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ユストは依然として、内心ではダグラスに賛同できずにいた。しかし、約束を破るのはユストも本意ではないので、やや憮然としながらも、ルミナの来訪を待っていた。ちなみにダグラスは、長期に渡って留守にすると出掛けてしまった。本腰を入れて捕虜の捜索を開始したのと、喧嘩後のきまりの悪さが理由である。


「ダグラスにはやってみると言ったが、具体的には何をしたら良いんだ?」

「えっ!?えぇと、ですね。あの…それは僕にもよくわかりません…」


朴念仁のユストが、恋のイロハを知る由もなく。かと言って、人並みに興味はあれども恋愛経験は無いオルナンに、的確な助言ができるはずもなく。要するに八方塞がりであった。


「無難に贈り物、とかでしょうか?」

「どこにそんな資金がある」

「あ、愛のここ、告白とか……てへへ」

「………」


ルミナを騙して城を案内させた時でさえ、既に良心が痛んだユストには、どだい無理な話である。険しい表情で考え込むユストだったが、不意に顔を上げると自分の侍従に問いかけた。


「……オルナンは、ダグラスの意見が正しいと思うか?」


オルナンは何度か瞬きをした後、少しだけ目元を和らげてこう言うのだった。


「…間違ってはいないと思いました。でも、全部正しいと言い切るのは、違う気もしました。僕はユスト様が信じた方法を信じます」

「そうか…」


真っ直ぐ向けられる視線を心地良いと感じながら、ユストも淡く微笑んだ。


「お前の素直さには助けられる」

「へ?」

「ただの独り言だ」


どこか吹っ切れた様子のユスト。ところが待てども待てども、ルミナが扉を叩く音は聞こえてこなかった。

ダグラスが戻らない限り、ユストが屋敷を留守にするのは極力避けたい。あのルミナの性格からして、そんなに日を空けずにやって来るとたかを括っていたのだが、その後およそ三ヶ月半に渡って彼女の訪れは途切れてしまう。

やはり『我儘姫』の気まぐれだったのかと思う反面、何か動けない事態でも生じたのかと気になった。ユストは心配だという胸の内を、決して顔や態度に出さなかったものの、オルナンは主人の思考をちゃんと読み取っていた。

親しみやすい性格のオルナンは、食材を運んでくる騎士と、気兼ねなくお喋りできる程度の交流があった。そこで、ユストの為にいつもの短い世間話を交わしながら、ルミナについての情報を聞き出してきた。


「大変ですっ、ユスト様!」

「どうした」


食材の入った木箱を抱えたまま、駆け寄ってきたオルナンの顔色は真っ青だった。自然とユストの表情も固くなる。


「る、ルミナ姫が…毒を盛られて、倒れたと…」


その時、何と言葉を返したのか、ユストは覚えていない。

ルミナが持ってきてくれた花はとっくに枯れ、空っぽの花瓶だけが鎮座しているのが、以前にも増してひどく寂しい感じがした。


時間は遡り、建国祭直後のこと。

ルミナはいつものごとく、王城へと足を運んだ貴族達に不平不満を述べ、困らせていた。自分への貢ぎ物を要らないだの、好みではないだのと、全てを突き返す勢いだった。見兼ねたカーラル女王がルミナを叱責し、嫌そうにしながらも品々を受け取らせる事で、何とか事態を収束させたという。

事件が起きたのは、それから二十日後。

朝から具合が悪いと話していたルミナは、夕方になって急に倒れた。下された診断は『劇物による中毒症状』だった。


以上が、オルナンが騎士から聞き出した情報の概要である。騎士曰く、命に別状はないらしい、との事だった。

あのルミナのことだから、恨みを買っている貴族は多いだろう。むしろ、よく今まで殺されなかったなと思うくらいだ。


(国民の敵はバサノス王。貴族の敵はルミナ姫…?)


浮き彫りになったのは、違和感しかない、なんとも奇妙な構図であった。




ユストの胸に暗雲がたちこめた頃、王城の一室では、シャーラが主人の介抱に勤しんでいた。

窓の近くの椅子に腰掛けるルミナは、普段と何ら変わらない様子に見える。


「お加減はいかがですか?」

「あれから何日経ったと思っているの?もう大丈夫よ。シャーラは心配性ね」

「昔から姫様が仰る大丈夫はあてになりません」

「本当に平気よ。毒なんて……今更でしょう」

「姫様…」

「食事には気をつけていたけれど、保湿剤に仕込んでくるとは迂闊だったわ」

「わたしの落ち度です。申し訳ございません」

「落ち度はわたくしにもあるわ。もう過ぎた事よ。反省は次に生かせば良いのだから」

「…はい」


積み上がった貢ぎ物の山に紛れていた保湿剤。それに毒が混ぜられていた。一度に使う量は僅かでも、続けて使えば体内に毒が蓄積されていく。ゆっくりと自覚の無いまま、しかし着実に、ルミナの体は毒に侵されていったのだ。


「犯人を追及しなくて、本当に良かったのですか?」

「愚問ね、シャーラ。贈り物をしてきた貴族を捕らえて何になると言うのよ。元凶を断たなければ意味が無いわ」


ルミナが言う元凶とは、義母にあたるカーラル女王の事である。

バサノス王の愛人だった母と共に、ルミナはカーラル女王に虐げられてきた。それこそ、生まれる前から憎まれており、月日を重ねるごとに憎悪は強くなる一方だ。今回の一件も、裏で貴族と手を組んだ義母の謀略に決まっていると、ルミナは踏んでいた。

毒を盛られた回数は、もう数えきれない。

暴力だって、痛みに慣れてしまうほど振るわれてきた。母だってカーラル女王に殺された。

唯一の肉親であるバサノス王は、ルミナに何の興味も示さない。ルミナが殴られ、蹴られているのに見向きもしない。ただルミナが『我儘姫』になる時だけ、体裁の為に叱る真似事をする。そんな関係でしかなかった。


「…次の春が来る頃には、きっと全てが終わっているわ」


森の向こうを見つめるルミナの横顔は、ただただ穏やかで、悲愴さは感じられなかった。


「苦労をかけるわね」

「良いのです。恐れながら、わたし達は家族のように育った仲ではありませんか。家族は苦しみを分かち合うものです。姫様が気に病む事は何もございません」


シャーラの母は、ルミナの乳母だった。つまりルミナ達は乳兄弟という訳だ。幼い頃から一緒だった彼女達の結束は非常に固い。淡々とした振る舞いを崩さないシャーラが、ルミナと二人の時だけは、姉のような優しさを滲ませるのが良い証拠だ。

初めから、ユストが心配していたような険悪な主従関係など無かったのである。


「ありがとう」

「とんでもありません。いつ、何時でも、頼ってください」

「ええ。明日からはまた『我儘姫』にならなければいけないもの」

「ではわたしは『不憫な侍女』を完璧に演じてみせます」


小さく笑う合う二人は、互いの両手をしっかり握り合っていた。

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