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※暴力表現があります。

暑さの盛りが過ぎると、ダグラスの体調も回復し、長期の諜報活動を再開させた。それとほぼ同時期に、バサノス王達が避暑地から王城に帰ってくる。すぐ後に控えているのは、国王の誕生日パーティーだ。

その日は、貴族達が祝辞を述べるべく、各地からやって来る為、城では盛大なパーティーが催される。都も建国祭ほどではないものの、賑わいを見せるのだが、だからと言ってユストが浮かれ騒ぐ訳もなく、オルナンと二人、少しずつ増えてきた武器の手入れに勤しむだけだった。


さて、王城ではルミナが自室で竪琴の練習をしているところであった。このたび開かれるパーティーで、演奏を披露する予定があるからだ。「父親のパーティーにすら顔を出さない、とんだ恥知らず」だと、不名誉な噂が上塗りされる事を嫌がったカーラル女王から、出席を強制されているのだ。

国民の間では存在感が希薄なルミナだが、貴族の間となると途端に逆転する。"そう見えるよう"振舞ってきたのだから当然である。陰で義娘を虐待している女王でも、貴族達への体裁は整えたいらしかった。『不出来な娘を叱る母親』を演出したいのかもしれない。


(…どうでもいいわね)


父と義母の思惑など、ルミナにとっては塵も同然だった。家族だと思った事も無い。


「姫様の演奏は、いつ聴いても本当に素敵です。惚れ惚れと聴き入ってしまいます」

「ありがとう」


ルミナの家族は、自分を生んでくれた亡き母と、こうやって手放しで褒めてくれるシャーラだ。この場には居ないが、シャーラの家の者達とも、ルミナは家族と同等の強い絆を感じている。それで充分、幸せだった。


「姫様の腕前には、陛下達も文句の付けようがないでしょう」

「どうかしら。何も起きないと良いのだけれど…」


カーラル女王は嫉妬深く、陰険で、ルミナを嬲っては苦しむ様を見て、高笑いをするような女だった。金にしか興味の無いバサノス王の方が、まだましに思えてくるほどである。だが逆に、金絡みとなれば、バサノス王も妻に劣らない残虐さを表す。王が第一にしているのは、民の暮らしではなく、今の自分の豊かな暮らしである。

そんな人間達が主催するパーティーだ。ルミナの顔が曇るのも無理はなかった。




悪い予感ほど当たるとは、誰が言ったのか。ルミナはまたしても毒によって嵌められた。ただし今回はルミナが毒を飲んだのではない。パーティーに参加していた公爵が毒殺されたのだ。

給仕から受け取ったワインを飲んだ公爵は、次第に苦しみ始め、そのまま血を吐いて亡くなった。倒れた公爵の周りから悲鳴が上がり、一瞬にして城の大広間は騒然となる。すぐにワインを運んでいた給仕は捕らえられ、王の御前で尋問が始まった。

大柄な騎士に取り押さえられ、両陛下から睨まれた給仕は、子犬のように震えながらこう供述した。


「お、脅されたのです…っ『公爵に毒を盛らなければお前を殺す』と…」

「それは誰か!」

「……る…ルミナ殿下、です…」

「!!」


たったいま死んだ公爵は、以前ルミナが贈り物に不平を言い、目の前で換金しろと命じた人物でもあった。憤慨した公爵は、その時の出来事を知り合いの貴族に吹聴してまわったので、皆の知るところとなっていた。その為、会場の騒めきからは驚きの声が半分、納得の声が半分といった具合であった。

そして当のルミナだが、無論そんな命令は出していない。だいたい、毒なんて手に入れにくいものを用意する余裕があるなら、それよりも先に一日の食糧を調達している。

王族の席に座っていたルミナは、でたらめな証言を聞いても冷静だった。だが敢えて『我儘姫』らしく振舞う。


「なっ…!このわたくしに向かって、なんという嘘を吐くのです!!」

「お前という子はどこまで愚かな!善悪の区別もつかないのですか!いくら気に入らぬ相手とは言え、ここまでするとは…!」


狼狽えるルミナに対して、カーラル女王はさも怒り心頭とばかりに、義娘を責め立てる。その目が底意地悪く光っているのを、ルミナは見逃さなかった。


「わたくしよりも、この男の言葉を信じるのですか!?」

「黙りなさい!衛兵、ルミナを牢へ連れていきなさい。疑いが晴れるまで出すでない!」

「触らないでくださいまし!わたくしにこんな事をして、許されると思いまして!?」

「早く連れておいき!!」


ルミナは大声で喚き、暴れて、みっともない姿を晒してみせた。力づくで退場させられる途中、顔色を非常に悪くして、今にも駆け寄って来そうなシャーラと目が合う。ルミナは視線だけでそれを制すと、もがきながら衛兵に引きずられていったのだった。


