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この小説では「忠誠」ではなく「忠節」を多用します。打ち間違いではありませんので、何卒ご了承ください。

「ユスト様、この籠どうします?僕が走って返してきましょうか?」

「勝手に処分する訳にもいかないしな…」


ルミナが持ってきたサンドイッチを美味しくいただいた後、残ったのは空になったバスケットだった。勿論、返却するのが道理だが、その為だけにわざわざ森を抜けて王城に行くのは躊躇われた。貴重な珍品ならともかく、たかだかバスケットごときに危険を冒したくないというのが彼らの本音である。ダグラスに見つかったら厄介だという、せせこましい理由とのせめぎ合いで頭を悩ませ、結局、返せる時が来るまで倉庫にしまっておく方向で意見はまとまったのだが、二人の討論は無駄に終わる。


「突然、失礼致します。先日置いていった荷物の回収に参りました」


ダグラスが帰ってくる半日前に、シャーラがバスケットを貰い受けに来てくれたのだ。彼女は今日も相変わらず淡々としていた。愛想もあまりなく、相手に冷めた印象を与える侍女だった。


「ルミナ姫に改めて感謝の言葉を伝えていただけますか」

「賜りました」

「…大変でしょう。色々と」


風当たりの強い主人に仕えるのは、心身共に疲弊していくだろう。そう思い、ユストはシャーラを労わる言葉をかけていた。暴力を振るわれている場面に出くわしているので、さぞかし苦労の絶えない勤め先だろうと案じてしまうのも無理はない。


「お気遣いに感謝致します。ですがご心配には及びません」


ところが、シャーラはユストの気遣いをさらりと受け流してしまった。あまりにも素っ気ないので、大丈夫なのかそうでないのか判断がつかない。

すたすたと去っていく背中を見送っていたオルナンが、ぽつりと呟く。


「…やっぱり『ホシオテース伝説』の根強い国だから、どんな主人にも多少の忠誠心があるんですかね。僕だったら理不尽に殴ってくる主人なんて、給金が良くても逃げ出してると思います」


オルナンが言った『ホシオテース伝説』とは、テル・アゼカ王国発祥のお伽話である。まだテル・アゼカという名前すらなかった、大昔の言い伝えだ。


【その昔、人々を統べる王がいた。そして王には、一人の(しもべ)がいた。僕はいかなる時も王と共に在り、忠節の宣誓を貫き通した。そんな僕を王は讃え、名を持たなかった彼に『ホシオテース』と与えた。今日、その言葉は『忠節』を意味する単語の語源となっている】


その後の時代、ホシオテースの一族が仕えた主君は、ことごとく大成したと言われ『伝説』と呼ばれる所以となったとされている。


【ホシオテース家の者に選ばれる事、それは君主として最大の栄誉であり、黄金の王冠よりも価値がある】


そう書かれている文献を、ユストも読んだ事がある。

現在でもホシオテース家の人間はいると実しやかに囁かれている一方で、どの時代の貴族名鑑にも記載は無く、存在の真偽は不明だ。はっきり言って、よくある伝承だという意見が大半を占めている。


「よく知っているな」

「従者たる者、彼の忠義に見習わなくてはと思って、ユスト様が読み終わった本をこっそり拝借していました…すみません」

「そうか。別に謝る事ではない。本くらい好きに読め」


残念ながらこの屋敷に本は置いていないので、読書に耽るなど不可能だった。それが叶うのは、悲願を遂げて祖国に帰った暁であろう。ユストの思いを汲んだオルナンは、ありがとうございますと、笑ったのだった。




翌日、帰って来たダグラスと入れ替わる形で、ユストは屋敷を出て行った。普段と違う街の雰囲気に紛れてしまえば、多少ユストが不審な動きをしようと怪しまれまい。

祭りは今日で終わるが、ルミナがバルコニーに立つ事は無いのだろうとユストは思った。両陛下と王太子が民衆に笑顔で手を振っている最中、あの雨の日のように窓際でぽつんと立っているのか。それとも、小さな部屋で物静かな侍女と二人、黙って時が過ぎるのを待っているのか。

ふと、その情景が浮かんだユストは、胸が締め付けられるような心地になった。


(…所詮、私には関係の無い話だ)


可哀想とは思うが、それだけだ。

ユストは雑念を振り払うかのように、大きく一歩を踏み出した。王城へ向かう人々の流れに逆らいながら街道を下っていき、ポケットから紙切れを取り出して、まだ地図に描ききれていない細い路地などをメモしていく。


(ここは空き家か?まだ使えると良いが…)


