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07 悪臭と共に


 シェーラが(ダンッ)と足を踏み鳴らす。同時にロイゼルの「来るぞ!」という声が響く。

 揺れる水面の影が膨らみ、飛び出す巨大な(あぎと)が迫る。ワニか!

 咄嗟に小型盾を前面に構え、上顎(うわあご)に戦槌を振り打ちつけ、そのまま石畳に叩き付ける。鈍い感触。凄まじい速度で閉ざされた口が盾を(かす)めるガギンという音。衝撃に耐え体勢を崩さぬよう左脚に力を()める。(もも)が膨らみ、脹脛(ふくらはぎ)も張る。が、(こら)えた。

 奴の口を開けないよう押さえる、と考えた瞬間。(ゴッ)という音と共に、長大な胴を半ば以上切り裂かれたワニが吹き飛び、後方の壁に叩き付けられた。


 ワニはもはや動かず、幼い子の暴虐にさらされた出来の悪い玩具のように、不自然に折れ曲がった無惨な姿をその場に残すのみ。

 様子を(うかが)っていたもう一頭のワニもロイゼルに投げナイフを突き立てられると、水中へと姿を消す。

 噂の白いワニではなかったな、大きさも4m程度の普通のワニだ。

 だが、水路には決して落ちないよう注意が必要だな。


「……(大丈夫か?)」と語るシェーラの瞳は優しげだ。


「大丈夫だよ。流石(さすが)シェーラ、人間離れした力だ!」

「……(照れる)」

「シェーラは可愛いな」


 私が笑顔で言うと、シェーラは恥ずかしがって私から目を背けた。


「なるほどー、それが返り血に(まみ)れた女の会話かー」


 ロイゼルが棒読みで煽ってくる。見ると、壁際に張り付くビードはドン引きしていて、JJはにこにこと顔をほころばせている。

 なんかムカついたので、とりあえず近くにいたJJの腕を叩いておく。

 JJは腑に落ちない顔をするが無視。

 気を取り直しロイゼルに聞く。


「ロイゼルが一人で入った時には全く襲われなかったの?」

「何も襲ってこなかったなあ。Lが美味そうな匂いしてるんじゃない?」


 雑な言葉を返したロイゼルは立ち止まると、皆を手で制し、指向性の光で奥の壁面を照らす。

 そこには魔法陣が刻み込まれ、それをなぞる血の跡のようなものが見える。

 

「これが一つ目だ」


 ロイゼルが発見していた魔法陣までたどり着いたようだ。

 JJが【魔力感知】を使い、魔法陣と周囲の魔力を注意深く調べる。


「魔法陣は既に発動しているな。他にも小さくはあるが、魔力が感じられる」


 ピチャリピチャリと水音の聞こえる地下水路に、JJのバリトンの声は抑えていてもよく響く。

 それを聞き、ビードはロイゼルに「光を貸してほしい」と言って、指向性の【魔法光】をかけた小道具を受け取った。

 その光が魔法陣の周囲をたどると、別に小さな魔法陣がうっすらと描かれているのが見える。


 ビードは真剣な様子でそれらを読み解いている。口が開いてもごもごと動く。声は出していないが集中すると独り言をするように口が動くタイプのようだ。指もそれに伴い、図形を描くように動いている。

 少しするとビードは一度目と口を閉じ、再び開いて話し始める。


「メインと思われる魔法陣は妨害用だね。神殿の魔法陣の妨害をしている。小さい方は下級妖魔(インプ)の召喚だ。メインの魔法陣に手を加えることがトリガーになっている。戦いたいなら発動させるが?」

「いや、わざわざ罠を発動させる奴がどこにいるんだよ。避けられないならともかく」


 ロイゼルが苦笑いしながらツッコむ。

 そりゃそうだ。


「女性たちは戦いが好きそうなので、念のため」


 私たちのことかよ、失敬な。可憐な美少女だぞ。

 こちらを見てきたビードを睨み返すと、ビードは大げさに怖がった振りをする。

 今日会ったばかりだというのに、馴れ馴れしい奴だ。


「それはさておき、魔法陣の解除はできそうか?」


 JJが覗き込むように尋ねると、ビードは額を(こす)りながら答える。


「単独ではなく繋がりが見える魔法陣だから、他のも見てみないと何とも言えないね」


 わずかな時間でしっかりと読み取っているようだ。連れて行けとアピールしただけのことはある。

 ならば、ビードの言う通り全て回るべきだな。


 ロイゼルはビードから【魔法光】を回収し、また先頭に立つ。


「仕方ない、全部回るか。急がないと寝る間もなくなるぞー」


 ロイゼルの号令で、私たちは元の陣形を組みなおし、先程より少し足早に、薄暗くじめじめとした通路を奥へと進んでいった。




「解除は無理そうだね、というかほとんどの魔法陣は仕事の大部分が完了している感じだね。しかし魔法陣に相当詳しい奴だな。魔術師が犯人か、闇神官にでも無理矢理やらされたか」


