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国境付近の村から帰還したオルナンは、ユストに成功の報告を持ち帰った。何よりの手土産に、ユストも笑みをのぞかせる。


「よくやった、オルナン」

「それがですね、皆さんがびっくりするくらい協力的だったんです!」

「やはり皆、バサノス王の圧政に耐えかねていたのだな」

「それもあると思いますけど、ちょっと不思議だったんですよね。僕が都近辺の別荘地から来ましたって言うと、決まって快諾してもらえて…」

「なんだって…?」


それはちょっとどころの不思議ではない。ユストはオルナンに説明を求めたが、彼にも理由はよくわからないと言う。

ユスト達が密かに動いているのと同様、ルミナ達も秘密裏に活動を続けている。シャルテルの奔走により、今までルミナが匿名で配っていた援助金は、全てユストがやってきた事になっているのだ。彼が捕虜に接触した頃から少しずつ、ルミナが放った諜報員は画策していた。

万が一を考えて、ユストの名前こそ出してはいないが、民衆とて馬鹿ではない。陰ながら助けてくれていた人物が、遂に行動に出始めたのだと、すぐに感付いた。


「予想以上に反応が良いので、ダグラス様はこのまま別の地域にも行くと言っていました」

「わかった。ご苦労だったな」

「いえ!ユスト様のお役に立てて嬉しいです!」


静寂に包まれていた屋敷に、明るさが戻った。ユストも目尻を微かに緩める。


「そういえば、ルミナ姫はこちらに来ましたか?」

「…いや、来ていない」

「良かったです。ユスト様がサンドイッチの処理に困っていたら、どうしようって心配してたんです」

「心配するところはそこなのか…」


ユストだって、彼女の痩せ細った体が元に戻ったのか心配していたので、どっちもどっちである。ルミナの名前が出たことで、胸にずきりと痛みが走ったユストは、話題をすり替えた。


「ダグラスが帰ってからと思っていたが、そういう事なら先に計画の確認を進めよう」

「はい」

「武器の調達は、恐らく間に合わない」

「えっ、じゃあどうするんですか!?決行時期を伸ばしますか?」

「計画は変更無しだ。精鋭だけで奇襲し、王城を制圧する」

「でも…」

「その代わり、帝国に援軍を要請する。それはオルナン、お前に任せたい」

「僕に!?」

「そうだ。捕虜達を解放し、その半数を連れて国境へ向かってくれ。砦をこじ開け、帝国軍がこちらに入って来られるようにするんだ。公爵領からなら、国境までさほど遠くない」

「そ、そんな重大な役目を僕に任せて大丈夫なんですか?」

「お前は私が最も信頼する従者だ。情けない事を言うな」

「ユスト様…!了解しました!必ずやその信頼に応えてみせます!」


計画を纏めるとこういう事だ。

オルナンは公爵領の捕虜達を脱出させ、国境を開放。その後、残り二箇所の捕虜地へ救出に向かい、各地の貴族を抑え込む。そうすれば貴族達は保身に走らざるを得なくなり、都に騎士を派遣させる余裕は無くなるだろう。

脱出してきた半数の捕虜と合流でき次第、ユストとダグラスは王城へ奇襲をかける。その間、民には陽動を行ってもらい、都中の騎士団の戦力を散らす。


「捕虜達に行き渡るだけの武器が確保できればいいが…」

「最悪、現地調達になりそうですね。流石の姫君でも、武器が欲しいってお願いされたら怪しむでしょうし」

「…もうルミナ姫には頼らない」

「えっ?」

「そう決めた。後は私達だけでやる」

「…わかりました」


オルナンは理由を追及しなかった。彼が従者で良かったと、ユストはしみじみ思う。ダグラス相手では、こうはいかなかっただろう。




二人の話題に上がったルミナだが、彼女は今日も竪琴を奏でていた。張られた弦を指で弾いては、五線譜に音符を書き連ねる。その作業の繰り返しだった。


「姫様、お食事をお持ちしました」

「ありがとう」


独房に監禁された直後よりは少し太ったが、元通りとまではいかなかった。無理もない、ルミナの食事はいつも貧相だからだ。最近は不作の影響もあって、さらに乏しくなっていた。

