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01 知識の神の武闘派神官


『知識の神』の信徒の朝は祈りより始まる。新たに得た知識や経験を神に捧げるのだ。その際、連想した事や雑念がそれに交じっても神は咎めはしない。神はあらゆる知識を認めておられるのだ。

『知識の神』は過去の祈りの内容から、現在あるいはこれから役立つことを時折天啓として授けて下さる。

 そのため朝の祈りはとても大切なものだ。


 ゆっくりと吐く息とともに汗が額から顎へと伝い、ポタリと落ちる。

 思い浮かべていた先日の冒険者として初の依頼を祈りに乗せ、左腕の小型盾を押し込み、右手の戦槌を振るう。体幹を意識し淀みなく次の型へ。

 これは『知識の神』の信徒の日課、ではなくこの私『知識の神』の実践派神官L・ラプソディの毎朝の日課、神への祈りと戦闘鍛錬の同時進行である。

 その際どちらかが疎かになってしまうようなことがあってはならない。

 

 神は宣えり、何事もバランスが肝心、と。


(エル)・ラプソディ、そこにいますか?」


 青く澄んだ空の下、草花の生い茂る神殿の中庭に、ジャターユ神官長の声が響く。その音に(かす)かな小言の空気を感じる。

 神と知識への感謝で祈りを締め、基本の構えに戻してから武器を納める。

 深く息を吐き、呼吸を整え、向き直る。微笑みを浮かべ、できる限り爽やかに。

 

「はい、神官長、お呼びでしょうか?」


 決まった。実に完璧な猫かぶり。どこから聞いても敬虔(けいけん)な神官の声だ。


「『芸術の神』の神殿より言伝(ことづて)です。〈古代遺産への道〉亭にて話があるそうです」


「承りました、早速向かいたいと思います」


 (しわ)ひとつない神官服を整然と着こなす不惑前後の女性。淑女然とした、しかし眉を(ひそ)める神官長から逃れるため、会話を終わらせようと歩き出す。

 が、神官長は力強い視線を逸らすことなく、話を続けてくる。


「お待ちなさい。あなたの冒険者としての活動が知識の為のものであることは理解します。また、知識の神の戒律は他の神に比べたら緩いものです。ですが、戦槌は純粋な破壊のための武器を禁ずるという戒律に触れかねません。分かっていますね?」


 耳が痛い。しかし決して破壊を求めてこの武器を使っているわけではないのだ。

 知識を得るためには生きているのが大前提。私にとっては戦槌か剣が危険な場所では汎用性が高く、使いやすい武器なのだ。


 生きている間にできる事は生きている間にしかできねえ、この言葉は父の数少ない名言だと私も認めている。


「はい。しかし危険な現場において知識を得るためには必要なものであり、純粋な破壊を目的とはしていません」


「あなたの言い分は分かっています。自覚をもって振るっているのでしょう。しかし無意識に振るえば純粋な破壊となる恐れがあります。それを防ぐための教義なのです。神の御加護を失う一因とならぬよう気を付けなさい」


「はい、心得ています」


 私は神官長を真っ直ぐに見据え真剣に答える。破天荒扱いされる私でも誠意をもって対応しなければいけないときは(わきま)えている。

 私の様子に神官長は少し困った表情を浮かべながらも(うなず)く。


「本筋を見失わぬよう精進しなさい」


「ご忠告感謝します」


 幾度となく繰り返された問答にうんざりとする気持ちは若干ある。だが大切なことだ。神官長は私のために言ってくれている。

 だから感謝の言葉に偽りはない。


 会話を終えた神官長は中庭を去り、本殿へと入っていった。


 快い朝風が吹き抜け、中庭の色鮮やかな草花が舞う。

 私も身支度を整え、自分のあるべき場所、冒険者の店へ向かおう。

 新たなる知識への道を切り拓くのだ!

