気が付くとコスプレ会場
朝は極普通でした。
ピピピ!ピピピピ!ピピピ!ピピピ!
スマホにセットしていたアラームが鳴り響く。
「ふぁ~…そろそろ時間か…」
最初に鳴るアラームで目が覚めたようだ。
布団からモソモソと右手を伸ばしスマホで時間を見る。起きる予定時間よりも少し早く支度をするか。
今日は定期検査の日。面倒臭いが時間までに病院に行かねばならない。45歳も過ぎれば身体に不調が出てくるとは思っていたが仕事まで辞めなければ行けない程の病にかかるとは思ってもいなかった。自覚症状もなかったから気付かなかった。まさかこの歳でこんな病になるとは。
俺は手早く身支度を整えスマホの携帯充電器(最新式太陽光発電型)をジーンズの右側後ろポケットにしまう。左腰にウォレットケースを下げウォレットチェーンに繋がれたゴツい赤い革の財布の中身を確認する。
「6万円と数千円、小銭入れも…OKかなりあるな。ATMは病院帰りでいいな。あとはパスケースと保険証、よし出掛けるか。行って来ます。まだそっちにはいかねえから」
仏壇の上の遺影に笑いかけウォレットケースに財布とパスケースを入れて鍵をしっかり掛け家から出かける。バス停留所までテクテクと徒歩で向かう。俺は空を見上げると初夏の日差しが眩しい。
「梅雨はどこだ。…めちゃくちゃいい天気だなぁ~…おい。」
独り言を言いながら停留所に5分程でたどり着く。朝は10人程の列が出来ていた。三十代から四十代のサラリーマン達や平日の朝から競馬新聞を読んでいる五十代のおっさんや男女の高校生達やイヤホンで音楽を聴いている今時の二十代の若者やOLらしき女性。杖を着いたお婆さんそのお婆さんの空いた手を繋ぐ優しそうなお爺さん。
彼らの列の最後尾に並び俺もスマホアプリ《ファンタジーファーマーファクトリー》をプレイしながらバスの到着を待つ。
毎月の月額課金で手に入れられるだけの様々なの器具や種や稲、最大限まで拡張した田畑。畑を荒らす害獣駆除用ジョブスキルや武器や罠などを更に課金しまくり手に入れた。畑を荒らす害獣には、昆虫や猿や猪、鹿、熊、ゴブリン、オーク、オーガなどのモンスターがいる。そいつらも駆除しなければせっかく数時間、時には2日間もかけて育てた作物が荒らされてしまうのだ。良い作物が収穫出来れば沢山の経験値が入りLVが上がり新たな作物が育てられる様になる。もう少しで世界樹の葉が収穫出来る。その次は世界樹の実だ。コツコツとした事が好きな独り者の成り立てニートは更にありとあらゆる手を使い(早期退職金を注ぎ込み)ガチャを回しに回しまくり手に入れた快適な農業ライフが手のひらのなかで楽しめている。
(おっと、そろそろ稲の刈り入れか。刈り取らなければ。)
大型コンバインのアイコンに触れると畑に大型コンバインがポンポンと2台現れ刈り取りを自動で開始する。すると刈り取り終了までの時間か表示される。いわゆる放置型のアプリゲーム。ずっとスマホを見てなくてもゲームが進んで行くので時間のある俺には持って来いのゲームだった。
刈り入れ終了まであと2分というところでバスが停留所に到着した。少しくたびれたスマホカバーを閉じてジーンズの左後ろポケットにスマホをしまいバスに乗り込む。見回すと座席は空いていなかった。まぁ、天ノ淵病院前停留所まで10分程。立っていても辛くはないのでつり革に両手で捕まり立っていた。すると高校生達が席に座っておしゃべりをしているのが見えた。かなり大きな声。注意するべきかと思っていると
「おい、ガキども!グダグタしゃべってネェーでお前らの前に立ってるジーさんとバーさんに席譲れよ!俺もあのOLさんもリーマンさんらも座らなかっただろうが!若いお前らが座ってんじゃネェーよ!」
バスの乗客達が一斉に振り向く。停留所でイヤホンを着けて音楽を聴いていた若者が一喝した。見かけによらない良い若者のようだ。するとぶつぶつと何か小さな声で男子高校生がイヤホンの若者に囁くのが聞こえた。
「テメェ…夜、町であったら覚えとけよ。」
男子高校生は右手をズボンのポケットに入れ中の物を確める様に触っているが見えた。何やら脅し文句をイヤホンの若者に言い睨み付けながら高校生達はしぶしぶ立ち上りお年寄り達に席を譲った。
(…高校生のポケットの中は…あれは…まさかナイフか?イヤホンの若者は今時の若いのにしては良い奴だなぁ。しかし…若者よ、お前のイヤホンからかなりの音量で音漏れしてシャカシャカと鳴り響いているが…それは良いのか?)
