表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

6

最上階から城全体を見せてもらったユストは、さり気なく武器庫の位置を把握する事にも成功していた。よく抜け出すからか、ルミナは騎士達の持ち場について詳しく知っており、何の疑いも持たないまま、ユストに色々教えてくれた。


「祖国の宮殿とは全く違って興味深かったです。お礼を申し上げます」

「そうお聞きすると、わたくしも気になってまいりましたわ。アスンクリト帝国へ遊びに行った際は、ユスト様が宮殿を案内してくださいませ」

「…そうですね」


そんな日が来る事は無いと知っているユストは、だんだん心苦しくなってきた。


「…そろそろお暇致します」

「では、わたくしとシャーラで見張りの気を引きますから、その間に塀を越えてください」

「感謝します」

「お任せください。慣れておりますから」


何度も繰り返してきたのだろう。ルミナとシャーラはあっという間に見張りを退けてくれた。元の服に着替えたユストは、来た時と同様、気配を殺しながら王城を後にしたのだった。


ユストが別荘地に戻る頃には、陽がすっかり傾いていた。今か今かと帰りを待っていたオルナンは、屋敷の扉が開くなり飛んで来た。


「良かった!お帰りが遅いので心配してたんですよ!」

「すまない」

「お疲れでしょう。休んでください」

「ありがとう。だが記憶が新しいうちに、見取り図を書き留めておきたい。休むのはそれからにする」

「じゃあ、すぐに書くものを持ってきますね」

「頼む」


やや遅れてダグラスもやって来たので、ユストは見てきたものを、口頭で説明しながら図面に起こしていく。その際、ルミナに遭遇した事は話さなかった。何となく、そうした方が良いと思ったのだ。


「隠し通路に武器庫か。これだけ判れば上出来だな」

「さすがユスト様です!」

「おいおい。俺だってやろうと思えばこれくらいできるっての」

「…複数あるうちの、一つが判明しただけだ。そう騒ぐほどの事ではない」

「格好つけやがって、このやろっ」

「おいよせ」


じゃれついてくるダグラスをあしらう、ユストの表情は芳しくなかった。もともとあまり表情豊かな方ではないが、その横顔を見たオルナンは首を傾げるのだった。


「隠し通路を使ってちょちょいと暗殺しちまえば楽なのに」

「民を軽んじてきた事がいかに愚かだったのか、国中に知らしめてやらねば皆、納得しないだろう。それに、どんな人間にも法廷で裁かれる権利はある。向こうが卑怯な手を使うなら、尚の事、私達は正々堂々と行く」

「ちぇっ」

「まあまあダグラス様、怖い顔はやめてください。ところで祭りはあと五日ありますが、お二人はどうなさいますか?」

「もう一度、街へ行きたい。前回、まわりきれなかった場所がある」

「俺も行こうと思ってた。交代で行くか?」

「いや、私は一日だけで良い」

「じゃあ、今夜から最終日までは俺が出るぜ」

「ああ。構わない」


こうしてあっさりと日程の割り振りは決まった。

ダグラスが出ている日は、鍛錬にでも打ち込むかとユストは考えていた。森の中を走っていた時、少しばかり体力が落ちたように感じたからだ。祖国を出発する前から、ごたごたしていた為、しばらく体を動かしていなかった。これでは有事の際に不安が残る。


「オルナン、明日から鍛錬に付き合ってくれるか?」

「もちろんですよ!広い空き部屋もありますしね。ああでも、動くとお腹が減っちゃいますね…」

「ふっ…そうだな」


寂しい食卓を悲しむオルナンだったが、二日後、思わぬご馳走にありつく事になる。


模造刀は無いので、素手での格闘稽古をしていたユストとオルナンは、呼び鈴が鳴ったのを聞いて、動きを止めた。


「……もしかして姫君でしょうか」


ここへ来る物好きなんて限られている。多分、オルナンの予想は正しい。ユストは汗を拭い、歩きながら身嗜みを整えると、ゆっくり扉を開けた。案の定、そこにはルミナが立っており、後ろにブロンドのひっつめ頭も見えた。今日は侍女も一緒らしい。


「わたくしも我慢できなくて、来てしまいました」


乙女らしくはにかむルミナの両手には、以前約束していた花束があった。お気に入りだと言っていた中庭から摘んできたのだろうか、ユストの好きな白色だけが束ねられていた。

花の色に劣らない白い手によって、空っぽのままだった花瓶に美しさが添えられ、殺風景な客間が、爽やかな空間に早変わりした。たかがひと束の花なのに不思議だと、ユストはぼんやり眺めていた。


