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03 千里の道も一歩から


 依頼を受けると、マスターはこの部屋を使っていいと言って出て行った。話があるなら呼べ、とのことだ。

 作戦を急いで練らねば。魔神の封印が解けるまで、わずか3日しかない。

 シュッと息を吐き、虚空を()め付け、集中する。

 胸を張り、仲間たちを見まわし、口火を切る。


「私とJJは文献調査だな。私は国立図書館に先に行き、その(のち)『知識の神』の神殿にて調査する。JJ!」


「俺は親父と兄貴に進んだ分の情報を聞いたら魔術師ギルドに行くつもりだ。夜になったら親父たちの研究を手伝うだろう」


 JJは堂々としたバリトンの声で朗々と発言する。まるで歌劇の一場面のようだ。

 私は頷き、テーブルの上に腰掛けたロイゼルの方に近寄る。


「よし! ロイゼルは」

「分かってるって、今回の件で暗躍してそうな奴を探すんだろ。盗賊ギルドに行って、片棒担ぎそうなバカでも当たってみるさ。経費に銀貨30枚渡しておいて」


「頼んだ。危険そうだったら、すぐに引きなよ」


「大丈夫、引き際は僕の方が分かってるから」


 なんだかんだ言っても芯のしっかりした少年だ。裏の社会のことはロイゼルに任せるしかない。

 私はロイゼルに銀貨を渡し、椅子に座ったティントの方へゆっくりと近づく。足をブラブラさせていた彼女はムスッとした顔を上げる。


「こんな依頼嫌よ、嫌な予感がするもの。私のこういう勘は当たるの」


「そう……」


 私はじっと彼女を見つめる。

 ティントは軽く舌打ちすると、唇を尖らせながら言葉を続ける。


「まあ、調査ぐらいは手伝ってあげるわ。私は森に行ってくる。150年前だったら実際に見たジジババもいるかもしれないしね。ジジババの話はクソ長いし、帰ってくるのは急いでも2日後ね」


 彼女の故郷であるエルフの森はオウルシティ東門から北東へ、わずか半日でたどり着ける。エルフの集落とヒューマンの多く住む都市がこのように近い距離にあることは極めて珍しい。それは初代オウル国の国王との盟約によるもので、今も守られ、森は美しい姿を保っている。 


 そんなヒューマンに近しいエルフたちの中でも、特にティントは未成年にもかかわらずオウルシティで暮らしているので、ヒューマンかぶれと年長者に苦言を呈されるそうだ。


「ありがと」と私が微笑みながら言うと、

「魔神とは絶対に戦わないからね。あなたたちで勝手にやりなさいよ」と返してきた。


「……(私に何かできることはあるか?)」


 壁に寄り掛かるシェーラに視線を向けると、目で語りかけてきた。

 実際のところシェーラは情報収集には向いていない。識字が何とかできる程度では文献調査の役には立たないし、捜索を行うほど細かなことに気を配れるタイプではない。

 しかし彼女はこのパーティーにおける圧倒的な戦力だ。戦術は彼女を中心に組まれる。


 不意に父の言葉が思い起こされる。鍛錬の際に言われていた言葉。

 

「……窮地を救うのは、いつも純粋な力だ……」


 自然と口から言葉が漏れる。


「天啓か?」

「……多分」


 JJの質問に曖昧に答える。『知識の神』の天啓とはそういうものだ。その先は自分で判断せねば。


「JJ、魔神の戦い方で今の時点で分かっていることは?」


「そうだな、まだあまり分かっていないぞ。二足歩行で魔術を行使することくらいだ」


 その程度ではまだ戦術を立てない方が良い。柔軟性を失わせるだけだ。

 シェーラは戦闘の専門家だ。どのような状況下でも戦い抜く力がある。

 だから彼女に任せるべきだ。


「シェーラは今まで通り鍛錬を続けてくれ。3日後に向けて状態を整えるんだ」


「……(分かった。父さんは討伐に出ているから、バウディス先生の道場で鍛錬する。用があればそこに)」


 シェーラは目で語り終えると、軽く目を閉じた。

 バウディス先生は父が現団長を務める傭兵団の先代団長で、今は引退して道場を開き、様々な状況下での戦闘術と生存術を教えている。

 私も先生にはお世話になっている。


 各々やるべきことは決まった。決まれば前に進むのみ。


「よし! 明日(みょうにち)太陽の沈む頃中間報告! 場所はここだ! 中間報告は来れるものだけでいい! 明後日同刻結果報告!問題ないな? ……では、解散!」


 解散の声と同時にロイゼルが部屋から飛び出していく。少年らしく元気なものだが、足音は聞こえず、その身は(かろ)やかだ。私も続く、国立図書館までは四半刻(しはんとき)ほどかかる、急がねば。