そうやってユストが探索していた時だった。

前方に、彼と同じく人の波に逆らって歩く人物を発見した。何となく気になり、目で追っていたのだが、その人物が裏路地に入っていった為、ユストは後をつけ始めた。すっぽりとフードを被っているので、余計に怪しく感じる。ユストのように、訳ありの人間かもしれない。

気配を消し、かなり距離もとって尾行していたのだが、相手に感付かれてしまった。入り組んだ路地に姿をくらまされ、土地勘の無いユストでは追いかけようがなかった。


(…身のこなしといい、察知能力といい、只者ではなさそうだ)


同志となり得る者ならば、協力を仰げたかもしれない。ユストは僅かに落胆の色を滲ませたのだった。


「………」


ユストが立ち去ったのを確認した後、フードの人物はそっと被りを外した。すると、年若い娘の顔が露わになる。ブロンドの髪をひっつめにした彼女は、足音を立てないよう歩き始めた。向かったのは、薄暗い路地の突き当たりにぽつんと建つ、古びた酒場だった。ここは知る人ぞ知る穴場だ。


「………」

「いらっしゃい…ああ、あなたでしたか。待ち人なら、あそこです」


顔見知りなのか、酒場の店主は彼女を見るなり、一番奥の席を指差した。二人がけのテーブルにいた待ち人とやらは、彼女が来た事に気がつくと、跪きそうな勢いで頭を下げる。その顔は今にも泣きそうであった。

娘は忍ばせていた皮の小袋を取り出すと、待ち人である男性に手渡した。その際に、硬貨同士がぶつかる特有の音が鳴った。どうやら小袋の中身は貨幣らしい。


「……さる高貴なお方からです」

「ありがとうございます…っ、本当に、ありがとうございますっ」


男性が拝むような仕草をしたので、彼女はそれを片手で制してから、静かに踵を返したのであった。




祭りの喧騒が静まった深夜、ユスト達は三人で顔をつき合わせて、恒例の密談をしていた。ユストは昼間に見かけた謎の人物について、それからルミナが来た事もダグラスに伝えた。無論、サンドイッチの事は伏せて、である。

二度目の来訪を知ったダグラスは、悪い笑みを浮かべた。


「これはチャンスだぞ、ユスト。お前の虜にさせて、言うことを何でもきくように仕向けるんだ。馬鹿でも使いようによっては、有益な駒になる」

「………」


それはその通りかもしれないが、ユストは何故かダグラスの意見に苛立ちを覚え、素直に頷く事ができなかった。


「…心の中でどう言おうが勝手だが、言葉に出す時は相応の敬意を払え」

「この場には俺達しかいねぇのに、相変わらず堅いなユストは」

「第一、ルミナ姫が私を好いていると決まった訳でもないのにそんな、」

「馬鹿、お前。城を抜け出して会いに来てんだろ?脈があるに決まってるじゃねぇか」


「ユスト様が好きな白色の花も持ってきてくださいましたしね」とはオルナンの弁だ。


「お前に惚れていようが、恋に恋していようが、何だっていいんだよ。使えるもんは使っていかないと」

「お前の言い分もわかるが…人の純粋な好意を利用するのは、褒められた行いではない」


ユストが言い淀むと、突如としてダグラスは友人の胸ぐらを掴み上げた。息が詰まったユストは、苦しさから目を細める。ダグラスの顔からは、憤怒がありありと見てとれ、力を入れすぎた手は震えていた。


「…ふざけんなよ、ユスト。この期に及んでぬるい事をぬかしてんじゃねぇ!あいつらが何をしたか。あいつらのせいで、俺達がどれだけ辛酸を舐めさせられたか。忘れたとは言わせねぇぞ!!」

「や、やめてくださいっ、ダグラス様!」


慌ててオルナンが仲裁に入るが、彼の怒りは一向に治らない。

ダグラスの両親は帝国民の前で、見せしめとして殺された。故に、彼の憎しみは燃え盛る炎よりも激しいものだ。獣のような咆哮を上げて泣くダグラスをユストも見ており、共に涙した。ユストの煮え切らない態度に憤るのも、もっともかもしれない。


「…すまない」


ダグラスの流した涙を思い出したのか、ユストは暗い声で謝った。


「………」

「お前の言う通り、やってみよう。自信は無いが、全力を尽くすと約束する」


三人の間に気まずい空気が流れたのが、会談終了の契機となった。




───同時刻。

王城の小さな一室では、金色の瞳が自身の手の中にある物を、静かに見下ろしていた。

それは謎の人物が持っていたのと、とてもよく似ている、皮製の小さな袋だった。

〜用語解説〜


▷ホシオテース

素晴らしい忠義を示したと言われている伝説の人。通常「ホシオテース"家"」と付くと、初代ホシオテースに連なる人々を指す。実在したかは定かではない。

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