プロローグ 神官はかく祈りき
ランタンの光に照らされる薄暗い洞窟の小空間。ごつごつした岩肌がむき出しで当然整地などされていない。そこは前後に伸びる通路と比べて大きく広がっている。コボルトが掘り広げたらしき拡張もあり、足元に注意すればここまで来るのに苦労はなかった。
この場所はわずかに流れる空気を感じるが、やはり淀みを感じる。長居して楽しい場所ではない。
私たちはオウルの国の首都オウルシティの北西に位置する農村ワーリーフの依頼でここにいる。
元々の依頼内容はゴブリン退治。村は農作物や家畜が食い荒らされる被害を受けているそうだ。足跡等の痕跡から調べてみるとコボルトであることが分かったが、どちらにせよ村にとっては害獣だ。退治依頼に変更はない。
盗賊のロイゼルが痕跡をたどり山間にこの巣穴を見つけた。夜行性のコボルトたちの活動が鈍い昼のうちに急襲し、今に至っている。
倒してきたコボルトたちの血臭が鼻に残る。
さっさと終わらせて水浴びをしたいものだ。オウルシティなら公衆浴場で温かい湯につかることもできるのだが。
「他は全部回ったからコボルトたちのリーダーはこの奥かな?」
殿を行く私は前方の仲間たちに尋ねる。言葉を受け仲間たちは歩みを緩めた。
「土の精霊が言うには人が通れるサイズの空間はこの奥の比較的大きな空間で終わりだから、そうなんじゃないかしら」
後衛の小柄なエルフ、ティントは精霊の力を借りることができ、特に土の精霊と仲が良い。自然洞窟に近い状態だと大体の形が分かるのはありがたい。
「よし! じゃあ、ここらで気分をアゲるためのミュージックをスタート!」
血に塗れた岩を右手に持っていた巨漢、JJはごそごそと背負い袋から箱を取り出す。それを操作し魔力を流すとテンポの速い勇壮な音楽が流れ始める。
確かにこの音楽はテンションが上がってくるな。洞窟内の駆除作業は鬱屈した気分になりやすいから、その解消にもなる。
「これだけ騒いだから奇襲できないのは、もう仕方ないとして。JJ! 魔力を温存するって言って、岩でコボルトを殴る魔術師のやることがそれかよ!」
先頭を行く盗賊のロイゼルはツッコミどころが多いと頭を抱える。
対してJJは人差し指を高々と上げ、逆の腕で腰に手を当て片膝を曲げてポーズをとる。
「いいんだZE! もう、負ける要素はないYO!」
それに合わせ金属鎧の女戦士シェーラも無言で鞘の留め金を外し、無言で剣を掲げる。ヤル気は充分だ。
熱くなってきた。私も戦槌を握る手に知らず力がこもる。
「オッケー! 行こう! デストローイ!」
私は掛け声をかけ、進みだす。
それをロイゼルが慌てて制止する。
「待て待て待て! 隊列を乱すな、L! 罠があったり後方から襲われたらどうするんだよ!」
再びロイゼルが先頭に立ち、私は最後尾に戻される。ティントにジト目を向けられ、私は目を泳がせ頭を掻いた。
200mほど進んだだろうか、前方の大きな空間に生き物の気配を感じる。奥の空間はランタンでははっきりと見通せなそうだ。中ではコボルトたちが態勢を整えているだろう。
ロイゼルが皆を制し、私たちは臨戦態勢を取った。空間の入り口に近づくと、JJとティントは詠唱を開始。
JJの豊かに響くバリトンの声と、ティントの鳥の囀りのように澄んだ声が、箱から流れる勇壮な音楽と交じり、調和する。
詠唱を完成させたJJは右手に持った杖を空間の中央部、天井の方に向け【魔法光】を放つ。【魔法光】は天井にとどまり、空間を照らした。
それを合図にシェーラとロイゼル、それに私が一斉に突撃。