 ティントは椅子からぴょこんと跳び歩き出し、JJは音の鳴る箱を肩に乗せ、シェーラは武具を取りに私室へ向かうのが目の端に映った。


 冒険者の店から外へ出ると太陽は中天にあった。私は地を指先でつかみ、蹴りだす。

 大通りの風景が流れていく。呼吸を乱さぬよう意識し前へ前へ。




 しばらく走ったか。

 前方に白亜の巨大な建物が見える。オウル国が誇る知の宝庫、オウル国立図書館だ。威風堂々たるその姿は国の誉れである。図書館は広く国民に開放され、特別許可を得れば異端とされている書物も閲覧できる。


 入口で持ち物のチェックを受け、武具を預けたのち、エントランスホールで司書さんに150年ほど前のことが書かれている史書、記事、公的記録などが分類されている区画を尋ねる。

 一般開放区画だけでも約20万冊の蔵書があるここでは優秀な司書でなければ目当ての書物のある位置は分かるまい。


 司書さんが調べてくれている間に改めて図書館の内部を見回す。内部にいる人々は100人を下らない。各々書物を読んだり、荘厳な建築を眺めたりしている。

 図書館は外から見ても美しいが、中からだとその比ではない。エントランスから左右に伸びるその空間はおよそ長さ80m、幅14m、高さは11m、中央部は楕円形のドームで天井まで13mほどある。天井フレスコ画は光の神々の威光を描き、精緻(せいち)で実に見事、小さな天窓から入り込む光がその美しさを際立てている。書棚は穏やかな装飾が施され、規則正しく収められた大量の蔵書は、私に感動と喜びを与える。

 ここはこの国で最も豪華な場所だろう。おそらく国民に知の喜びを知ってもらいたいのだ。


 司書さんに声を掛けられ我に返る。史書と公的記録は近くにあるが、記事は別館のようだ。欲する情報が書いてあるかは分からないが魔神の襲来は大事件だ。何らかの記述はあるはず。

 司書さんに礼を言い、まずは史書の置かれた区画へと向かう。近くから順に調べるとしよう。



 大量の書物に囲まれると、時間(とき)の流れのなんと早いことか。閉館を知らせる鐘の音が響く。

 ともあれ大まかなことは分かった。


 史書には、ちょうど150年前現れた魔神により、多くの被害が出たが、『芸術の神』の司祭エルムトの活躍により打ち倒し、その功績と『芸術の神』の威光を(たた)え神殿をそこに建立したとある。オウル国建国が160年前であるから建国初期のことである。もっともオウル領は400年ほど前からあり、この都市の歴史も長い。


 公的記録からは具体的な被害が分かった。774名の死者、2500名を超える重傷者、近郊の農畜産物が多大な被害を受け、国庫の食料備蓄をほとんど放出し、多くの商家から寄付がなされたようだ。


 記事にはまず、吹雪を操る体長3m超の魔神が下位妖魔(インプ)異界の獣(オッドビースト)を従え飛来したという報せと避難勧告が記されていた。そして数日後、司祭エルムトの美しい歌声と演奏が響き渡ると、魔神は苦しみだし、大地に落ちて、その隙に騎士団によって討滅ぼされたと。


 色々と推測できることがある。

 打ち倒したと記録されているのは人々を安心させるためだろう。都市の内部に封印していると知られれば、今日の発展は見込めなかったに違いない。

 作物への被害などから吹雪が広域に及んだのではとも思う。焼き払った可能性もあるが、魔神は己の能力を誇示することが多いので、その可能性は低めだろう。

 また、記事はこういった場合大げさに書かれても、控えめに書かれることはあまりない。なので魔神の体長は人よりは遥かに大きく、だが人と比較できないほど圧倒的に巨大というわけでもない。飛ぶというのもおそらく事実だ。

 司祭の歌声と演奏が魔神を苦しめたのが、正確なことなのかはまだ分からない。『芸術の神』の力が何らかの影響を与えたのはおそらく確かだろう。


 こんなところか。 

 後は『知識の神』の神殿の記録を調べよう。

 帰り道でランプ用のオイルと片手で食べられる夜食を買う必要があるな。



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