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蝋が溶け切り、灯りの消えた独房で、半ば気絶するようにして寝入ったルミナは、寒気を感じて目を覚ました。ほぼ無意識に腕をさすろうとしたが、体を少し動かしただけで全身に鋭い痛みが走る。そういえば鞭で打たれたなと、痛みを感じてから思い出した。

陽の光も差さない地下では、時間の経過がひどく曖昧だ。パーティーから何日が経ったのか、事件はどうなったのか、今後どんな処罰が待っているのか、何もわからない。

ルミナはごつごつした壁に背中を預けて、時間が過ぎるのを待つしかなかった。


意識の混濁が起こり始めた頃、ようやく独房の檻が開いた。


「姫様っ!!」


しかし、衰弱したルミナは動けなかった。駆け寄ってきた侍女が、軽くなった体を抱きかかえる。


「……この力持ちさんは、シャルテル、かしら…」


ルミナの掠れた声に、シャルテルと呼ばれた侍女は目尻に涙を浮かべながら頷いた。


「はい。そうです。シャーラはお部屋で治療の準備を整えています。急いでお運びいたしますね」

「…汚いのに…ごめんなさいね…」

「いいえ。姫様はいつだって白雪のようにお綺麗です」


シャルテルはシャーラの双子の妹だ。普段は城の外にいるのだが、主人の危機を知り、急遽引き返して来たのだ。姉のように髪をひっつめにしておけば、すれ違った城の人間は、シャーラだと思って疑わなかった。

シャルテルが小走りでルミナの自室に駆け込むと、そっくりな顔で目に涙を溜めたシャーラが、主人を妹ごと抱き締める。


「姫様…!なんておいたわしい…っ」

「…シャーラ、わたくしは平気よ」

「平気なものですかっ!もうすぐ薬湯ができますから、お待ちください。それまでにお体をお拭きいたします。シャルテル、手伝って」


双子から手厚い看病を受ける最中、ルミナはぽつんと「姉妹三人が揃うのは久しぶりね」と嬉しそうに言った。それを聞いた二人は、暗かった表情を明るくする。だがしかし、泣きそうな顔には変わりなかった。

シャーラお手製の薬湯を少しずつ飲みながら、ルミナは二人の報告に耳を傾けた。


「最終的に、給仕は女王陛下に脅されたと自白したのですが、揉み消されてしまい…事件は有耶無耶のまま終わりました」

「そう…シャルテル、公爵領の様子はどう?領民は混乱していたかしら」

「突然でしたので驚きはしていましたが、混乱は無かったですね。むしろ、これで高額な地税から解放されるのではと、喜ぶ者が多かったように見受けられます」


姉のシャーラがルミナの侍女として仕えるかたわら、妹のシャルテルは諜報員として活動していた。以前、ユストが街で見かけた謎のフードの人物は、シャルテルだったのだ。


「それと、やはり今年は不作になりそうです。しかも、百年に一度あるかないかの大不作です」

「…金貨をばら撒くだけでは、もう追いつかないわね」

「ですが姫様の施しで助かった人々は数知れません」


ルミナは自分宛に贈られた品を換金し、シャルテルを通じて、貧困に喘ぐ村々に流していた。問題の先延ばしにしかならない苦肉の策だったが、これで増税の負担が少しでも楽になればと思っての行動であった。


「……シャルテル」

「はい。何でございましょう」

「今後、事態は大きく進展していくはず。ユスト様に動きがあったら、彼の方の名をほのめかして、金貨を渡すようにしてちょうだい」

「!!」


今までは匿名で流してきたお金を、これからはユストからだと偽って渡せ、それがルミナの新たな指示だった。


「きっと後々、有利に働くわ」

「それはユスト皇子に、でございましょう。姫様には何の利益にもなりません」

「シャーラの言う通りですっ。そこまでなさらなくても…」

「わたくしは『我儘姫』、彼の方は『救世主』とならなくてはいけないもの。初めからそう伝えてあるはずよ。お父様を玉座から退け、ユスト様を新王に据える。それがわたくしの願いだと」