王城の地下には、暗い独房がある。


(…随分と久しぶりね。ここへ来るのは)


ルミナが石畳みの冷たい牢に閉じ込められるのは、何もこれが初めてではない。母が亡くなってから何度か、食事を抜かれて放置された事がある。

独房の中にあるのは、いつから置いてあるのか知れない水の入った桶と、小さな蝋燭が一本、そしてぼろ切れのような毛布が一枚。夏用の薄い衣装を着ているルミナが、寒さをしのぐのは厳しすぎた。穴だらけの毛布に包まっても、少しも暖かくならない。


「…………ユスト様…」


独房の端っこで体を縮めたルミナは、ずっと想い続けてきた人の名を小声で呼んだ。目を閉じ、幼い日の出来事に思いを馳せる。それはルミナにとって、極上の宝石さえも霞むほど、至極大切な思い出だった。




ルミナの母イルエは貴族でもない、ただの民間人であった。偶然が重なり、バサノス王の目に留まったイルエは、望まぬまま国王の愛人となったのだ。

バサノス王が愛するのは富のみ。イルエを愛人にしたのだって、単に彼女の見た目が珍しかっただけで、そこに男女の情愛は無い。言うなれば鑑賞用の珍品である。加えて、カーラル女王からは猛烈な憎悪を向けられ、イルエは堪え難い日々をおくらなければならなかった。娘のルミナが生まれてからは、より激しさを増していった。

イルエがバサノス王に呼ばれ、そばに侍る時は、決まってカーラル女王が鬱憤を晴らすかのようにルミナを虐待した。庇ってくれる母は不在、乳母は止めに入りたくても入れず、幼いルミナは暴力の嵐に、ひたすら耐えるしかなかった。

あの日は、義母の目を盗み、部屋を抜け出していた。あまりにも辛い毎日に、ルミナは庭園の木々の間にうずくまって涙を流した。誰にも見つからないよう、声を殺して泣いていたのに、あの人はルミナを見つけてくれたのだ。


『…どうしたの?大丈夫?』


ルミナの周りに、こんな優しい声をかけてくれる男性はいなかった。だから、おっかなびっくりして、ルミナは顔を上げたのだった。

手を差し伸べていたのは、ルミナよりも四つか五つほど年上の、男の子であった。


『傷が痛む?』


男の子が伸ばしてくれた手に怯え、ますます縮こまったルミナだったが、その子の声は気遣いと心配を含んでおり、先程よりもいっそう優しい声色になった事を感じとっていた。

正直なところ、傷はさほど痛くなかった。いや、痛いことは痛いのだが、もう慣れてしまっていたのだ。だからルミナは、おずおずと首を横に振った。そうしたら、男の子の顔が哀しげに歪んだので、どうしてあなたがそんな顔をするのだろう、とルミナは思った。


『……ぁの、ね…』

『うん?』


何も喋らなかったのが嫌だったのかな、そう考えた幼いルミナは、勇気を出して男の子に話しかけた───




「いい気味だわ。『我儘姫』なんて呼ばれて、私への仕返しのつもり?馬鹿ね、自分で自分の首を絞めただけよ」


宝物の記憶に浸っているのを台無しにしたのは、カーラル女王だった。湿っぽい地下にわざわざ足を運ぶなんてご苦労な事だ。その労力を少しは国民の為に使えばいいのに、夫と同様カーラル女王も、国民を納税するだけの道具としか見なしていない。