と俺は思ってしまった。男子高校生がイヤホンの若者をずっと睨み付けていた。その様子を女子高生が男子高校生を諌めるように腕を引いていた。イヤホンの若者も男子高校生を睨み返していた。ひと悶着起きそうだったがその後何事もなくバスは天ノ淵病院前停留所に近づいて行く。
「次の停留所は、天ノ淵病院前停留所、あ~、天ノ淵病院前停留所です。お忘れ物のないように。バスが停車してから席を立って下さいませ。」
運転手のアナウンスが聞こえたので俺はすかさず降車ボタンを押す。
ピンポ~ン
電子音のチャイムが聞こえた。その瞬間後ろから凄まじい衝撃が襲う!!バスのガラスの割れる音が響き凄まじい叫びや悲鳴があちこちから聞こえてくる!身体が浮き上がる感覚の後、頭に強烈な衝撃を受け更に床に叩きつけられる!その俺の上にイヤホンの若者とOLさんと高校生達が覆い被さって来るのがスローモーションの様に見えていたが避けられない!頭を強打したせいか身体が動かない!その後に襲い来るあまりの圧力に俺は声も上げられず意識が遠くなって行った…
「よくぞ、参った勇者ども!!そなた達の傷は治癒魔法に寄って全て癒えた。さあ!立ち上がれ!勇者ども!!」
馬鹿デカイ重低音のおっさんの張り上げた声で目が覚めた。ボンヤリする頭で身体の上の重さに気が付き重りを押し退ける。そんなに力はある方じゃ無かったはずだが俺はのし掛かる数人を簡単に押し退ける。すると高校生達、OLさん、イヤホンの若者も気が付き頭を小刻みに左右に振りながら起き上がる。皆それぞれ辺りを見回す。
かなりの広さ室内でまるで映画か何かのセットなのか豪華な作りの建物の中の様だ。映画や舞台の衣装の様な豪華なドレスの女性や貴族の衣装を着た男の人達、ピンと髭を左右に伸ばし固めた豪華なきらびやかな鎧を纏い派手な装飾の付いた剣を腰にぶら下げている兵士の衣装の人達、魔法使いの様な衣装の人達が驚きと歓声をあげ、拍手をしている。どうやらここはコスプレ会場の様だ。
事故のあとに何故こんな所に連れて来ているのか全く訳がわからない。ふざけるのもいい加減にして欲しい。フツフツと怒りがこみ上げて来る。立ち上り床を強く踏みしめるとミシミシと軋む音がする床のタイルが薄い様だ。踏み抜いて怪我をしても馬鹿らしいので止めておく。大理石のタイルで敷き詰めているようだ。豪華に見える様に作ってある舞台セットの様だ。
「んだよ…イテェな、くそ…んだ?ここは!」
男子高校生が悪態をつく。
「ちょっと、マジここどこ!ユージ、ここどこ!」
女子高生はあわてふためき男子高校生にすがりつき聞いている。
「知らねぇ~よ…クソッ。コスプレ会場か?おいおい!フザケンナヨ!俺ら学校に行かなきゃ日数足りねぇんだ!おい!おっさん!ンな所より事故が起きたんだろが!!先に病院連れていけや!」
中央の階段状の台の上の玉座の様な椅子に座っている男性に男性高校生が詰め掛ける。すると兵士の様な衣装を着た男性6人が男子高校生を取り囲み剣や槍を向け制止する。
「止まれ!勇者!国王陛下の御前だ!控えろ!」
真ん中に立つ一番豪華な衣装の兵士の様な人が男子高校生に声を張り上げて威嚇をする。先程の馬鹿デカイ声の主だ。男子高校生は右手をポケットに入れて中の物を取り出す。鮮やかな手さばきでジャックナイフの刃を展開しグリップを握る。ナイフの刃がうっすらと光の陽炎を纏っているように俺には見えた。
「フザケンナヨ!コスプレのオモチャで本物のナイフに勝てると思ってンのか!!ああん!!そんな張りぼての鎧なんかな!!おらっ!!」
男子高校生が右手に握ったナイフで剣や槍を斬り払う様にはね除け目の前の声を張り上げていた兵士の腹にナイフをつき出す。兵士達はまるで男子高校生の動きに付いていけない用で避けようとも受け止め様ともしなかった。俺とイヤホンの若者は咄嗟に駆け出し五人の兵士の衣装の人達をとりあえず蹴ったり殴ったりするとあちこちにワイヤーアクションの様にすっ飛んでいく。
何処までふざけているのか…軽く殴ったり蹴飛ばしただけであんなに飛ぶものか。俺とイヤホンの若者は女子高生とOLさんの側に二人を守る様に戻り腰だめに拳を構えて立つ。俺は空手など習った事がないのに咄嗟に構えが出来た。イヤホンの若者の拳が陽炎の様な物で包まれている。
