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02 ファニーな仲間とヘビーな依頼


〈古代遺産への道〉亭は老舗(しにせ)の冒険者の店だ。

 かつては八大英雄のうちの一人聖者ヒビリスク、少し昔だと現魔術師ギルドの長ラオティ師もここに在籍していたらしい。ベテランからルーキーまで手の届く幅広い依頼と宿泊費用。元冒険者の店主(マスター)が人を見て、できる限り力量に応じた依頼を紹介してくれる。


 そのため現在もオウルシティでも一二を争う人気の冒険者の店、なのだが今日は数グループしか冒険者はいないようだ。それもそのはず2週ほど前から街道にワイバーンの群れが現れていて、ベテラン冒険者はほとんどそちらに駆り出されている。

 必然ルーキーたちの負担も増える。かくいう私たちも討伐依頼から昨夕戻ってきたばかりだ。


 店内に入るとJJはマスターのもとへまっすぐに向かった。私は普段着姿の仲間たちのもとに。

 私とJJ以外の仲間はここに生活拠点を置いている。


「お待たせ」


 声を掛け、年季の入った椅子に座る。窓から光が差し込み店内は明るい。

 先客がなければ、いつも陣取っている席だ。ここは落ち着く。


「仕事のときは早めに来いよな」「別にあなたを待ってるんじゃないわ」


 先に言ったのはロイゼル。成人したばかりの15才でパーティー最年少だ。スラム育ちの盗賊なのだが、大きな目に長い睫毛(まつげ)を持ち、顔立ちは非常に整っている。どこぞの貴族の落とし(だね)かもな。

 軽装の少年が体を動かすと、それに伴ってダークアッシュの髪も柔らかに揺れる。

 

「それは悪かったなー、没個性少年。もっと筋肉をつけたまえ」

「誰が没個性だ、LやJJみたいに悪目立ちして仕事になるかよ。筋肉もつけすぎると仕事の邪魔」


 それは分かっているのだが、私と同じ身長なのに私より明らかに体重が軽いのが気に食わないのだ。

 いつものやり取りなので軽く流されてしまったが。


「ちょっと、なんで私に返事をしないのよ」


 テーブルに両肘をついて、子供っぽくふくれているのはティント。上質の絹のようになめらかな緑みを帯びた金髪、宝石のように輝く碧眼(へきがん)、透き通るような白い肌、とても美しいエルフだ。ちっこいけど。

 浅葱(あさぎ)色のワンピースを着ているが白の方がきっと似合うだろう。

 健康的な美少女の私とはちょっとジャンルが違うな。


「うーん、背の順?」

「何で疑問形!? 私のこと舐めてるでしょ。森で迷子になって泣いているあなたたちを助けてあげた恩を忘れて!」

「10年以上前のこと持ち出されても。それに泣いてたのはJJで私は泣いてなかったよ」

「そうね、あなたは私の腰位の身長の頃から、その生意気な目をしていたわ。あの頃のJJは可愛かったわね、今は面影もないけど」


 ティントはお姉さんぶるのが好きなのだ。でもエルフは100才で成人なので98才の彼女は、実はパーティーで唯一の未成年。そんな彼女のリアクションが面白いので普段から私とJJでついつい(いじ)ってしまう。


「ティントは出会った頃より小さくなったねー」

「小さくなるわけないでしょ! 出会ったときよりも1cm伸びてるし! 私はほぼ標準身長、シェーラとJJが大き過ぎるのよ」


 あ、矛先が移った。

 名指しされたシェーラがこちらを見つめてくる。目力(めぢから)が強い。

 シェーラはJJ程ではないものの180cmを優に超える長身で、その肉体はネコ科の肉食獣を思わせるしなやかな筋肉で覆われている。プラチナブロンドの髪は短く切られ、繰り返すようだが目力がとても強い。


「……(鍛えれば大きくなる)」


 と、シェーラは目で語っている。

 彼女は誓いなのか何なのか、喋ることがない。彼女は私が7才のとき、傭兵である父が連れ帰ってきた。両親は魔物に殺されたと思われるそうだ。その時から彼女は私の家族だ。年齢は多分私と同じで17才。

 9才で『知識の神』の神殿に入った私と違い、ずっと父に戦士として鍛えられている。


「筋肉はつくかもしれないけど、背は伸びないでしょ」

「……(鍛錬が足りない、あと食事も)」

「いやいやいや」


 ティントとシェーラは会話を続ける。このようにシェーラは喋らなくても目で意思の疎通が可能だ。

 あれだ、目は口ほどに物を言うというやつ。


「まあ、いいわ。それにしてもJJとマスターの話、長いわね」


 ティントは大きく伸びをして、カウンターの方へ体の向きを変える。あちらではJJとマスターが深刻そうな表情で話し合っている。今回の依頼は一筋縄ではいかなそうだ。



 その後しばらく皆で果実を食べながら他愛のない会話で時間を潰していると、ようやくマスターが奥の部屋に来いとジェスチャーを送ってきた。

 私たちは軽く(うなず)き、奥へ。その部屋は外部に音が漏れぬよう付与魔法による魔術文字が刻まれ永続的に加工してあると聞いている。付与魔術師は非常に希少だというのに、さすがは老舗。


 部屋は唯一ある小さな窓がカーテンに覆われ、テーブルとそれを囲む椅子だけが置かれている。

 ほの暗いその部屋に入るとマスターは厳しい表情で私たちを迎えた。マスターの眉間に刻まれた深い皺と(たか)のような鋭い眼光は、積み重ねた経験と意志の強さを感じさせる。