ルミナが『我儘姫』となった理由は、王城に留まり続ける為だった。

聞き分けのいい大人しい娘のままであったら、とっくの昔に、どこぞの貴族と結婚させられていただろう。全貴族から敬遠される事で、ルミナは自分の身を守っていた。いずれ訪れる、正義の鉄槌が下されるその日まで、王女としての立場を利用する為に。

なおかつ、ルミナを含めた王族が不利益を被れば、その分ユスト達が利益を得る。その為ならば、微塵も躊躇いは無かった。

両国が戦争を始めた頃から、ルミナは傍若無人に振舞ってきた。民からなけなしの財産を搾取する貴族に対し、豪華な貢ぎ物を要求した挙句、片っ端から気に入らないと文句をつける事で反感を買った。その裏で、奪われるだけの弱者にお金を還元してきた。

言うまでもなく、カーラル女王の妨害はあった。それはもう数えきれないほどに。以前にも増して激しくなった攻撃を、ルミナとシャーラ、シャルテルの三人は、結束し合って耐え抜いてきた。悲願が達成されるまで、何としても生き延びなければならなかったからだ。


「二人がわたくしに尽くしてくれるように、わたくしもユスト様の為に、力の限りを尽くすと誓った。それがわたくし達『ホシオテース』を継ぐ者の生き方よ」


堂々と宣言するルミナは、本来の髪色のように清廉潔白であった。




"『我儘姫』の機嫌を損ねると殺される。"

そんな噂が貴族中に広まりつつあった。ほどなくして、それはユストの耳にも届いた。公爵が亡くなったという情報も含めて、だ。


「姫サマの噂を増長させて、民衆を煽動するってのはどうだ?」

「却下だ」


すげなく一刀両断されたダグラスは唇を尖らせた。少し怖いくらいの顔で、ユストは説明を付け加える。


「ルミナ姫に怨みの矛先を向けても、国民のほとんどが姫君に関心が無いんだ。煽ったところで無駄に終わるのは目に見えている」

「それもそうか。俺らにしてみればチャンス到来って感じだけど、姫サマもえげつねぇな」

「公爵領がごたついてる間に、何とか捕虜達と接触を取りたいが…」


ダグラスの感想にはコメントせず、ユストは公爵領に囚われている大勢の捕虜について考えあぐねていた。


「しばらくは近隣の領から見張りの騎士を派遣するっていう話でしたよね」

「そうそう。そこに紛れ込めないかと思って試してはみたんだけど、上手くいかなくてさ。どうする、ユスト。他の手を考えるか?」

「……いや。良い着眼点だと思う」

「でも、騎士の甲冑を盗み出すのも一苦労だぜ?」


手がない訳ではない。ただ、大きな賭けになるのと、やり方が気に入らないだけだ。それでもユストは、どこか絞り出すような声で、思い付いた策を告げる。


「…ルミナ姫の力を借りよう。姫君の口添えがあれば、騎士になりすます事も可能かもしれない」

「名案だな…って言いたいとこだけど、かなり危険じゃないか?」

「甲冑を盗むのも同じくらい危険だろう」

「確かに。甲冑の持ち主の情報も盗まないと、点呼でバレちまうしな。お前から言い出したのは意外だったけど」

「………」


結局は、ダグラスの言った通りになってしまった。無力なユストは、力を持つ者に頼る事でしか、打開策を見出せなかった。


三度目ともなれば、流石に手慣れたものだった。しかし、油断は禁物だとよくよく言い聞かせ、ユストは前回と同じ方法で王城に忍び込んだ。日が開いてしまったので、執事服は片付けられたかもしれないとも考えたが、その心配は杞憂に終わる。変装道具はもとあった場所に鎮座していた。


「失礼致しま…」

「あら、ユスト様。お久しぶりですわ」


ルミナを一目見た途端、ユストは言葉を失い、入室の挨拶が途切れた。なんせ変わらぬ微笑みを浮かべる彼女が、まるで病人のように痩せていたからだ。失礼なのは承知していたが、襟から覗く鎖骨が不自然なほどに浮き出ているのを凝視してしまう。