 今日も昇る太陽の光が(まばゆ)く、とても心地よい。




 ここは賢王の治める国オウルの王都オウルシティ。人口10万人を超える世界最大級の都市の一つ。周囲には古代魔法文明の遺跡が点在しており、一攫千金を狙う冒険者たちが集っている。

 

 賑やかな商業地区では幅広な石畳の街路に露店が開かれ、近郊の農作物や日用品から異国情緒あふれる装飾品や工芸品など様々な物品が見られる。そこでは商魂たくましい人々の交渉する声があちこちから聞こえ、活気に満ち満ちている。


 暖かな陽ざしの中、周囲を眺めながら歩いていると、後方からスタッカートの効いた軽快な音楽が聞こえてくる。

 見ると浅黒く焼けた肌にドレッドヘア、周囲より頭2つ分くらい差のある巨漢。そいつが肩に音の出る箱を乗せリズムに合わせて体を揺らしながら歩いてくる。

 お上りさんなら怯えて距離を置くことだろう、明らかにヤバイ奴に見えるが、実際は別の意味でヤバイ奴であり、私の一つ年上の幼馴染でもある。


「YO! Ⅼ! いい天気だな! 今日も髪型きまっているZE!」


 言葉を流れる音のリズムに乗せ、話しかけてくる巨漢。実に日常的光景である。


「どうも、JJ(ジェイジェイ)。今日も個性的で好感が持てるな。でも喋り辛いから一旦音楽を止めて普通に喋って」


 私の言葉に箱の音楽を止めるため渋々と身をかがめる。巨漢が細々(こまごま)とした作業をするのは中々にコミカル。これが見たくて難癖をつけたのだ。

 ちなみに私の髪は後頭部でまとめ、そこから複数の細かな三つ編みにしている。この良さが分かるのも、彼の腰で揺れる『芸術の神』の聖印が示す通りのものだろう。

 彼が今(いじ)っている音の出る箱も『芸術の神』の神殿で用いられる魔法楽器だ。

 

 JJの父は『芸術の神』に仕える司祭であり、兄は神官長である。だがJJは芸術性を純粋な信仰ではなく魔術研究に見出した。2mの長身に隆々とした筋肉、神官としての血筋を持ちながら、魔術師の道を選んだ中々可愛い奴だ。

 こんな奴と二人で一緒にいると非常に目立つため、この辺りの地域ではそこそこ有名だ。

 私が一般的成人男性より背が高い美少女だということもある。

 そのため頻繁に街の人たちから声が掛かる。


「よう、LにJJ、いい野菜取れてるぜ」「うちの方が安いぜ、神殿には世話になってるからな」

「おっちゃん、今日は神殿の買い出しじゃないんで、別の日にね」


 等々いくつもの売込みや挨拶にこちらも軽く返し、街路を進んでいく。


「L、この果物食べなよ、今年のは出来がいいんだ、甘酸っぱくてうまいよ」

「じゃあ、6個貰おうかな」


 おばちゃんから買った柑橘の皮をむき、一片口に含む。爽やかな香りと酸味を楽しみながら歩いていると、音楽を止めたJJが追い付いてくる、若干不満げな表情を浮かべて。


「話し辛いから音楽を止めろと言っておいて、先に行くのはどうなんだ?」

「JJの方が歩幅が大きいから問題ないでしょ」


 そう言って、私は果実を一つ放る。緩やかな放物線を描いたそれを自然な動きでつかみ、JJは懐にしまった。今食べる気はないらしい。


「まあ今日は散策してるわけじゃないからな、そろそろ急ぐか。約束の時間帯になる」


 JJは気持ちを切り替えた様子で、大股に歩く。いつもより真剣な面持ちだ。

 いつも陽気なJJがこの様子だと深刻な事態なのかもしれない。


「そっちの神殿の依頼か何かがあるんでしょ?」


 JJはこちらを見ずに何かを考える様子で虚空を見つめている。


「ああ、詳しくは着いてから話す」


 空はこんなに晴れやかなのに、雲行きが怪しそうだ。

 

 私たちは自然と言葉数が少なくなり、冒険者の店、〈古代遺産への道〉亭へと急いだ。




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