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04 調査は地道で地味なれど


「エリス~、夕ご飯ちょうだーい」


 お腹がぺこぺこだ。

 私は『知識の神』の神殿に帰ると、食堂に真っ直ぐ入り、すぐさまそう言った。

 ちょっとだけふくよかな、顔にそばかすの残る愛らしい少女、エリスは両手をエプロン姿の腰に当て半目で私を見る。


「Lさーん、今は夕ではなく夜ですよー」


 棒読み気味に言うエリスに、私は甘えた声を出す。


「そこをなんとかぁ、脳が飢えて死んじゃうって訴えてるよぅ。ハグしてあげるからさぁ」

「うっわ、Lのテンションおかしくなってる。ワーキングハイだ。ちゃんと休憩取りながら研究しなさいって。うわ、やめろ、抱きつくな。分かった、用意してあげるから。その代わり寄進しなさい」


 ドン引きして私を押しのけるエリスだが、どうやら夕食を用意してくれそうだ。

 慣れた様子で手際よく残り物を再度調理していく。(まかな)いを作ったばかりだったのだろう、火種が残っていたようで良かった。


「昨日たくさんしたのになぁ」


 私は寄進箱に大銅貨を3枚入れ、椅子に深々と腰掛ける。大きく伸びをして体をほぐしていると、すぐ食事が運ばれてくる。ありがたい。


 神は宣えり、食事と睡眠は知の源、と。


「よく食べるねー、今日まだ研究続けるの?」


 マッシュポテトを掻き込んでいると、エリスが向かいに座り話しかけてきた。

 柔らかな笑顔だ。彼女は自分が食べるのも好きだが、人が食べるのを見るのも好きらしい。


「研究じゃなくて調査が中心だけどね。大丈夫、夜食には揚げ菓子を買ってきたから」


 エリスは驚きの表情に変わり、そこから口元をへの字に曲げ私を睨みつけてくる。


「今殺意が芽生えた。賠償として子供たちに勉強を教えなさい、もしくは私の論文を査読しなさい」

「忙しいからしばらく無理だよ、論文はスティーブに読んでもらったら?」


 私の言葉にエリスは半目で疑惑の表情を向けてくる。


「あの豆もやしに~?」

「あいつは肉体労働には何の役にも立たないけど、査読とかは得意だよ。よし、それじゃ行くね」


 野菜スープを飲み干し、席を立ち、皿を洗い場へ持っていく。

 表情のコロコロと変わるエリスとの会話はまたの機会に楽しもう。彼女は触り心地もとても良いし。


「相変わらず食べるの速いね。仕方ない、後片付けはこっちでしておく。貸しだからね」


 エリスの言葉に、私は手を振って応えた。




 資料室は中二階にあり、私が入る前から少し奥でランプが灯っていた。灯りのそばに先客が見える。

 ここは天井が低く、奥行きが広い、かなり細長い構造をしている。ランプでは一部しか照らされず、目当てのものを探すのは苦労する。しかし150年前実際にあったことなのだから、書庫ではなく必ずここに記録があるだろう。

『知識の神』の神殿の記録は他のものより詳細であるが、筆者による考察や注釈が付け加えられていることが多い。なので精査が必要である。ここで国立図書館で調べた他の資料が役立つのだ。


 さて、まずは探さないと。

 入り口でランタンを灯す。150年前の資料があるのは奥の方だろうな。紙と埃の匂いの中、奥へと向かうと、そこから立ち上がる先客に声を掛けられた。


「何をお探しかね」


 髪はボサボサ、髭は伸び放題、落ち窪んだ目はギロリとする。身に着けた白衣は薄汚れ、怪しさしかない外見だが、物腰は紳士的だ。

 私は軽く手を挙げ挨拶する。


「こんばんは、ジャクソン、最近見ないと思ったらこんな所に居たんだ」


「うむ、ここに知識を蓄えるものは多いが整理が足りとらん。正しく整理せねば、知は独りよがりのものになり、万人の幸福へとは繋がらないだろう。後人(こうじん)のため、吾輩がやるしかあるまい」