「どうかなさいまして?」

「……もしや、お加減が悪いのですか?」

「いいえ?この通り元気ですわ」


確かに声の調子はいつも通りだが、肉の削げ落ちたその頰はいったい何だと、ユストは問い詰めたかった。


「…随分と、その…お痩せになられましたね」

「ああ、その事ですか。実はわたくしのことを『醜く肥えた贅沢娘』などと、不愉快極まりない渾名で呼んでいるのを、偶然耳にしましたの。腹が立ちましたので見返して差し上げようと、減量に励んでいたのです」

「…左様でしたか。しかしながら、過度の減量は体に害となります故、あまりご無理をなさらない方が…」

「ええ。怒りがおさまってきたら、あんな者達の為に食事を我慢するのが馬鹿らしくなりましたので、もう止めますわ」

「…そうしてください。もともとかなり華奢でいらっしゃったのです。これ以上体重を落としたら病気になってしまいますよ」

「心配してくださって、ありがとうございます」


散々ダグラスから忠告されていたのに、ユストは本気でルミナを心配していた。もし、彼女が痩せこけた本当の理由を知ったら、どうなっていたのだろうか。鞭で叩かれた所がじくじくと熱を持って痛み、実は立っているだけでも相当辛い、なんて。

それは神のみぞ知る事である。


「それはそうと、今日はどうなさったのですか?お父様達もいらっしゃるのに、珍しいですわね」


ルミナの痩せっぷりに驚かされて、本来の目的が頭から抜け落ちていた。ここからが本題だと、ユストは姿勢を正してルミナの瞳を見つめる。その真剣な眼差しに、何かを感じ取ったルミナは、密かに自分の手を握り締めていた。


「…ルミナ姫にお願いがあって参りました」

「わたくしに?」

「はい。姫君しか頼れる方がいないのです。何卒、お力を貸していただけないでしょうか」


ユストは頭を垂れて嘆願する。ルミナの返事に、今後の命運がかかっているのだ。ここで突っぱねられたら、計画が行き詰まってしまう。それどころか、暗躍が露見して全てが終わるかもしれない。

緊張の汗が背中を伝うユストは知る由もなかったが、彼女の返事は初めから一つしかない。頼ってもらえた歓喜をおくびにも出さず、ルミナはひたすら無邪気に頷いた。


「もちろんですわ。他ならぬユスト様のお願いですもの」

「っ、ありがとうございます…」

「それでお願いというのは何でしょう?」

「…はい。ここから南方の公爵領に、私が恩師と慕う方が捕虜として囚われているのですが…なにぶん、かなり高齢になりますので、どのような様子かと心配なのです。釈放しろなどと規約違反な事を願い出るつもりはありません。ただ、この目で恩師の無事を確かめたく、こうしてお願いに参上致しました」


恩師がいるというのは勿論、詭弁だ。しかし、理由は何でも良かった。

ユストにとっても、ルミナにとっても。


「よほど大切なお方なのですね。ユスト様のお願いはわかりましたが、わたくしはどうすれば良いのでしょうか?」


その言葉を待っていたとばかりに、ユストはダグラス達と話し合った作戦をルミナにも伝えた。


「…では、そのように手配しますわ」

「ルミナ姫には何と感謝を申し上げて良いのか…」

「まだ成功もしておりませんのに、お礼なんて気が早いですわ」

「ありがとうございます。あと、この事はどうかご内密に」

「わかっております。決して他言は致しません」


ルミナは玩具を貰った子供のように笑ったのだった。

ユストが帰った後、ルミナは表情を引き締め、すぐに指示を飛ばした。


「シャーラ、聞いていたわね?シャルテルと連絡をとって、急いで準備してちょうだい」

「かしこまりました」


健闘をお祈りします、というルミナの独り言は、誰にも聞かれる事なく、空気に溶けていった。

▷テル・アゼカ王国


シャルテル…ルミナのもう一人の侍女。シャーラの双子の妹。

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