「まず分かっているとは思うが、依頼内容を聞いて断る場合、決して内容を漏らすなよ」

「依頼を聞いても断れるなんてご親切なことね」


 ティントは軽口で返すが、この薄暗い部屋で向かい合う真剣な様子のマスターはなかなかに威圧感がある。私とロイゼルは黙って頷き、マスターの言葉を待つ。


「依頼は芸術の神の神殿からだ。……単刀直入に言うぞ。実は神殿に封印させている魔神がいるのだが、その封印が解かれようとしている」


「「「は?」」」


 思わず3人の声が重なる。厄介事とは思っていたが、さすがにそのスケールは想定していなかった。

 本来私たちが聞くような内容のものではない。

 魔神は光の神々の陣営にも闇の神々の陣営にも属さない、異界からの邪悪な侵略者だ。その力は千差万別だが(おおむ)ね強大で、その辺りの魔物とは比べ物にならない。

 マスターが話すということは対処が可能だということか。例えば再封印の手伝いのような……。

 とにかく詳しく話を聞かなければ判断できない。

 私はマスターの話を促すため、会話を継ぐ。


「さすがに新米冒険者に魔神に関われというのは無茶なのでは?」

 

「確かに無茶な話だという自覚はある。しかしベテランたちは大多数が街道のワイバーン退治だ。念のために残しておいたやつらも他に大きなヤマがあって、すぐに戻れる距離にはいない。正規軍もきっと同じさ、じゃなきゃ神殿からここに依頼が来るはずないからな。

 そういうわけで、今残っている冒険者で一番実力があるのはお前たちだ。新米とは言うが冒険者としての依頼の経験が少ないだけで、それまでに神殿の仕事はそれなりに請け負っていたはずだ」


 この返答の仕方はかなり危険度が高そうだ。

 それに何やらきな臭い。狙ったかのように事態が動いている。


「私たちに依頼する理由は分かったけど、受けるかは別の話だな。詳しい内容を聞かせて」


「魔神が封印されたのは150年前、光の神々の陣営とはいえ小神である『芸術の神』の神殿がオウルシティにおいて重要な区画に置かれている理由もそこにある。

 当時の魔神召喚の犯人や目的などは詳しくは知らないが、『芸術の神』の司祭が魔神との戦いで重要な役割を果たし、また封印の(かなめ)となったと聞く。それで封印された場所に神殿が建立(こんりゅう)されたのだ。JJ、補足はあるか?」


「封印場所に神殿を置いたのは『芸術の神』への祈りが魔神の力を弱め、封印の力を強めるからだという話だ。本来は神殿がある限り封印は解かれないと親父は言っていた」


 JJの言葉をさらにマスターが継ぐ。


「にもかかわらず封印は急激に弱まり、3日後の満月には魔神が解放されてしまいそうだ。満月は異界との繋がりが強くなるからな。

 はっきり言おう。依頼内容は魔神討伐だ、報酬は銀貨2000枚、前金で200枚」


 討伐なのか……。

 果たして私たちに可能か?

 常識的に考えたら無理だ。

 だが、道筋はあるはずだ。


「話にならないわね。その説明では死んでくれと言われているようにしか感じられないわ」


 不機嫌な様子で断るそぶりを見せながらも、部屋からは出ていかない。ティントも話を促し、条件を吟味しようとしているのだ。

 

「そうだな。とはいえ魔神は封印から逃れてもすぐには本調子にならない。神殿も健在である以上、力はさらに弱まっている。それに150年前は力が十分な状態の魔神を封印したわけだからな、その方法は神殿に残されているだろう」


「150年前の資料については見つけ出して、親父と兄貴が全力で研究している。まだ確実なことは言えないが、対処法はありそうだ。しかし再封印は無意味だろう、それを打ち破られたわけだしな」


 倒せる可能性はありそうだ、可能性に過ぎないが。つまり賢い奴なら受けるべき依頼ではない。


 そうだな、あとは覚悟の問題か。


「で、僕たちが依頼を受けなければどうなる?」


 ここまで大人しく聞いていたロイゼルがマスターの瞳を覗き込みながら尋ねる。


「他の奴に依頼して、成功の可能性が下がる。可能性のある奴らが誰も依頼を受けなければ、確実に大きな犠牲は出るが別の手段で対処する」


「卑怯な言い方だな」

「事実だからな」

 

「あーあ、結局依頼を受けない選択肢なんかないんだよ。こっちが断ってもJJは逃げられないからなー。ジジイ共って汚ねーよな」


 まあ、そういうことだ。依頼を受けよう。

 振り返り、仲間たちの様子を確認する。


 ロイゼルは不敵な表情を浮かべている。少年らしい自信だ。

 ティントは心底嫌そうな表情で、ため息をついてる。

 シェーラの目は、私が斬るから問題ない、と語っている。

 JJは最初から覚悟を決めている表情をしていた。その表情に悲壮感はない。やれると信じているのだ。


 熱く、血が(たぎ)る。

 薄闇でぼやけていた視界が定まり、輪郭が明瞭になる。熱き血を送られた脳が活躍の場を求めている。

 それは欲望だ。知への渇望。生存に対する欲求。危難を乗り越える快感。

 それらを求め、思考は逆にクリアになっていく。


 やるからには最善を尽くす。



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