この女のせいで、イルエは死んだ。母のお腹に宿っていた、ルミナの弟か妹と一緒に…。

檻の内側に入ってきた義母を、ルミナは静かな怒りを滲ませて見上げた。


「………」

「…何よその目。本当に気に食わないわ。お前も、お前の母親も!!」


カーラル女王は持参していた鞭を、思いっきり振りかぶった。風を切る音がしたと同時に、ルミナの雪肌が打たれる。


「うっ…」

「憎たらしい!お前達がいなければ!陛下は私だけを見てくれたのに!」


カーラル女王がひと言怒鳴るたび、大きく鞭がしなる。

バサノス王は誰も愛してなどいない。あの愚王の目には富しか映っていないのだから。実に滑稽な話だ。

何度も何度も鞭で打たれるうちに、皮膚は削がれて衣装に血が滲んでいく。追い打ちをかけるかのごとく、カーラル女王はルミナを乱暴に足で蹴飛ばし、這い蹲らせた。


「卑しい売女の娘め!!」


力のこもった一発が、ルミナの頭部に直撃する。ぐわんと頭が振られ、意識を持っていかれそうになった。間髪入れず、容赦の無い一振りが頸の後ろを掠めた。すると、その衝撃で彼女の黒髪が飛ばされる。そう、文字通り"吹き飛んだ"のである。


「……相変わらず、薄気味悪いわね」


黒髪の下から現れたのは───純白の髪。

心許ない蝋燭の光の中でも、輝くほどの白さだ。肩の上で切り揃えられた髪は、根元から先端まで、雪を被ったように真っ白であった。吹き飛ばされたのは、黒髪のかつらだったのだ。

彼女こそ、ユストが捜していた『ルーナ』であった。

ルミナはきちんと名乗ったつもりだったのだが、三歳児の舌足らずな発音では、正確に伝わらなかったのだろう。それに、十年以上も前の出来事である為、ユストが記憶違いをしていてもおかしくはない。


「その老婆みたいな白髪も、死人のような肌も。気持ち悪いったらないわ」


母のイルエも、生まれつき白い髪、白い肌をしていた。その物珍しさを国王は気に入ったらしいが、カーラル女王はいつも、汚物を見るような眼差しを向けていた。

数十回も鞭を振るったせいで、カーラル女王は大きく息を乱している。最後にそう吐き捨てると少しは満足したのか、独房から出て行った。

石畳みの上に伏せるルミナは、自分の視界に入った白色を、のろのろと傷だらけの手で一房摘まむ。


(……ユスト様が、一番お好きな色…)


正直なところ、ユストの顔はあやふやにしか覚えていない。せいぜい、青い眼をしていたな、くらいである。鮮明に覚えているのは、彼の思い遣りに満ちた声と言葉だ。


『……ぁの、ね…』

『うん?』

『わたしの、かみの毛…きもちわるいって、言われるの…』

『そんなことない。気持ち悪くなんかないよ』

『でも…』

『だって白は、正義の色だ』

『せいぎの、色?』

『そう。僕の一番好きな色なんだ』

『ほんと…?ほんとに、この色がすきなの?』

『本当だよ。それにね、僕のユストって名前にも、正義って意味がある。だから、君と僕は同じだね』

『おなじ…わたしと…』

『うん。ところで君の名前は、何て言うの?』

『…わたしは───』


ずっと嫌いだった自分の色。

でも…あなたが『同じ』だと、そう言ってくれたから、初めて誇らしく思えた。嫌いから特別になった。そして、あなたを意味する『正義』に強く、強く憧れた。


(わたくしは必ず、悪がのさばるこの国に、ユスト様の掲げる正義の旗を打ち立てる)


他人が聞けば大袈裟に思うかもしれないが、ユストとの出会いは、ルミナの生きる世界を変えたのだ。漠然と絶望だけが広がっていた世界に、ユストという輝かしい希望が生まれた。その希望があったから、ルミナは進むべき道を見失わずにいられた。どんな時も挫けず、強くあることができた。

日に日に膨らむ感謝の気持ちは、彼の計画の成功でもって表明する。そう誓うまでに、大して時間はかからなかった。


「……やっと…ご恩を、お返しできます…」


ルミナの唇は優しい弧を描いていた。

▷テル・アゼカ王国


イルエ…ルミナの母親。無理矢理バサノスの愛人にさせられた。容姿は娘と瓜二つ。

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