05 芸術とは
オウルシティの『芸術の神』の神殿は、光の陣営の大神の神殿に見劣りしない。
本殿に入ると設置されたパイプオルガンが目に飛び込み、荘厳な印象を与える。天井までの高さは10mを優に超え、至る所に施された信徒による装飾、彫刻の技巧の多彩さは群を抜いている。射し込む光に彩られるステンドグラスも実に美しい。
また本殿以外にもたくさんのホールがあり、幾種もの芸術活動に用いられている。
そのうちの一つ、最も大きいホールにJJたちは居た。隅にはいくつかの楽器が置いてあり、元々ここの物ではないだろう、テーブルと椅子がある。音は良く響くがそれ以外には何もない楕円形の大きな空間だ。
「Lちゃん、よく来たねー。もっと頻繁に来てくれるとオジサンうれしいな」
巨大なアフロの中年がにこやかな笑顔でこちらを向いて手を振る。裾の広がった奇抜な服を着た、この陽気なおっさんこそが、JJの父親でこの神殿の責任者であるDJ司祭だ。
「こんにちは、DJおじさん。仕事で来ているのでDJ司祭と呼んだ方がいいでしょうか?」
「可愛い子にそんな他人行儀にされたらオジサン悲しくて泣いちゃうよ。堅苦しいのはやめてね」
DJ司祭は私にウインクする。
見た目通り軽いおっさんだが、様々な芸術に精通し、広い声域で美しい歌声を持つ実力派の司祭だ。
「こんにちは、Lさん。こんな父でお恥ずかしい。ですが、もっと来ていただけると嬉しいのは僕も同じです。今度の演奏会など、是非鑑賞に来ていただきたい」
丁寧な口調で穏やかに微笑む、幾何学模様の剃り込みの入った坊主頭の青年。この青年がJJの兄で神官長のMJ。様々な模様が鮮やかな色で縫い込まれた貫頭衣の祭服を大胆なカットでアレンジしている。
「こんにちは、MJさん。演奏会は時間が空いていれば伺いますね。このような事態で連日お疲れでしょう。枇杷がちょうど売りに出されていましたので、よろしければどうぞ」
いつものように二人は接してくれているが、声の張りや所作から疲労しているのが見て取れる。脳の疲れには糖分がいいだろう。
「これはご丁寧に」
「いやー、Lちゃんは気が利くなー。そこに転がってる、ただデカイだけの奴とは大違いだなー」
そう、最初から気づいていた。JJは床に突っ伏している。
おそらく徹夜作業になって疲れたのだろう。
「JJは寝てますね」
「寝てなーい……」
うつ伏せのJJが熊のような巨体を震わせ、くぐもった声で呻く。起き上がる様子はない。
「JJって寝言で寝てないって返事しますよね」「寝てなーい……」
「するねー、小さい頃から変わらないよ。そろそろ仮眠は充分だろうから起こそう」
DJ司祭がJJを足で勢いよくひっくり返す。ドンと大きな音。重そうだ。
仰向けになったJJはかっと目を見開く。
「……体が痛い」
「おはようJJ、そんな所で寝れば痛くなって当然だ。冒険者ならさっさと立ち上がれ、だらだらしてると踏みつけるぞ」
私は腕を組みJJを見下ろす。
「……よっと」
すぐ横に立つ私を確認すると、JJは反動をつけ跳ね起きする。
「寝起きに跳ね起きは良くないぞ、JJ。さて、情報を交換しよう」
私はJJたちに調べてきた情報を伝え、そしてJJが調べた情報を促す。
椅子に腰かけたJJはフウと息を吐くと、腹に力を籠め、話し始める。
「魔術師ギルドとここで分かったこと、合わせて話していくぞ。まず封印だが……」
JJの話は長かったので、まとめよう。
司祭エルムトの歌と演奏で空から落ちた魔神は騎士たちに傷を負わされ、異空間に逃げようとした。司祭エルムトは逃げ切らせずに、その空間ごと魔神を封印した。
魔神が封印されたのはちょうどこのホールの場所で、床の内部にメインとなる封印の魔法陣が描かれている。
