閑話休題 許されざる行いの果てに
とある大陸の帝国の召還儀式の間。
ベサルレル帝国は遂に禁忌とされる召還儀式に手を出した。
初代皇帝だった勇者との誓いを破り禁忌を犯そうとしていた。ベサルレル帝国はこの大陸で最大の帝国都市でほぼ大陸を支配していると言っても過言ではないのだがベサルレル帝国皇帝は更に海を隔てた大陸をも支配せんとしていた。
ユーゼルク大陸の二大帝国の軍事力の足元にも及ばない事も帝王は理解していた。
帝王に信仰はない。
神として信仰すべき対象は皇帝及びその親族一派だ。
しかしかの大陸では神への信仰をまだ続けている。
そしてかの大陸では毎年のように勇者降臨の儀式を執り行っていた事も伝わい武力としていた。
かの大陸への進行の足掛かりとしてそれらを凌駕し倒せる者として禁忌を破り召還儀式を執り行っていた。
「あのような戯れ言を…あれは大魔法による只の魔法映像の虚仮威しではないか。我が帝国では何時でも出来るは!子供騙しな!神の代行者などと偽りの狂言には惑わされるものか!どのような犠牲や贄を出しても構わん!あのような化け物共を倒せる最強の力を持った勇者を召還せよ!」
先日より度々空に映るユーゼルク大陸での破壊の進撃に対し皇帝マルジリタスは声高らかに宣言する。
それらを恐怖し隷属の装飾品を破壊し奴隷達を解放し始めた大陸の数々の国の貴族達。
確かに自然解放され自由になった奴隷達の反乱も各地で置き初めていた。
それらを鎮圧するために帝国軍も動かさなくてはならない事象も起こり始めている。
帝国の威信をかけたこの召還儀式は是が否でも成功させなければならない。
両手ばかりではなく義礼服にも隙間を探す事の方が難しい程に隷属の装飾品を身に纏い祭壇置くの玉座に座している。
と言うか身に付けた隷属の装飾品が重すぎて皇帝は一人では立ち上がる事も出来ない。
威勢よく声を出したものの腕を振り払い格好をつける事もままならない。
(ここまで余が準備をしておるのだ。優秀な勇者が召還されるはず。)
その時召還儀式の間の魔方陣の中空に歪みが発生する。
儀式の間の参列者達から驚嘆の声が上がる。
儀式に際して女性は参列が許されていない。
俗に言うのならむさ苦しいおっさんと成人した男共の集まりだ。
儀式に際して女性は穢れとされる為に城か離れた後宮廷と貴族達の屋敷から出る事を禁じられていた。
実にむさ苦しい空間であった。
その歪みは次第に大きく脈動を始める。
更にむさ苦しいおっさんの声が上がる。
次第に脈動は静かに収まり収束を始める。
「なっ!消える!止めよ!誰かザバルバン司教代理!祈りを捧げるのだ!」
ザバルバン司教代理と呼ばれた男性が回りにいる司祭達に声を粗げ激を飛ばす。
「神に祈りを捧げよ!魂からの祈りを捧げるのだ!」
信仰したことのない名前も知らない神に無駄な祈りを捧げる只の司教役と司祭役の男達。
そんな者達の祈りなど神に届くはずもなく古びた書物にあった地図を便りに見つけたこの召還儀式の間で急遽執り行われた儀式。
司教役と司祭役達は書物に描かれた図を便りに儀式の準備を四ヶ月かけここまでとりつけた。
大金に釣られ召集された者や家族を帝王に人質に取られた者もいると聞く。
司教役の男性も家族を人質に押さえられている為に断ることが出来ない。
「神よ!世の理を繋ぐ神よ!我が国に勇者を与えたまえ!神よ!」
信仰したことのない司教の言葉などどこにも届く訳もなく儀式の間周辺にあった魔力だけが反応し多少空間を歪めたに過ぎなかった。
この帝国には小さな卓上にのせる程度の球コロしかない。
既に精霊や妖精達もいない。
だがしかしアラヤが再三注意し止めた誘拐儀式を執り行ってしまった。
城の周辺から異変は起こり始めていた。
城下町で自然解放され自由になった奴隷達の反乱が始まり商店が襲われ街は混乱で溢れていた。
その混乱は周辺の街や村に拡がり貴族達は真っ先に餌食となり犠牲者が増えて行った。
そのような事も知らずに儀式の間では儀式を続けていた。
城壁が歪み始めていた。
城が小さく振動し始めていた。
気付いた者達は城から我先にと逃げ始め儀式の間に連絡などするものはいなかった。
「恐れながら陛下、我らだけでは神に更に声は届きません。本物の司祭達に頼むしか…」
司教役の男性が皇帝に頭を下げつつ言う。
その司教役の男性の足元に剣が投げ付けられる。
「もう遅いわ!あの者達は世の命に叛いたその時に剣の錆となった!だから貴様を教団衛士の貴様達にその任に付かせておるのだ。解らぬか!うつけ共め!」
貴族達も司教役の男性と司祭役の男性達に様々な野次が飛ぶ。
耐えかねた司教役の男性が頭を下げつつ言う。
「ですれば教団に資料がまだあるやも知れませぬ。早急に探して参ります。師団司令長官!捜索に参りましょう!」
司祭役の一人が大きく頷き
「陛下、暫し猶予を!」
皇帝も重い隷属の装飾品に疲れていた。
「よい。ならば行け。見つけ次第儀式を再開するのだ。」
「「「「「はっ!」」」」」
返事と共に司祭役司教役の男性達が足早に儀式の間から出て行った。
最後の司祭役の男性が扉を閉じる時に違和感を感じた。
些細な違和感。
扉が入室した時よりも閉じ難く感じたが些細な違和感だからそのまま走り去った。
司祭役司教役の男性達が城から離れた教会へと走り去った後に儀式の間の小さな空間の歪みが脈動し始め床の魔方陣の描かれた床のタイルを引き剥がし始める。
儀式の間にどよめきの声が広がる。
皇帝は勇者降臨が始まったと思い左腕で右腕を支え右掌を歪みに向ける。
(フフフ、これで勇者は余のモノだ!)
待機していた治癒魔道士達も詠唱を始める。騎士、兵士達も投擲槍や弓をつがえ身構える。
万が一無傷の勇者が召還されてきた場合に手負いにしこちらの言う嘘を信じ込ませるために適当な怪我を負わせる為に。
空間の脈動が突如収まり静まり帰る。
次第に儀式の間全体が振動し始め丸い空間の回りが一気に吸い込まれ始める。
「な、なな、何事だ!ググッ吸い寄せられる!」
皇帝はなんとか玉座にしがみつき耐えるが回りにいた貴族達騎士達、兵士達は掴まる物もなくあっと言う間に声もあげる暇もなく吸い込まれて行った。
辺りに血飛沫を撒き散らして。
床に固定された玉座になんとかしがみついていた皇帝もやがて力つき歪みに吸い込まれ始める。他の者達よりも格段に遅くまるで皇帝を貪り喰らうかのようにゆっくりと足から削り取る様に吸い込まれて行く。
「ギャー!誰か!余を助けよ!ヒール!リカバリーヒール!効かぬ!何故だ!魔法が使えぬギャー!」
ただ皇帝の叫びだけが虚しく響きその叫びも消えた後に城都全体も消え跡には巨体な円形の窪地だけが残った。
その日を境に大陸全土の召還儀式を行った城都は全て円形の窪地へと変わって行った。