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オルナンよりもひと月ほど遅れて、ダグラスが帰還した。彼もまた、良い報告を携えてきた。どこの村を回っても、色よい返事が返ってきたという。


「あの調子なら俺達が逐一回らなくても、計画が広まっていくと思うぜ」

「だが最終的な擦り合わせは行いたい。決行日が近付いたら、各村の長を集めて陽動作戦について説明する」

「よしわかった。そう伝えておく」

「肝心の決行日はどうします?」

「雪の積もった夜がいい。足音を消してくれる」

「つまり当日にならないと、わからないってことですか?」

「そうしておけば、たとえ敵に動きを勘付かれても、決行日だけは悟られずに済む。それに、オルナンが出発してから、私達が突入するまで、かなり時間にズレがある。充分間に合うはずだ」

「俺達を完全に舐めてるバサノスに限って、バレることはないと思うけどな」

「油断はだめですよ!」

「はいはい」


決行当日、最初に動くのはオルナンだ。有志を募り、公爵領に囚われている捕虜を脱出させ、その半数と合流してからユストとダグラスが王城に突撃する。

隠し通路を使って潜入するという案も出たが、一気に大人数は入れない上、武器を担ぎながらでは、あの狭い穴は通れない。よしんば侵入できたとしても、あそこはルミナの部屋には近いが、国王の寝室からはほぼ真逆の場所に出る。すべての警備兵を蹴散らし、国王のもとへ辿り着くには、それなりの戦力が必須だ。ただでさえ戦力不足なのに、成功率の低い賭けには出られない。


「正々堂々、正面突破って訳か」

「奇襲の時点で正々堂々ではない気がするが…」

「向こうは一方的に同盟破棄して攻めてきたんだぞ。それに比べてたら、奇襲攻撃なんざ真っ当な戦法だろ」


ユスト達の祖国を踏み躙り、自国民を蔑ろにしてきた事がいかに愚かだったのか、思い知らせなくてはいけない。国王だけでなく、それに味方した貴族達にもだ。


「いよいよ大詰めですね」

「ああ」


間も無く厳しい冬が到来する。

雪が溶け、新芽が芽吹く頃には、明るい世の中を目にしているのだろうか。

ユストは最後の心残りを口にした。


「…二人とも『ルーナ』について何かわかった事はあるか?」

「いや。駄目だった」

「僕もです。すみません…」

「そうか…残念だが仕方がない」


ならばせめて、幼い子供があんな風に泣かずにいられる国にしよう。ユストはそう思い直す事にした。本当はもう一人の女性も、ユストの頭には浮かんだのだが、気がつかないふりをしたのだった。




だと言うのに、現実はなかなか思い通りにいかないものだ。

やっとのことで考えの中から締め出した人が、ユストに会いにやって来てしまった。心なしか、浮かべている笑みが、今までのものとは違って見えた。


「ご機嫌よう、ユスト様」

「…ルミナ姫。お体の調子が良さそうで何よりです」


シャーラは連れていないので、今日はピクニックをしに来たのではないらしい。ユストの後ろで、オルナンが少しばかりしょげているのが、見なくてもわかった。


「また湖を見に行きませんか?この時期は紅葉が映り込んで、一段と綺麗なんですよ」

「それは素敵ですね」


いつかのように、二人きりで湖畔に向かう。

今日のルミナは、いつもの無邪気さがなりを潜め、妙に大人しい。どことなく違和感を覚えながらも、ユストはぽつぽつと他愛ない会話を交わした。

少し前までは、なんて不用心で愚かな姫君なんだと哀れんでいたというのに、今では二人で行くのが自然な事になっていた。


「いつ見てもここは綺麗で、時間を忘れて見入ってしまいます」


別荘地の湖もそうだが、城の庭園といい、この国の美しいものは、ルミナと一緒に眺めてきた。そう考えるとユストは感慨深い気持ちになってくる。


「ええ、本当に……きっと、ユスト様がいらっしゃるからですわ」

「それはどういう…」


ざあっと風が吹き、ルミナの黒髪を揺らした。神秘的な金色に見つめられたユストは、不意に言葉を失う。彼女の微笑は澄んだ湖よりも美しく、また清々しくて、目が離せなくなった。


「わたくしは昔、白色が好きではありませんでした」


ルミナはゆっくりと言葉を紡いだ。

ホシオテース家の同胞は、互いに知らぬだけで数多くいる。しかし母亡き後、『パテール』を受け継ぐ者は、ルミナだけとなった。シャーラ達と家族の絆で結ばれ、同胞としての結びつきはあれど、純白の色を持つ限り、明確な境界線が存在する。かつては、ふとした瞬間に隔たりを感じて、寂しく思ったりもしたが、もう過去の話だ。