「今日は軽食も持ってまいりましたの。湖畔でピクニックをいたしましょう?」


花束と大きなバスケットを抱えて馬に乗るのは難しい。シャーラを連れてきたのは、その為だったようだ。

雨が上がった後なので、空も湖も本当に澄んでいて一段と綺麗だった。オルナンは、手際よく敷物を広げて準備するシャーラを手伝いながら、ユストが敢えて尋ねなかった質問を口にする。


「そういえば、姫君は建国祭にご出席なさらなかったんですね。お身体の具合が悪かったのですか?」


人の良いオルナンは純粋に心配して聞いただけだが、ユストは密かにぎょっとしていた。思わずルミナの顔色をうかがってしまうが、彼女は何て事ないような口ぶりで答えた。


「わたくしがいると、お母様が嫌がりますので」


それはどういう意味だと問うたのは、ユストの方だった。


「カーラル様とは血が繋がっていませんの。本当のお母様は、わたくしが十の時に亡くなりましたわ」

「…申し訳ありません。そうとは知らず、不躾な質問をしてしまいました」

「もう昔のことです」


肉親を喪う哀しみもさる事ながら、王室において継母との不和は壮絶なものが多い。ましてや悪王の妻と、我儘姫だ。激しい軋轢が生まれていてもおかしくない。もしかしたら、ルミナが『我儘姫』になったのも、その事が起因しているのかもしれない。

テル・アゼカ王国は一夫一妻制。カーラル女王はバサノス王が即位すると同時に迎えた妻だ。時期的に考えて、ルミナの母はバサノス王の愛人だったのだろう。義母が嫌がるとルミナは言ったが、夫の愛人やその子供がうろちょろしていたら、目障りに決まっている。公務に参加しないのではなく、させてもらえないの間違いではないのか。ユストの頭にそんな考えが浮かんだ。


「姫様。準備が整いました」

「さあ、食べましょう。ユスト様」

「…有り難くご相伴にあずかります」


美しい景色と、美味しい食事。

本来なら心が安らぐひとときとなっただろう。しかし、ユストの気分が晴れる事は終ぞなかった。




豊潤さの象徴として、テル・アゼカ王国では『テーブルに所狭しと料理を並べ、食すのはほんの数口』というのが富豪の証とされている。そのしきたりに倣ってなのか、ルミナもサンドイッチを一つつまんだだけで、シャーラに至っては何も食べずに帰ってしまった。

おかげでバスケットいっぱいに詰められたサンドイッチと果実水は丸々残っており、ひもじくしていたオルナンは大喜びで飛びついた。


「僕達だけ美味しいものを食べてしまって、ダグラス様に悪い気がします」


そう喋りながらも、サンドイッチへ伸びる手は止まらない。ユストも具がたっぷり入ったサンドイッチに舌鼓を打っている。


「でもサンドイッチじゃ日持ちしませんし、仕方ないですよね」

「ああ。ご馳走を食べた事は黙っておこう。それが優しさだ」

「ですね!それにしても驚きました。姫君と女王陛下が義理の親娘だったなんて」

「…ああ」

「お二方ともそっくりな黒髪だから、ちっとも気が付きませんでした」

「きっと義兄の王太子殿下とも、あまり仲はよくないのだろう」

「そう思うとお可哀想になってきます。国王陛下は子供を大事にするような人に見えませんし」


ユストは両親から充分に愛されて育った。人質となって帝国を出ると決めた時も、抱き締めて別れを惜しんでくれた。何かとしがらみの多い身分だが、親子の情が絶えたりはしなかった。


(『我儘姫』にしては小さな部屋だと思ったが、そういう事情だったのだな)


無関心な父と義理の母。想像力が乏しい者でも、ルミナの肩身の狭さは理解できただろう。だからと言って、利己的になって良い理由にはならないが、同情の余地はある。

子は産まれる場所を選べない。親に恵まれなかった子は哀れだ。


「姫君が優しいユスト様を好きになるのも当然ですね」

「…それは、どうだろうか」


気に入られているとは思うが、そこまでいくと自惚れすぎではないか。ユストは怪訝そうに眉根を寄せたが、オルナンは力説する。


「だってユスト様は、男の僕から見ても格好いいんですから!」

「…一応、ありがとうと言っておく」


コップに注いだ果実水には、自分の顔が映っていた。見慣れた、変哲も無い顔だとユストは思う。どちらかと言えば、ダグラスの方が男らしい顔立ちをしている気がした。

だが下手に否定すれば、オルナンの反論が長くなりそうな予感がしたので、ユストはそこで口を噤んだのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