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06 純粋な者たち


「……というのが私たちの調べたことね」


〈古代遺産への道〉亭、奥の部屋。

 夕食を済ませた私たちは、テーブルの上に置かれたランプに火を灯し仲間たちと向かい合う。

 私はシェーラとロイゼルに150年前の魔神の被害や性質について判明したこと、『芸術の神』の神殿ですでに魔神を弱らせるための音楽の準備をしていることを伝えた。


「……(首を()ねれば殺せそうか?)」


 と、シェーラは澄んだ湖のような瞳で語ってくる。

 物騒さと純粋さは共存できるんだよ、諸君。


「音声で魔術を操っていたことから、少なくとも魔術は使えなくなる可能性が高いはずだ。十分に弱っているなら、それでこの世界に肉体を保っていられなくなるのではないかと思う」


 私の推測に「……(それならばいい)」と、シェーラは目で語った。


 頭の後ろで手を組みリラックスした姿勢で話を聞いていたロイゼルが「よし」と言い、身を乗り出す。


「じゃあ、こっちの情報を話すぜ。当然ながら盗賊ギルドはオウルシティに多大な被害を与える依頼なんて受けるわけがない。だからギルドを通さずに怪しい仕事でも受けるような奴らを探ってみた。

 まあ、そんなことやる奴は目の死んだ浮浪者さ。その中で最近羽振りが良かった奴、儲け話が入ったと言ってた奴がいないか聞き込んだ。すると、そんな奴が3人行方不明になってる。一週間前の話だ。そんな生き方してる奴はどうせ近いうちに死ぬ。だから死んでても同情はしないけどな。

 ともあれ、そのうちの一人が地下水路、下水道の方だね。そこに入っていくのを見た奴がいた。

 だから僕の方で地下水路を探ってみたよ。そうしたら、あったぜ、点在する魔法陣と血の跡が。これにその場所を記してある」


 ロイゼルは懐から手描きの地下水路の地図を取り出す。記された位置が地上のどこにあたるのかは、地下水路への入り口の位置と方角、大体の距離からしか分からない。しかし、おおよそ『芸術の神』の神殿を囲むように配置されているようだ。

 

「魔法陣に手を加えたり、触れたりはしてないな」

「当たり前だろ。触れるどころか必要以上に近づいてもいないよ。罠でもあったら大変だからね」


 JJの確認にロイゼルは肩を(すく)める。JJは深く頷き、勢いよく立ち上がる。


「魔術師ギルドへ行き、専門家を連れて確認してもらおう。国と神殿からの協力要請状は持っている。魔術師たちは活動時間もバラバラだし、今から押し掛けるぞ」

「……(私も行くか?)」

「シェーラも来てくれ、専門家を捕まえられれば、そのまま地下水路に入る。噂の白いワニにでも襲われたら厄介だからな」


 皆立ち上がり所持品を確かめる。

 武具は持ってきてある。JJは【魔法光】を使えるが、ランタンもある。筆記具も持ち、ロープやフック、固定具などはロイゼルが持っている。


「水路内の通路は狭いから横に並べるのは二人までだ。両手剣を振り回すなら前衛に出られるのはシェーラ一人だな。金属鎧はやめておいた方がいい、革鎧も全ては着けずに動き易さ重視で」


 地下水路を確認済みのロイゼルは皆に助言する。

 すぐに女性はシェーラの私室へ、男性はロイゼルの私室へ行く。装備を整えた私たちは冒険者の店を出て魔術師ギルドへ向かった。




 もう夜だというのに魔術師ギルドの研究棟では至る所から光と音が漏れている。

 研究棟は3階建てで、魔術師ギルド内の施設で最も敷地面積は大きい、というか半分以上を占めている。そこは魔術師たちの無茶な実験でも壊れぬよう、強固な建築に加えて魔術で補強されている。


 私たちは研究棟の2階、奥にある刻印研究室をノックする。しばらくするとオールバックで所々髪が跳ねている青年がのそりと扉から顔を覗かせた。一瞬、胡乱(うろん)な目で私を見たが、JJを確認すると得心した様子で私たちを中へ招き入れた。

 中は【魔法光】が天井中央に(はい)され、本や紙が散乱している床にはいくつかの魔法陣が描かれている。部外者にはどこに何があるか分からない乱雑な部屋だ。


 私たちに座る()も与えず、青年は話し始める。


「昨日の件の続きかい? JJ」

「ああ、パント師はいらっしゃるか? ビード」


 オールバックの青年はビードというらしい。魔術師のわりに動きやすそうな服を着ている。


「パント師はもうお休みだよ。良ければ僕が聞こうか? 興味があるんだ」


 私を見た最初の胡乱な目はどこに行ったのか、顎に手をやり、理知的な目をにこやかに細めている。


「そうか、実は地下水路で発見した魔法陣を直に見てもらおうと頼みに来たんだ」

「じゃあ、僕が行こう。魔法陣を読み解くのと書くことだけだったらパント師より早いし、老人を護衛するより楽でしょ」


 言いつつ、本や筆記具を背負い袋に放り込み始める。……手あたり次第に放り込んでないか?