前方に見えるのは二足歩行の犬頭。粗末な槍を持つ小さいコボルトが8匹、その後ろに汚れた大剣を持つ2m強の大きなコボルトチーフ。そのうちの4匹が私たちの動きを見て飛び出してくる。遅れて残りの4匹がコボルトチーフに吠えられ、走り出す。
先行するコボルトと私たちの距離が10m程度に縮まった時、コボルトの前の地面が揺れ動き、形を変えた。4匹のコボルトは突然の変化に対応できず、転倒する。ティントが土の精霊に力を借りた【地変】の魔法だ。
私は右に、ロイゼルは左に進路を変え、シェーラはそのまま直進、倒れた4匹に迫る。
シェーラは移動の力を利用しつつ、右足をブレーキとし溜めの構えを作ると、下半身から一気に力を開放し、凄まじい速度で両手剣を豪と薙ぐ。
馬車にでも撥ねられたかのような、凄惨な音。
倒れていた4匹のコボルトたちは為す術なく千切れ飛ぶ。
圧倒的な暴力を前に、残る4匹のコボルトは怯み、勢いを失った。
私は怯んでいる右端のコボルトを狙い、即座に距離を詰め、相手の視界をふさぐように小型盾を押し付けると、そのまま戦槌を相手の脇腹へと打ち据える。
ぐしゃりと骨を砕く感触。内臓まで達したであろう、十分な手応えだ。
倒れたコボルトから次のコボルトへと構えを向ける。
ロイゼルの方をちらりと見れば、左端のコボルトが首筋にダガーを2本突き立てられ、血を噴出しもがいている。ロイゼルはもう1匹のコボルトに横蹴りを放ち、再び距離を取り直す。
ロイゼルの蹴りで2匹のコボルトの体がぶつかる。
そこに戦車のようにシェーラが突貫。慌てて避けるコボルトはバランスを崩す。
それを見逃さず間合いを詰め、私は体重を乗せてコボルトの頭に戦槌を振り下ろす。コボルトが防ごうと咄嗟にかかげた粗末な槍諸共頭蓋を砕く。
ロイゼルの方も済んだようで、血溜まりに沈むもう1匹のコボルトは咽頭に突き刺されたのであろう短剣が、襟首から刃先を覗かせている。
シェーラはそれらを意に介さず、一気にコボルトチーフの方へ駆ける。
辺りに濃密な血臭が漂う。
最早残るはコボルトチーフ1匹のみ、その瞳は怒りに燃えているように見える。
悪く思うな。人里に手を出してしまった以上、共生は無い。村の人々も作物を失っては飢えて死ぬかもしれないのだ。
コボルトチーフは振り絞るように吼え、迫る女戦士に薄汚れた剣を大上段から振り下ろそうと筋肉が膨張する。
シェーラは強く地を蹴り、さらに加速。両手剣をコボルトチーフの首筋に突き入れ、そのまま止まることなく体をぶつける。
コボルトチーフの頭部は跳ね落ち、残された肉体は衝撃に吹っ飛ぶ。勢いのままシェーラは前転。コボルトが持っていた剣はシェーラの後方に虚しく落ちる。
やられる前に殺れ、父の教える生き残るコツの通りだ。
私たちもかすかに息があるコボルトにとどめを刺す。長く苦しませるのは良くないことだ。
共生できない以上、下手な同情は禁物。言葉の通じる相手ではないのだから。
しかしふと考える。逆を言えば言葉が通じれば他の道もあるのかもしれない。そういえばホビットには獣の吠え声を理解する者がいるという。その者に教えを請えば理解できるようになるだろうか。まあホビットは一所に落ち着くことができない生き物なので、教えを受けるのは難しいが。
ともあれ殺生をせずに済むことが増えるかもしれないので考慮には入れておこう。
空間の中央部、コボルトチーフの亡骸を見下ろしていたシェーラは両手剣を鞘に納める。大量の返り血を浴びた兜を外し、ゆっくりとこちらに戻ってくる。
その目は、終わったぞ、と告げていた。
週2回は投稿できるようがんばります。
6/15 ラノベの基本ルールに反した書き方をしていることに気付いたので修正しました。
ルール、文章の誤りなどをご指摘いただけると大変ありがたいです。