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一回目の鐘が鳴るやいなや、耳をつんざく爆発音が聴こえてきた。それも彼方此方から複数。鐘が鳴る毎に、都を警備する騎士団の、慌てふためく声が大きさを増していく。


十二回目の鐘が鳴り終える頃、ユストの名を呼ぶ声が、喧騒に混じって届いた。ユストの信頼する従者は、見事に一つ目の役割を果たしてくれたようだ。


「ユスト皇子!!」

「よく来てくれた。すぐに動けそうか?」

「もちろんです!」


脱出してきた仲間達は皆、一様にやつれている。大不作は捕虜となっていた者達にも、ひっ迫した問題として降りかかっていた。それでも彼らの瞳に宿る闘志は衰えていない。ユストは冷たい空気を吸い込み、高らかに宣言した。


「諸悪の根源バサノス王から、自由と安寧を我らの手に取り戻す!!行くぞ!!」


雄叫びが都に木霊する。

ユスト達は王城へ向けて、一斉に地面を蹴り上げたのだった。




一方、捕虜の脱獄を成功させたオルナンは、仲間達との再会を短く喜んだ後、すぐに国境の砦へ向かっていた。屯所にいた馬に跨り、捕虜の半数を引き連れて、闇の中を疾走する。


「あれは…!?」


目的地の方角に、松明を持った部隊がいた。幾多の炎が視界に飛び込んできた瞬間、まさかもう、敵に包囲されてしまったのかと身が竦んだ。だが死を覚悟してでも突破するより道は無いと、オルナンが拳を握り締めた時、低く重みのある声が轟いた。


「貴殿らはユスト皇子の御仲間か!」


敵へ語りかけるにしては丁重な言葉遣いに、オルナンは一縷の望みをかけて返事を返す。


「如何にも!我々はアスンクリト帝国の者である!」


それを受けた隊長と思わしき男、ロムファイアはオルナンに近付いていった。オルナンも馬から降り、緊張により強張った面持ちで彼と対面する。


「私はロムファイアと申す者です。貴殿らの到着をお待ちしておりました」

「オルナンと申します。何故、我々に味方してくださるのですか?」

「ルミナ殿下に頼まれたのです。ユスト皇子の計略に手を貸してほしいと。私は殿下の心意気に胸を打たれましてな」


ルミナの名前が出た事に、オルナンは目を真ん丸に見開いた。驚くあまり声も出なかった。


「捕虜地の一つは我々が開放してきました。そこの方々は最後の捕虜地へと向かっていただきましたので、オルナン殿達と我々で砦を制圧致しましょうぞ」

「は、はいっ!」


呆然としている場合ではない。考えるのは終わってからでもできると、オルナンは気を持ち直し、ロムファイアの後に続いた。

かつてロムファイアは圧倒的な実力でもって、騎士団長に任命されたのだ。年齢を重ねても、その手腕は健在だった。予想外のところから援軍が入ったことで、オルナン達の士気も跳ね上がる。

砦が彼らの手に落ちるのは、もはや時間の問題であった。




場所を戻し王城周辺では、ユスト達が騎士団と激しい戦闘を繰り広げている最中であった。


「くそっ!わかっちゃいたが数が多いな!」

「大丈夫か!ダグラス!」

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ!」


長い捕虜生活の所為で、駆けつけた仲間の大半が本来の実力を発揮できずにいた。防戦一方では、いたずらに消耗していくだけである。はやく攻撃に転じなければと、逸るのは気持ちばかりで、状況は拮抗したままだ。厳しい戦いになるのは百も承知だったが、このままでは…


「どうするよ!ユスト!」

「………」


二人だけでもう何人斬ったか。返り血に染まるユストは、険しい表情を浮かべた。

刹那、ユスト達の後方から…否、右からも左からも武器を持った集団が迫ってきた。


「敵の増援か!?」

「…いや、違う」


突如として現れた仮面の集団に、一瞬身構えたものの、その人々が騎士達を斬り伏せていくのを見て、ユストは民間人の有志達かと思った。ところが、すぐにその考えは否定される。単なる民間人にしては、あまりに戦闘慣れしているのが見て取れたからだ。


「王城への道を開く!」

「個々の陣形を崩すな!」


ブロンドの髪の二人が指揮を執りつつ、先陣を切って敵に突っ込んでいく。

それに続く者達も、身に帯びている防具や武器は全く統一感が無いのに、見事なまでの統率が取れていた。三人一組の独特な陣形を組み、最も実力のある者を先頭にし、残りの二人が背中を守る。そうする事で死角を消しているのだ。各々の戦闘能力が高い上に、味方同士の連携が完璧にとれているので、ユスト達の苦戦が嘘のように敵を次々と薙ぎ倒していく。


(…いったい何者なんだ?)