 その様子にJJも若干呆れ、頭を掻きながら会話する。


「話が早いな。こちらとしては助かるが、パント師に許可を取らなくていいのか?」

「書置きでも残しておけば大丈夫さ。君たちの様子を見るにすぐにでも行けそうだね。

 いやー、ちょうど新しい発想が欲しかったんだよ。」


 ビードは床に落ちていた紙を拾い上げ、その裏に書き殴る。“出かけてきます、ビード”としか書かれていないように見える、しかも下手な字で。それを壁際の方にある机に放り投げた。

 もう、目的のこと以外どうでもよくなってるな、この男は。


「事態は重いというのに不謹慎なことだな。そういうのが魔術師の評判を落とすんだぞ、ビード」

「研究を進められるなら評判なんてどうでもいいのが魔術研究者ってもんでしょ。よし、行こう」


 JJの言葉を毛ほども気にすることなく、ビードは荷物を背負い、呆気(あっけ)にとられる私たちを尻目に、いの一番に部屋から飛び出していく。


「いや、場所分かってないだろ! 先に行くな!」


 と、ロイゼルの妥当なツッコミがその場に響いた。




 オウルシティの下水道は浄化のための無害な魔法生物を放している。汚物を効果的に分解することで伝染病の流行を防ぐことが主目的だ。そのため地下水路は下水が通る場所でも意外と濁りは小さい。

 とは言え(にお)いは結構強烈だ。この時期の夜の地下水路はまだ寒いこともあり、人の歩ける通路はあるが、好んで入りたい場所ではない。


「うひゃぅいおぅ」


 それに(くだん)の魔法生物のぬるっとひんやりした体が、私の首筋に落ちてきたらこんな声も上げてしまう。


「変な声出すなよ、こっちは集中してんだぞ」


 ロイゼルに鼻で笑われてしまった。屈辱である。

 JJは私の首筋に乗る軟体の魔法生物をひょいと掴み、ポイッと水路に放り投げた。


 私たちは地下水路の石畳の通路を、前衛にロイゼルとシェーラ、殿(しんがり)に私、間にJJとビードという陣形で進んでいる。

 JJは自分の持つ杖に周囲を照らす【魔法光】をかけ、ロイゼルの小道具の一つに指向性の【魔法光】をかけたため視界はある程度保たれている。


 マッピングは私がやりたい所ではあるが、距離感覚が優れたロイゼルの手描きの地図に、絵の上手いJJが微調整をしていけば、正確な測量が必要でもない限り私の出番はない。


 後方と水路に警戒を払いつつ、私はビードに話しかけた。


「最初に部屋から出てきたとき、なんで私に警戒したんだ?」

「『知識の神』の神官は個人的にあまり信用していないので」


 私は予想外で、なおかつストレートな物言いに驚く。

 融通の利かない『正義の神』の信者以外にこんなことを言われるとは。逆に興味が湧いてきた。


「珍しいな、魔術師たちの中にも『知識の神』の信者は多いと思うんだけど」

「『知識の神』の神官は知識の開示を求める。だけど僕は知識の秘匿が大切だと思ってるからね」

「まあ、全て開示するわけではないよ。秘密にしてくれと言われれば、秘密にするし」


 たまに秘密すら守らない者がいるのは問題である。信用を失うのになぜ約束を守らないのだろう。

 歩く足音がコツコツと響く。水路の流れはそこそこ早く、落ちたりしないよう足元には注意が必要だ。


「そういう小さい話じゃなくてね」

「人が知るべきではないことがあるって考えか。人の知恵が信じられない?」

「信じるべきではないでしょ。そんなに賢い人間なんていないよ」


 肩を(すく)めて言うビードは悲観的な考えの持ち主のようだ。

 私は視線を上げビードの瞳を真っ直ぐ見据えた。現状の明るさではその瞳からは何も読み取れない。


「そっか、私は少なくとも全てを記録する必要があると考えるよ。人は賢くなっていくさ」

「個人の考えはご自由に」


 ビードは私から視線を逸らす。

 まあ、意見を競わせたかったわけではない。知りたかっただけだ。


 神は宣えり、己と異なる意見を聴け、と。


 私は水路へと視線を戻す。

 水面が泡立ち、少し揺らいだ。



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