補助的に複数の魔法陣がこのドーム状のホールの壁に立体的に埋め込まれ、この場だけでなく礼拝堂からもマナの流れが繋がるようになっている。歌や音楽、祈りにより魔神を弱らせているのはこれによるものだろう。
『芸術の神』の神殿の記録は自由詩の形を取っていて読み解き辛いが、このまま何事もなければ、この魔神をこの世から消滅させることができていたようだ。
魔神の封印が解かれようとしているならば、立体的に描かれた魔法陣を読み解き、無効化あるいは弱める方法を理解している者がいるということだ。おそらく地下でそのための魔法陣を描くなりしてあるのではないか、というのが魔術師ギルドの専門家の意見らしい。
肝心の魔神の倒し方だが、歌や音楽で弱らせることは間違いないのだが、具体的にどういった曲を用いるのかはどこにも記載がない。ヒントがないか三人で詩の解釈をしていたそうだ。
他には私が調べた以上の情報はないようだ。
「曲についての記載がない……。『芸術の神』の信者でない方が気づけることがあるかもしれません。私にその詩を読ませてもらえませんか?」
「構わないよ、Lちゃん。机の上にあるその詩集がそれだよ」
自分で見ないと分からないこともあるだろう。そのための私の提案は快く了承してもらえ、詩集が私に手渡された。
「ありがとうございます。その間DJ司祭とMJさんは休息をとっててください。JJは詩の解説をお願い、私が聞いたことにだけ解説するように」
「OK」と言い、JJは自分の胸を叩く。
「息子はLちゃんの尻に敷かれてるなー、ハッハッハ」
なんか余計なことが聞こえたがスルーしよう。今は集中して読まなければ。
私はグルグルと肩を回し、詩集を開いた。
「……、よし、無いな!」
結局私が見ても曲の内容に関することは見つけられなかった。
それにしても詩を読み解くのは想像以上に時間がかかる。もう夕刻に近づいてきた。
「見つからなかったのに元気だな、おまえは」
散々解説をさせられて、JJは疲れたようだ。私に呆れた顔を向ける。
私に自慢のドレッドヘアをちょんまげのように纏められたのも気に入らないらしい。
「無いものはしょうがない。……しかし、逆にそれが気になるな。普通なら曲の内容が隠喩ですら書かれないのはおかしいだろ。言葉を避ける必要が出てくるはずだ。敢えて書かないようにしたんじゃないか?」
私は机の周りをゆっくりと、グルグル回りながら考える。
JJは「確かにな」と大仰に頷く。
「ということは、曲調は伝えてはいけないと考えた。ただ真似た曲では駄目だということだ。真似た曲には何が足りない?」
「魂だZE、Yeah!」
私の自問自答にJJが呼応する。その目に疲労はもう感じられない。
「そうだ! ベストを尽くし魂を乗せた曲を自分たちで用意しろ、ということだ! JJ、どう思う?」
熱くなった私は拳を上げ力説する。JJも前傾になって頭を振っている。
「Yes! ありそうな話だYO!」
が、そこで私は一旦冷静になり、小首を傾げる。
「しかし、何故そう書かなかったのだろうな」
「美学じゃないか? それに解釈が間違っていたとしても現状の情報だとそれで行くしかないな」
ちょんまげJJも突然冷静になるので、私は吹き出しそうになった。
私とJJで話し合ったことをDJ司祭とMJに伝えると、彼らは「そうするしかないな」と、頷き合った。
幸い、詩から曲について分からなかった時に備えて準備はしてあったという。
「おかげさまで神官たちと最終調整に入れそうです。音楽のことは我々に任せてください」
MJはそう言うと、神官たちを集め、すぐさま準備に取り掛かった。
私たちはそろそろ冒険者の店に行かねばならない。
曲については専門家に任せて、仲間たちと合流するため、髪を戻したJJと共に出発した。