 ジャクソンは、ランプの光を背に受け、芝居がかった様子で言う。

 意外に信念を持ってやっているんだな。感心する。


「立派な考えだな。それに私も助かる。150年前に起こった出来事の記録を探しているんだ」


「ふむ、150年ちょうど前かね?その前後かね?」

「ちょうどだ」


 ジャクソンは顎鬚(あごひげ)をゆっくりと撫で、取り出した目録をめくっていく。

 ぱらぱらと音が響き、止まる。


「E2とE3だな。この図を見給(みたま)え、この棚とその隣のこの棚だ」


 ジャクソンの骨ばった手が、作業台の上の平面図を見せ、指し示す。


「ありがとう、お陰で今日も睡眠の時間が取れそうだよ。今度食事でも(おご)るよ、普段着もプレゼントしようか?」


「気にするな、吾輩も貧にして楽しむことを心掛けておるのだ」


 無粋(ぶすい)だったかもしれない。ジャクソンにも(こだわ)りがあるようだ。

 それでも揚げ菓子をいくつかジャクソンに押しつけ、棚に向かった。



 示された棚を探すと、確かにそこには150年前の記録が並んでいた。図書館での調査から魔神の襲撃は今の時期と同じ晩春であったと分かっている。

 その時期の記録を順に目を通していく。ほどなく魔神についての記述が見つかる。記録は多い。たくさんの記録を見比べ、図書館の調査とも比較し、事実を抽出していく。

 本人が目で見たからと言って事実とはたりえない。人の記憶は歪む。衝撃が強ければ、肥大する。

 とは言え確実な事実のみを求めるのでもない。ある程度確率が高そうなら、考慮に入れ、戦術の柔軟性の内部に取り込む。強固な芯を持ち、柔らかに汎用性を持たせるのが基本だ。

 柔軟性の外には余白も残せ。というのは父の言葉だ。時には大幅な転換も辞さない心を用意しておけということだ。


 話が逸れてしまったか。得られた情報をまとめよう。

 まず魔神が最初に現れたのは東にある近郊の農村、穀倉地帯。そこでも住民の避難の間、小勢(こぜい)の正規軍が抵抗したが飛行する魔神には有効打を与えられなかった。

 その後いくつかの農村を襲撃してから、オウルシティに飛来した。

 引き連れていた下級妖魔(インプ)異界の獣(オッドビースト)は正規軍で撃破したが、魔神は滅ぼせず、一昼夜戦い続けた。魔神は3m前後でコウモリのような黒翼をもつ人型。膂力(りょりょく)に優れ、音声を用いた魔術で吹雪を操った。

 天啓を受けた『芸術の神』の司祭エルムトは祈りを込めた歌と演奏で、魔神を弱らせ大地に落とし、封印することに成功した。魔神をさらに弱らせ続けるため『芸術の神』の神殿の建立を進言したという。


 なるほど、対策が見えてきそうだ。

 ここは睡眠をとり、頭の中を整理しよう。

 既にジャクソンもいなくなっている。

 私は灯りを消し、私室へと戻った。




 窓から見える太陽はすでに中天に近い。

 神殿に併設された寮の私室は、どれも家具はベットと机に椅子、本棚に衣装棚だけの小さくシンプルなものだ。神官になり私室を与えられたが、ただの信者の間は相部屋を用いていた。


 今日は遅めに起き、2日後に向け生活リズムを少しずらしている。

 私は朝の祈りと鍛錬をすでに終え、外の井戸から汲んだ水で布を濡らし、汗をかいた体を拭う。

 我ながら引き締まった良い肉体だ。入念にストレッチをし、柔軟性も十分にある。


 脳と肉体はともにある。脳を覚醒させたければ、肉体を覚醒させよ。

 運動不足の多い『知識の神』の信者たちは、もっとこの言葉を意識すべきだな。

 まあ、この時間帯は手が空いている神官たちは子供たちに読み書き算術を教えているが。


 さて、こちらの調査は予定より早く終わった。そうなると先にJJと合流し情報を交換しておきたい。

 そのあと道場にも行くかもしれないので、装備を整える。

 差し入れも買って行った方がいいかな?

 行きがてら美味しそうなものを見つけたら買うとしよう。


 今日はジョギングのペースで街を走る。このペースなら挨拶を交わしながら向かうことができる。

『知識の神』の神殿は商業地区と居住地区の間辺りにあるので、多くの人々と顔見知りだ。

「こんにちは」など普通の挨拶の他に「今度うちの息子の根性を入れなおしてくれ」などと、何故かよく頼まれる。不思議だ。

『芸術の神』の神殿は中央地区の端にある。私は商業地区を通るルートで向かうことにした。



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