指揮官と思わしき二人は、かたや双剣、かたや大剣を振り回し、どんどん前進する。大きな得物は隙が生じやすいが、それをもう一人が巧みに補っている。仮面部隊の中でも、抜きん出た実力の持ち主ようだ。


(いや…正体が誰かなんて今はいい。とにかくこの好機を逃さない事に専念するべきだ)


ユストは剣を納め、背負った弓に手をかける。


「ダグラス!武器庫へ走れ!援護する!」

「了解!派手に爆破してやらぁ!」


月明かりと松明の光しか無いにも関わらず、ユストの射った弓矢は、一本たりとも狙った標的を外さなかった。正体不明の味方に、心の中で感謝を述べながら、遅れてユストもそびえ立つ王城へと入って行ったのであった。




武器庫がある方から、爆炎が上がるのが見えた。それからしばらくすると、ダグラスが戻ってきたので、再び二人揃って、城の中の衛兵を倒していく。

城の見取り図を頭に浮かべながら、ユストとダグラスは真っ直ぐ国王の寝室へと走った。ちらりとルミナの部屋がある方角へ目を向けたユストだが、それも一瞬の事だった。

抵抗さえしなければ、手荒に扱われはしないだろう。そうであってくれと、ユストは誰彼なしに祈っていた。


「ダグラス」

「なんだ?」

「お前の怨みは知っているが、衝動的になるなよ。悪人であっても、私達個人が他者の命を軽々しく扱う権利は無い」

「……わかってるよ」


ダグラスは鬱陶しそうに、がしがしと頭を掻いた。


「ここは皆に任せて先へ行こう」

「…おう」


彼の声には明らかな苛立ちが含まれていた。無論、ユストは気付いていたが、言わずにはいられなかった。人間の命を何とも思わないようでは、バサノス王と変わらない。それを解ってほしかった。


「チッ!新手かよ!」

「すべて倒す!」


城の中央部である大広間まで到達したところで、ユストとダグラスは敵に囲まれてしまった。城内のそこかしこで戦闘が発生している為、応援は期待できない。二人で相手取るには、少々骨が折れる人数だ。それでも二人は息の合った連携を見せ、どうにかして全員を倒す事に成功した。

しかし、流石に息が上がって、走りづめだった足が止まる。


(はやくしなければ…逃してしまう)


どうにか膝に力を入れて進もうとした時。

周囲の敵は全て倒したはずなのに、背後から攻撃的な空気が漂うのを感じて、ユストは固い声で問うた。


「……何のつもりだ。ダグラス」


振り向きもしない友に対し、ダグラスは剣を突き付けたまま、クッと喉を鳴らして笑っていた。


「こうでもしなきゃ、お前には勝てないからな」

「剣を下ろせ」

「断る。ようやく俺に勝機が巡ってきたんだ。見逃す訳ねぇだろ。お前を殺して俺が王になる」

「王位が欲しいなら、後で決闘でも何でも受けて立つ。だが今は決裂してる場合じゃないだろう」


ユストの説得に、ダグラスのこめかみがヒクつく。


「決闘か…ガキの頃はよく色んなもんを賭けて勝負したよな。そのうちお前には一勝すらできなくなったが、流石にそれだけ疲れてりゃ、大して動けねぇだろ」


剣が振り下ろされる気配を察知し、ユストは紙一重で躱して即座に距離をとった。明確な殺意が込められた斬撃だったことに対して、怒りよりも悲しみが先に湧いてくる。


「疲弊しているのはお前も同じだぞ。条件は互角だ」

「俺は馬鹿正直に最初から全力で突っ走る、誰かさんとは違うんでね」

「…お前と戦いたくない。頼むから剣を納めてくれ」

「だったら大人しく殺されろ。国民に歓迎されてるお前を抹殺するには『皇子は志半ばで倒れ、死の間際、親友に後を託しました』くらいの美しい物語が必要なんだよ」

「おい、ダグラス!」

「うるせぇ!!」


ダグラスの胸中で燻っていた、どす黒い感情が噴き出す。彼の怒号を、ユストは黙って聞いていた。


「卑怯?不誠実?知ったことか!お前はいつも綺麗事ばっか並べやがって!なんでもかんでも、優しさでどうにかなると思うな!」

「………」

「なにが『軽々しく扱う権利は無い』だ。俺の家族を惨たらしく殺した奴に、人権もクソもあるか!もううんざりなんだよ!お前が王に君臨する国なんて真っ平御免だ!!」


子供時代は確かに無二の友だった。だが成長するにつれて、立場も、力も、賢さも、何もかもユストに劣っている現実の残酷さに、ダグラスは打ちのめされた。

その時からだ。自分に無いものを全て持っているユストを憎むようになり、意見が食い違うたび、殺意を覚えるまでになったのは。


「バサノスの首を刎ね、王になるのはこの俺だ!!お前はここで死ね!!」


だがユストとて、あと少しのところで、おめおめと殺される訳にはいかない。歯を食いしばり覚悟を決めると、ダグラスの凶刃を受け止めるべく、剣を抜いた。


「ユスト様を傷付ける事は許しません」


二つの剣がぶつかり合う直前、鈴を転がしたような声が彼らに制止をかけた。

ユストとダグラスは束の間、争っているのも忘れて、声が聞こえた方を凝視する。大理石と踵が当たる音を響かせながら、その人物は暗闇から姿を現した。

見慣れた艶やかな黒髪と金色の瞳。異なるのは、王族の衣装ではなく、白銀の鎧を纏い、細い手に身の丈ほどの槍を持っている事だった。


「ルミナ…姫?」


辛うじて名前を呼べたユストだが、目の前の光景が信じられずにいた。何故『我儘姫』が武装し、ユストを守護するような発言をするのか。自分は幻想を見ているのかとさえ思った。

それはダグラスも同じだったようで、闖入者に視線を固定したまま沈黙している。

ルミナは硬直している二人の間に割って入ると、呆然と佇むダグラスを眼光鋭く見上げたのだった。

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