男子高校生のナイフは兵士の鎧の衣装をいとも簡単に突き抜け腹に深くつき刺さる。
「アグッ!そんな…この鎧は、オミ…馬鹿…な…」
吹っ飛んで行った兵士の衣装の人達を見て驚き自分の腹に刺さるナイフを見て信じられないと言うような声を上げて男子高校生にもたれ掛かりながら芝居掛かって倒れていく。
「おら見ろ!コスプレの張りぼての鎧なんかなこうなるんだよ!遊んでねぇでさっさとこっから出せよ!」
倒れていく兵士の腹からナイフを引き抜き男子高校生が更に玉座に座る王様っポイ衣装の男性に詰め寄る。
「ユージ!あんたまた捕まるジャン!どうすんの?ヤバいジャン!」
女子高生が泣きそうな声を上げてすがり付き男子高校生を引き止める。
「ちっ、だってよ、ユカ、こいつらがこんな所に拉致って来るのが悪ぃんじゃね?あんだっけな…ホラ!せーとーぼーえーじゃね?俺悪くなくね。なっ?なっ?」
OLさんとイヤホンの若者と俺を見て男子高校生は聞く。
「…確かに正当防衛とも言えなくもないけれど…過剰防衛とされるかも…警察に出頭するなら私は着いて行って証言してあげるからさ、自首しよ?」
OLさんの答えに男子高校生は王様っぽい衣装の男性からフラフラと離れ俺達のそばに来てしゃがみ頭を抱える。
「嘘だろ…マジかよ…」
「しょうがねぇ。俺も着いて行ってやんよ。拉致られて脅されて先に刃物っぽい物を向けて来たのは向こうだからな。本物かどうか確かめてる暇無かったからな。だから俺とこの人が回りの奴らぶっ飛ばしたンだしな。こいつよりあんたらが悪ぃんだ。事故現場に警察やら救急車呼ばずに俺らを拉致ったコスプレ野郎どもが原因だしな」
イヤホンの若者も腕を組ながら顎をしゃくりあげ刺されて倒れている兵士を見下ろす。
「確かに。事故現場が病院の直ぐ近くなのにこんな所に連れて来てコスプレ遊びに付き合わせていたこの人達が悪い。拉致誘拐だ。手を出されても仕方がない。…ったく、俺も今日は大事な定期検査の日だから早く病院に行かないといけないんだよ…はぁ」
ため息混じりで俺も王様気取りで椅子に座り震えている男性を睨み付けて答える。床を思い切り強く踏みつけたらタイルがひび割れた。
「おじさんどっか悪いの?ヤバいの?」
女子高生が心配してくれている。
「…うん、心臓の定期検査でね。手術も難しいらしいから経過観察中で新人ニートなんだ。病気の自覚症状もないんだけどね。」
俺は胸の辺りを擦りながら答える。
女子高生と男子高校生、OLとイヤホンの若者も驚いた様で
「ぷっ!新人ニートってアッハハハハウケる。」
「でもおっさん心臓ってヤベェじゃん!なら早く病院行かねぇと!」
「こんな所にいる場合じゃないですね!検査行かないと!警察の方は私が着いて行きますので!」
「あんた、薬とかダイジョブか?事故で余計悪くなってないか?」
女子高生がウケてくれて男子高校生やOLさんやイヤホンの若者が心配してくれている。ウンウンと頷いて大丈夫だと伝える。男子高校生は意外に良い奴のようだ。右手に血の滴るナイフを持ってるけど。しまって欲しいけど!そのナイフ!
その向こうでは刺された兵士の横にしゃがみ何やら手をかざして何かを唱えているフード付きのローブを着た人がいた。男子高校生のナイフにはね除けられた剣や槍は斬り落とされていた。男子高校生の言うように発泡スチロールか何か柔らかい物で出来たオモチャの様に切断されていた。
「ゴクリ…まさか…一瞬で近衛兵隊長がこのような目に合うとは…」
王様っぽい衣装の男性が恐れる様にフード付きのローブの人に声を掛ける。何故だろう?いつもより耳が聞こえ安く感じる。
「国王陛下、心配は要りませぬ。あの様な小さなナイフの傷でございます。そう深くはありませぬ。傷は既に治癒魔法で塞いでおります。近衛兵達も暫く休めば動けるでしょう。それより今は女王陛下の御申し出通りに決して勇者共を刺激はせぬように致して下さい。」
フード付きのローブを着た人が優しく王様っぽい衣装の男性に声をかけていた。何時まで芝居をするのかと腹立たしくその時の俺は思っていた。
コスプレ会場て独特な雰囲気ですね。