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木枯らしが吹き抜け、寒さが肌を刺す。雪が降り始める日も近いだろう。

新月の夜、無人であるはずの廃屋には、壮年を過ぎた男性達が集まり、朽ちかけたテーブルを囲んでいた。年老いた顔触れが多い中、一人だけ若い青年がいる。ユストだ。


「…既に伝えた通り、決行は深夜になる。私の従者が動き始めたら報せを送る。零時の鐘が鳴り次第、一斉に暴れてほしい」

「村の皆にはそのように伝えてあります。いつでも大丈夫です」

「我らの村もです」

「こちらも、準備は整っています」


各地の村の重鎮達は、力強く請け負った。

初めてユストと対面した彼らは、ひれ伏さんばかりに感謝を表した。訳が分からないユストはひたすら困惑させられたが、賢明にも言葉には出さなかった。理由はどうあれ、協力的な彼らの気力を削ぐ事は、不利になると判断したからだ。

こうなるよう仕組んだのは、言うまでもなくルミナである。じっくりと時間をかけて"民に味方する謎の人物"を作り上げ、時が満ちたのを見計らい、積み重ねてきた地道な努力を、丸々ユストの功績にすり替えたのだ。

そうとは知らないユストだったが、彼はルミナの献身を無駄にはしなかった。その甲斐あって、国民の間では搾取しか能のない愚王より、寛大な青年を新たな王に、という意見のもとで団結していた。


「感謝する。ただし、無茶はしないで自分の命を最優先してくれ。民がいなければ、国は成り立たないのだから」

「なんと素晴らしい…!ユスト様こそ、我らが求めた真の王です!」


最後の会合は希望に満ちたまま終了した。

にも関わらず、ユストは浮かない顔をしていた。


「問題発生か?」


こういう時、いち早く感付き、声をかけるのは、いつもダグラスだった。伊達に何年も幼馴染をやっていない。


「いや…何故、この国の人間ではない私を、民が熱心に信じてくれるのか不思議で」

「それは俺も思ってた。でも悪い事じゃねぇだろ。もし反対意見が多かったら、こんなにすんなりとはいかなかっただろうし」

「それはわかっている。だが…」

「ああもう!これだから堅物は困るんだ。利用できるもんはしとけって何度言わせる気だよ」

「…そうだな」

「で?」

「?なんだ」

「まだあるんだろ。悩んでる事」

「……無い」

「……そうかよ」


嘘だった。ユストはこの後に及んでも、ルミナを傷付けずに済む方法を考えていた。そんなものは無いというのに、葛藤の狭間から抜け出す事ができなかった。

わかりやすい友人の思考など、ダグラスにかかれば、わざわざ尋ねなくても読める。もう一発、喝を入れてやろうかと思ったのだが、言いたくないのなら仕方ない。それ以上は問い詰めずに、ダグラスは背を向けた。


「……つくづく甘いんだよお前は。ほんと…殺してやりたいほどにな」


初冬の風が、彼の独り言を遠くへ攫っていく。ダグラスの瞳が怪しく揺らめいた事を、知る者はいなかった。




本当なら太陽が照っている時間のはずなのに、厚い雪雲が光を遮っていた。しんしんと降る雪は薄っすらと積もり始め、この調子だと、月がのぼる頃には銀世界になっているだろう。


「ご報告します」

「!シャルテル。動きがあったの?」

「はい。お屋敷から一人、恐らく従者の方と思われますが、公爵領方面へ向かうのを確認しました」

「では今晩なのね」


ホシオテース家の同胞を通じて、決行日が雪の積もった深夜だというのは既に聞いている。ルミナはゆっくり息を吸って、それから吐いた。いよいよだ。この時を待っていた。ずっと、ずうっと。

ようやく二つの国の民は、苦しみから解放される。『正義』の名を持つ青年が、これからの時代を真っ直ぐ導いてくれるだろう。心血を注いできた全てのことが、これで報われる。


「シャーラ、シャルテル」


窓辺に立ち、ロムファイアから渡された伝書鳩を飛ばしたルミナは、家族であり同志でもある二人に向き直った。右手をシャーラ、左手をシャルテル、それぞれの手をしっかり握り、ありったけの感謝を言葉に乗せる。


「わたくしと一緒に居てくれてありがとう。二人の主人に選ばれたことは、わたくしの密かな自慢だった」

「姫様…もったいないお言葉です」

「わたし達こそ、姫様という主人にお仕えできて幸せです」


ホシオテースの名を背負うと決めた者にとって、仕えたいと思える主人に出会える事は、何にも代え難い幸福だ。

双子は主人の手を、一生懸命握り返した。


「二人には集まってくれたホシオテース家の指揮を任せるわ。わたくしはここでユスト様をお待ちする」

「…かしこまりました」

「姫様……姫様のお覚悟は存じ上げております。ですが、どうか言わせてください」


シャーラとシャルテルは瞳を潤ませながら、声を揃えて嘆願する。


「死なないでください。我が主人」

「…ええ。二人もね。家族そろって、夜明けを眺めましょう」

「はい。必ず」

「約束ですよ」


そうして、双子は整然とした動作で、ルミナのもとを離れていった。

一人残されたルミナは、化粧台の引き出しから二つの宝物を取り出す。ルドベキアの花の栞と、ユストが手作りした櫛だ。それらを愛おしむように指の腹で撫でた後、自分の懐に仕舞い込む。

それから、クローゼットを開けると、二重底の蓋を外した。そこには銀色の鎧と、身の丈ほどの槍が収納されていた。


「…わたくしはユスト様の武器となり、必ずやあなた様の手に勝利をもたらしてみせます」


研ぎ澄まされた槍を手に、ルミナは宣誓を述べる。鎧を纏う彼女は、一人の勇敢な戦士であった。


(お母様…見守っていてください)





時刻的には夕方を指し示す頃、ロムファイア辺境伯の屋敷に伝書鳩がとまった。鳩の足には何も結ばれていないが、彼には意図が正確に伝わっていた。


「各小隊に通達!決行は今夜であると!」





夕食時はとても賑わう街の市場だが、今日はどの露店も早々に片付けを始めた。

裏路地の酒場など昼間から店じまいの看板が出ていたが、地下の酒蔵にはシャーラ達をはじめとする、ホシオテース家の一族が人知れず集結していた。この場に居るのは前回と同じく三十人ほどであるが、都の中にはその十倍、およそ三百人の同胞達が既に待機している。身元が判明しないよう、全員が顔の半分を覆う仮面をつけていた。

シャーラは腰に二本の短剣をさし、シャルテルは背中に大振りの剣を背負っている。


「王城への侵攻は零時をもって開始。我々が動くのはその後です」

「ホシオテース家の者は、簡単に命を落とす事があってはなりません。目的が完遂されるまで闘い続ける、それが我々の規範です」





ユストから大任を言い渡されたオルナンは、腕に覚えがある若者達を先導し、公爵領に到着していた。

零時の鐘が鳴るまでに、ここに囚われている仲間の半分をユスト達が待つ都に送り、その後には国境を開くという重大な任務が待っている。


「……総員かかれっ!!」


ユストの信頼を勇気に変え、オルナンは号令をかけた。





反撃の狼煙は上がった。

ユストとダグラスは、雪化粧が施された都で、その瞬間が訪れるのを待った。背に弓、腰には剣を携え、ユストはじっと息を殺していた。隣にいる友は腹に一物を抱えたまま、不気味な沈黙を保っている。

時計の針が零時に近付く頃、降り続けていた雪が止んだ。雲の合間からのぞく三日月は、それはそれは美しかった。


───そして、運命の鐘が鳴る。

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