今日のメニューは、小さなパン一個とあまり具の無い水のようなスープだ。とても王族の食事とは思えない。


「さっきお父様の怒鳴り声が聞こえたけれど、何だったのかしら」

「ああ…あれは昼食の品数が少ないと文句を言っておられたのですよ。植民地から搾り取ってでも、皿を減らすなと」


国王の食卓には、所狭しと料理が並べられるのが通例だ。寂しい食事なのはルミナだけで、他の王族は毎日三食、豪華な食事を摂っている。国王の食事にも影響が出るほど、この国は崖っぷちなのに、たかだか一品足りない事を怒っている場合ではない。しかも、搾取し尽くした植民地から、更に何を奪う気なのか。ルミナは腹の底から怒りが湧いてきた。


「アスンクリト帝国は、もう限界だというのに…」

「それが悟れる王なら、こんな状況にはなっておりません」

「…そうね。何もかも今更だわ」


国王だけでなく、女王も王太子も、現状に何の危機感も持たずに悠々と暮らしている。誰一人、ルミナのように民を案じたりしない。真の『我儘』はいったいどちらか。


「近々、城を留守にするつもりだから、遠出の支度と馬の手配をお願いね、シャーラ」

「それは構いませんが、どちらへ行かれるおつもりですか?」

「ロムファイア辺境伯のところよ」


ルミナが告げたロムファイア辺境伯とは、由緒ある侯爵家の生まれで、かつては王族の護衛を担当する騎士団の団長を務めていた男だ。

しかし、同盟を破棄して帝国へ侵攻する事について、バサノス王に反論し不興を買った為、伯爵位に格下げされ、辺境へ飛ばされたのだ。


「伯爵だけが三年前の戦争に反対していた。お父様相手にも、恐れずご自身の意見を述べておられたわ。あの方なら、きっとユスト様の計画に賛同してくださるはず」


ユスト達の反乱勢力が、今ひとつ力及ばないであろう事をルミナは知っていた。彼女には頼みの綱が二つある。その一つがロムファイア辺境伯だった。国一番の騎士と謳われた彼ならば、戦力として申し分ない。


「確かにロムファイア伯なら信用できると思いますが、姫様が出向く必要はないのではありませんか?わたしかシャルテルにお任せいただければ…」

「伯爵は筋の通った方。たとえお父様のやり方が気に入らなくても、この国に忠誠を誓ったからには、最後まで国の為に戦う所存でいらっしゃるでしょう。だからわたくしが行くのよ。王女が頭を下げれば、そう簡単にあしらわれたりはしないと思うから」

「…承知致しました」


ルミナが無断で外出する件は、何も心配していなかった。誰も気にしやしないし、『我儘姫』なんて勝手にいなくなって、何処ぞでくたばればいいと思われているに違いない。だがしかし、ルミナにとっては好都合だった。その油断を逆手に取る事ができるからだ。


「出立はいつに致しますか?」

「準備が整い次第よ。シャルテルにも伝えておいてね。向こうで合流するわ」

「かしこまりました」

「あと、シャーラにはこれを。折を見て練習しておいてちょうだい」


ルミナから手渡されたのは竪琴と、ついさっきまで彼女が書いていた楽譜だった。もう一つの頼みの綱を使うには、この竪琴が鍵になる。


「姫様のような美しい音色は出せませんが…」

「上手い下手は関係無いでしょう?それに、わたくしはシャーラの演奏も好きよ」

「ありがとうございます。姫様がお戻りになるまでには、弾けるようにしておきます」


竪琴は何の変哲もないものだ。仕掛けが施されているのは楽譜の方である。

普通に聴く分にはよくある楽曲だが、主旋律に隠れるようにして、符号に置き換えた言語を組み込んであった。この符号を理解できるのは『ホシオテース』の名を継承する者達のみ。竪琴の音色を用いた伝達術は、ホシオテース家秘伝のやり方なのだ。

ルミナが組み込んだメッセージは、次の通りである。


【我は『パテール』を継ぐ、ホシオテースの家の者。主人を持たぬ同胞達、都に集結せよ】

▷テル・アゼカ王国


ロムファイア…元・騎士団長。国王の意見に反対した為、侯爵→伯爵に格下げされた。

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