他者との隔たりを生み出していたルミナの『白』は、ユストの名を意味する『正義』の象徴。何より彼自身が『同じ』だと言ってくれた。

自分とユストを繋ぐものがあると知った時、ルミナはつまらない疎外感で悩むのをやめた。境界線なんて、所詮は自分が勝手に引いたものに過ぎないと悟ったのだ。

ユストと出会わなければ、今もルミナは庭園の片隅で、声を殺して泣いていただろう。


「…ですが、ユスト様の一番お好きな色だと知り、好きになれたのです」


その事実を知っているだけで、たくさん勇気を貰えた。決して平凡な人生ではなかったが、確かに幸せだった。


(自分の生を呪わずにいられたのは、ユスト様のおかげです)


ユストには、何故、ルミナが唐突にそんな事を言い出したのか、解りようもなかった。解らないけれども、何か途轍もなく大切なことを伝えられている気がした。


「ありがとうございました。ユスト様」


それだけ言うと、ルミナは踵を返そうとした。ユストは咄嗟に彼女の名を呼びながら、細腕を掴もうとするが、すり抜けていってしまう。

届かなかった呼び声と、何も掴めなかったユストの右手が、ひどく寂しげだった。




ルミナはユストと会ったその足で、街へと下って行った。街道は使わず、森を迂回する道なき道を通った為、少し遠回りになってしまい、市場へ着く頃には、随分空が暗くなっていた。


「…シャーラ」


ルミナは歩きながら静かに呼びかけた。

ボロ布を被って道端に座り込む、さながら物乞いのような装いをした女性は、すぐさま反応を示し、竪琴を弾くのをやめて立ち上がる。


「…遅いので心配しておりました」

「…ごめんなさい」


前を向いたままぼそぼそと喋る二人は、早足で裏路地を進む。陽が落ちるとかなり不気味な雰囲気が漂う場所だが、その暗闇が姿をくらますにはうってつけだった。

そしてルミナ達は、灯りのついていない、暗い一軒家へと入っていく。例の酒場だ。先に到着していたシャルテルを見るなり、ルミナは尋ねた。


「人数はどれくらいかしら」

「三十人弱です」

「そう。少ない時間の割には集まった方ね」


話しながら酒樽を収納している地下へおりると、その場には老若男女を問わず、様々な格好をした人々が集まっていた。ルミナ達が来たのに気付くと、そちらへ一斉に視線が集中する。

ルミナは全員が見える位置に立つと、外套を脱いだ。現れた純白を見て、人々はどよめく。


「わたくしはルミナ・パテール・ホシオテース。先ずはわたくしの呼びかけに応え、集ってくれた皆に感謝を申し上げます」


そう、ここに居る全員は、竪琴の音色を聴いて集まった、顔も知らぬホシオテース家の者達だった。

皆『パテール』を継ぐ人間が『純白』も受け継ぐ事を、知識として持っている。だから今のルミナを一目見れば、名乗らずとも、かのホシオテースの末裔であると瞬時に理解できた。


「皆を呼んだ理由はただひとつ、愚王から玉座を奪う為です」


どよめきが更に大きくなる。だがルミナは構わず続けた。


「わたくしには誓いを立てた主人がいます。その方の全き正義に、国の命運を託したいのです。ほんのいっときで構いません。皆の胸に秘めた忠節を、わたくしに貸していただけませんか。わたくしが信じる主人を、どうか皆も信じてはくれませんか」


既に主人を定めた者は、誰であろうとその意志を突き崩す事はできない。故に、ルミナはまだ主人を持たぬ者に限定して、メッセージを発信した。

ホシオテース家の人間は例外無く、主人を守る為の術を身につけている。つまり、戦闘に熟達した人々でもあるのだ。そして何より"ホシオテースの精神"を死ぬまで貫く、強靭な心を持っている。


「賛同できない者は去っていただいて結構です。ただし、同胞のよしみとして、今晩ここで聞いたことは、墓場まで持っていく秘密にしてください。では問います。わたくしと共に闘う意志のある者は誰ですか?」


しばしの静寂。

その後、一人また一人と立ち上がり、遂にはその場に居合わせた全員が起立した。

パテールを受け継ぐ、純白の乙女が命を捧げた主人、それだけでも充分な理由になり得た。しかし彼らが賛同したのは、ルミナと同様、バサノス王の圧政に大きな怒りを抱いていたからと、彼女の高潔な志に自分達の心を重ねたからであった。まるで、お伽話に登場する王と僕の再現を見ている心地になり、全身の血が沸き立つのを感じていた。


「我ら一同、ルミナ様の御心に賛同致します!」


代表して声を上げたのは、この酒場の店主だった。ルミナは大きく頷く。


「今日集えなかった同胞にも、協力を願います。竪琴を弾ける者は各地へ散り、都へ集結するよう伝えてください」

「はい!」

「いつ合図がきても良いよう、態勢を整えておいてください。同胞と手を組んで戦う際の決め事は覚えていますか」

「はい!『己が手にあるのは自身の命だけではない。同胞の背中も預かっていると胸に刻め』」

「そうです。全員の力を合わせ、悪しき時代に終止符を打ちましょう」

「はいっ!!」

「『我らの忠節は死してもなお滅びぬ』!」

「我らの忠節は死してもなお滅びぬ!!!」


今宵、言い伝えと同じ純白を持つ者によって、伝説が再び甦ろうとしていた。

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