 ビードが魔法陣の描かれた壁に手をつき、苦笑しつつ言う。

 全ての魔法陣を見て回った結果がこれである。

 やはり封印が解かれるのを止めることはできないようだ。


 私は頭上にある魔法陣を見上げながら、ビードに問う。


「何なら可能なの?」


「良い所に気が付いたね。そう、これから起こることの微調整なら可能だよ。例えば封印の解ける時刻や魔神の出現する場所とかね」


 ビードの鼻の穴を広げたドヤ顔がうざい。が、実力は認めよう。

 私は腕を組み昂然(こうぜん)と尋ねる。


「どの程度調整が可能なんだ?」


 防げないなら制御して、こちらに有利な状況を作るべきだ。


「そこまで大きくは調整できないな。明後日封印が解けるのは変わらないし、場所もオウルシティの外まではずらせない。時刻は満月が最も高い位置に来たタイミングが、他の条件も一番高精度にできる」


 こちらは万全の状態、相手には力を振るえない状態にすれば良い。

 そのための準備をしている場所で迎え撃とう。

 仲間たちも同意見のようだ。私に頷いてくる。


「時刻は満月が頂に達したとき、場所は魔神が封印された場所『芸術の神』の神殿の封印のホール!」


 私は胸を張り、凛とした態度で声高に宣言する。

 宣言したことで魔神との戦いがより明確なものになる。

 鼓動が強くなり精神が研ぎ澄まされる。


 仲間たちもおのおの緊張が高まっているようだ。


「盛り上がってる感じだけど、先に下級妖魔(インプ)の駆除を頼むよ」


 ビードが申し訳なさそうに苦笑し、水を差してくる。

 そっちも解除できないのかよ。結局戦うことになるんだな。



 下級妖魔(インプ)を退治するのは何ということもなかった。何せ召喚される場所もタイミングも分かっていたのだ。

 出てくるや否やシェーラが斬り裂き、私が殴り、JJが【呪弾】を撃ち込み、ロイゼルがヒューと(はや)し立てて、終わり。下級妖魔(インプ)は殴れば死ぬ。

 いや、状況によっては厄介なこともあるけどね。


 ビードが魔法陣に印を刻み修正する間、私たちは周囲を警戒する。ビードが作業に集中するために音楽が欲しいと言うので、JJは口笛を吹いていた。

 JJの吹く曲は知らない曲だったが、柔らかでさわやかで、前に進もうとする若者を応援するような感覚を受けた。本当にセンスいいな、こいつは。


 作業が終わり、外に出ると、空はもう白みはじめていた。

 仲間たちは多かれ少なかれ疲れた様子だが、ビードは機嫌が良さそうだ。


「なかなか参考になる魔法陣だった。立体かつ複合型にすることで陣に込められる情報量は跳ね上がるからね。刻印自体を立体に対応した形にすれば、より複雑な情報処理ができるのでは……。そのテーマで研究を進めてみよう」

 

 言うなりビードは魔術師ギルドに向けて走り出す。

 と、思いきや引き返してくる。


「そうそう、封印の解除は止められなかったけど、神殿で奏でられる音楽は今までより魔神にしっかり届くように改良しといたよ」


「おう、サンキューな。国から経費は支払われるから申請しておいてくれ」


 地味に魔神に嫌がらせをしていたみたいだ。

 JJの発言の途中でビードは走り去ってしまったが、ちゃんと聞いていただろうか。

 まあ、どうでもいいか。


 体は疲弊し、鼻は馬鹿になっている。温かいお湯につかりたい。

 公衆浴場が開くまでは寝ていよう。


 皆と別れ、拠点へと帰る。

 私は『知識の神』の神殿につくと、軽く水浴びをし、自室に入るなり服を全て脱ぎ捨てベッドに倒れ込んだ。



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