を歌ったシンガーが登場し、会場が沸いた。

 主役を譲るわ、と、微笑んで、出入り口のドアを潜り抜けた。

 明るい廊下を早足で抜けて、エレベーターへ。丁度良くドアが開いた。

 透明のカプセルみたいなエレベーターはどんどん夜景の中へ降りていく。地上に近づけば近づくほど、輝きは見えなくなってしまうけれど、心臓はどんどん高鳴って、地下2階に到着した瞬間に爆発しそうだった。

 地下駐車場に続く自動ドアへ駆け、薄暗いコンクリートの壁にもたれてしゃがみ込んでいる少年を見つけると、歓声を上げて飛びついた。

 少年の手は震えていた。大丈夫よ、と、その手を両手で包む。

 そして二人で三秒数えた。

 それから急いでバイクに跨ると、二人は地上めがけてアクセルを回した。



 天気は良好。観光日和となった。

 昼間までホテルでダラダラしてから、ディオールはクラウスに連れられて乗り合いバスに乗った。

 クラウスは、昨日のスーツを着ていた。

 流石にジャケットは右肩に引っ掛けて歩く彼に、「Tシャツじゃダメなの?」と聞くと、「レストランに行くからさ」、と返ってきたので納得する。

 目的地の首都マリゴは、静かに賑わっていた。

 七時まで時間が有り余っている二人は、小高い丘にそびえるセントルイス砦へと登った。

 頂きの城塞跡に、赤白青のトリコロールがはためいていている。ただそれだけといったらそれだけの場所だったが、砦跡からの眺めは爽快だった。

 ディオールは華やかな旗のはためきを眺め、大砲の亡骸を撫でながら、カリブ海とマリゴの街を見下ろし両腕を広げた。飛べやしないけれど、そういう気分の時は両腕を広げなければ勿体ない。

「海がとってもきれい。泳ぎたいわ」

「遠くにアンギラ島が霞んでるのが見えるか? 今日はあそこへも行きたかったが、パスポートがいるんだ。砂浜が綺麗なんだけどな」

「そうなの……残念だわ」

「まぁ、ホテル前のビーチと変わらんさ」

 クラウスはそう言って、丘を降りはじめる。ディオールは彼の大きな後ろ姿を追いかけて言った。

「私、また絶対にここに来るわ」

「ご自由に」

「クラウスをエスコート役に連れて来てあげてもいいわよ」

 クラウスは笑って振り返った。

 彼は島の大きくて爽やかな風景に同化していて、この島の為の男の様だ、とディオールは密かに思った。

 本当は、どこの誰かは分からないのだけれど。

 ディオールは、彼を本当に従える事が出来ないだろう。

 案の定、彼はかぶりを振った。

「家に帰る頃には、そんな気なくなってるさ」

 だから今楽しもうぜ。クラウスはそう言って、平たく大きな手をディオールへ差し出す。

 ディオールは、チラと微笑んだ。

 そんなものよりもこちらの一流のものを、とか、もっと相応しいものを持ちなさいとか、言われ慣れている。けれど、それよりも悲しいのは、美しく広々とした夢の彼方で「君に相応しくないんだよー」と笑う、今のクラウスみたいな言い方や笑顔だ。

「どうせ要らないでしょー?」って、勝手に離れて行っちゃう。

 そっちの方こそ、ディオールのものではないクセに。

 ディオールは一呼吸置いて微笑み、彼と手を繋いだ。

「本気にしないでよ。お世辞なんだから」

「なんだよ、上げて落とすなよな」

「こっちのセリフだし。浮かれてくれたっていいでしょ」

「浮かれさせるのは、俺の役割だ。さあ機嫌を直して買い物に行こうぜ。レストラン用のドレスを買おう」



 ドレスは出番前に用意することにして、二人は街を楽しんだ。

 露店で新鮮なシーフードサンドやフルーツがゴロゴロ包まれているクレープを平らげ、綺麗な庭を持つカフェで冷たいコーヒーを楽しんだ。クラウスはディオールが子供だからと、コーヒーを取り上げなかった。ディオールは嬉しかったけれど、口の中は苦かった。不貞腐れて海色のソーダ水を飲む予定だったのだ。

 それから、高級ブラント店や洗練に全振りしている店を横目に、地元の人々が買い物をする店へ行き、Tシャツや短パン、動きやすいワンピース、ビーチサンダルなどを買い物した。クラウスがローリングストーンズの紛い物Tシャツを見つけて執拗に勧めるので、仕方なくパジャマにする事にした。

 量産ラインの子供用水着は馬鹿みたいに明るい色と子供っぽいデザインが多くて、ディオールはうんざりした。だから、クラウスの選んだ黄色地に白い水玉模様の変なやつで我慢した。どうせラッシュガードを着るのだ。

 一通りを揃えると、新品のビーチサンダルで少し海辺を歩き、波と戯れた。

 クラウスはくたびれて、ぽつんとあったビーチチェアにひっくり返っていた。

 ディオールは、クラウスのズボンのポケットに手を突っ込むと、小銭を取り出しレモン水を買って来て、ストローを彼の口に差し込んであげた。

 そうして、ビーチパラソルの影の位置が少し変わるまで、のんびりと過ごした。


 午後七時が近づいて、いよいよドレスの出番だ。

 子供サイズがある高級店に入った二人は、腰の後ろにリボンのついたピンクのドレスにするか、マーメイドスカートの青いラメ生地のドレスにするかで喧嘩をし、靴はクラウスの言う事をきくという事で、マーメイドスカートが選ばれた。

 クラウスは赤いエナメル質の靴を名残惜しそうに見ながら、ドレスのラメの輝きに合わせて銀色の靴を選んだ。運の悪い事に、銀色の靴はバレエシューズ型とミュール型があったので、それでも喧嘩になった。

 仲裁に入った店員が、ディオールの肩を持って「ミュールならビーチやプールサイドでも映えますよ」と言ったので、銀のミュールに決まった。 


 試着室で買ったばかりのドレスを着て店を出ると、早速クラウスが文句を垂れた。

「ビーチやプールで履く靴じゃねえだろ」

「お店の人が言っているのだから、信じなきゃ」

「ふん。やってみろ」

「ねぇ、これからディナーなんでしょ? 私たち仲良くしなきゃ。ドレスも靴も似合っているって、褒めてよ」

 クラウスは子供に窘められた大人そのものの情けない顔をして、慌てて微笑んだ。

「そだな。ディオール、凄くクールでセクシーだ。靴も、ええと……レストランの床が喜びそう」

「は?」

「……お前さー、その『は?』が使えるの、子供の時だけだからな」

「は?」

「クソ、子供め。行くぞ」

「うん!」

 二人は腕を組み、空いている腕にたくさん紙袋を下げて、レストランへと向かった。



 街頭が道をポツポツと照らしている。

 明りと明りの間にある暗がりは、落とし穴がありそうで少し怖い。

 けれど、彼とならピョンと飛び越えられる気がしていた。

 心の片隅では覚悟して、穴がそれほど深くありませんようにと、祈りながら。

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