表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

第8話「帰ってきた前大家さん」


 天まで届く光の柱が収束する。

 光の粒子が空気中に溶け、静寂が訪れた。

 後には塵ひとつ残らず、これを見届けた大家殿は一仕事終えたように「よし」と一言。


「帰るか」


 箒についた埃を軽く落として肩に担ぐ。

 強化魔法はすでに効力を失い、竹箒はすでに何の変哲も無いソレに元通りだ。


 私は、この夢のような光景を前に呆然とするほかない。

 分からないことだらけだ。

 しかし、ただひとつ確実なこと。


 勝ってしまった。

 自らを空白級(ブランク)と評する彼が、災厄にも例えられる神話級(ミソロジー)モンスターを、いとも簡単に滅してしまったのだ。


「お、大家殿!」


 考えるよりも先に口が動いていた。


「うん?」


 と彼がどこか間の抜けた声をあげる。


 白い頭巾と口元に巻いた赤いバンダナ、そしてエプロン姿。

 一部始終を目の当たりにしていた自分自身でもにわかには信じられない。

 彼がつい今しがた世界を救った、などとは。


 だからこそ私は声を大にする。

 いや、大にしなくてはならないのだ!!


「お、大家殿は何も思わないのか!?」


「なにが?」


「あれだけのモンスターを倒したことについて、だ!!」


「――それは心外だな、ルシルちゃん」


「っ!?」


 その言葉を皮切りに大家殿の発散する気配が一変する。

 やはり、大家殿は――!


「さすがに害虫一匹駆除したくらいではしゃいだりするほどアホじゃないよ俺、はは」


「あああああああ!!!」


 絶叫しながらがしがしと頭を掻きむしった。

 何故だ!? 何故こんなにも噛み合わない!?


「ま、偉そうなこと言ったけど、確かに俺もこのアパートに来た当初はめちゃくちゃ苦戦したっけなぁ……さすがにしょっちゅう駆除してたら慣れたけど」


「しょっちゅう、あんなのが!?」


「週に一、二匹かなぁ、多い時は二日に一匹……あ、もしかしてルシルさん虫嫌いだった?」


 彼は一体何を勘違いしているのか、心配そうに尋ねかけてくる。


 ――愕然とした。

 あんな災厄の化身じみた神話級(ミソロジー)モンスターが週に一、二匹? 多い時は二日に一匹??

 それはすなわち、このグランテシア大陸が週一から週四のペースで滅亡の危機に瀕している、ということだ。

 そして目の前の彼は、その度に世界を救っている。


 まるでちょっと庭先の掃除でもするような感覚で。

 人知れず、そしておそらく自分さえ知らず――彼は救世を繰り返しているのだ!


「――大家殿! 何故あなたがそんな勘違いをしているのかは知らないが、あなたは決して空白級(ブランク)などではない!」


「……ん? どういうこと?」


「だから大家殿! あなたは神話級(ミソロジー)さえ超越したまったく新しい等級の――!」


 伝えなければ、という使命感があった。

 しかしその言葉は、喉のあたりまで出かかって――そこで止まる。

 いや、厳密には止められた。

 まるで気配だけで首をへし折られるような、そんな無際限の殺気を背中で感じて。


「ひぃっ!?」


 私は思わず情けない悲鳴をあげて振り返る。

 一体、どんな化け物が私の背後に――!?


 しかしそこに立っていたのは、私の予想に反して頭から狐耳を生やした和装の少女。

 大家殿は彼女の姿を認めるなり、親しげに話しかける。


「――あれ? 前大家さんじゃないですか」


 そして「前大家さん」と呼ばれた彼女は、にまりと目を細めた。


「久しぶりじゃのうオルゴ、調子はどうじゃ?」


「ぼちぼちですよ、それにしても前大家さん今は旅行中では?」


「なあに、ちょっと野暮用があっての、ところで……」


 前大家さんがこちらに振り返る。。

 糸のように目を細めてこちらを見上げる彼女は一見愛らしい少女のようだが――違う!

 私の中の竜の血が今までにない大音量で警鐘を鳴らしている!

 なんだ、この少女の皮をかぶった化け物は!?


「……そこの娘っ子は、新しい住人かの?」


「ええ、今日からイナリ荘に」


「そうかそうか、……時にオルゴよ、ワシは久しぶりにおぬしの淹れたはーぶてぃーが飲みたいのう」


「大家さんが進んでハーブティーを飲みたがるなんて珍しいこともあるのですね、水筒に残りがありますが?」


「淹れたてが飲みたいのう、熱々が飲みたいのう、というわけでオルゴ、先にイナリ荘に戻って用意してくれんか? ワシはこの娘っ子にちと用があるのでな、後で向かう」


「……まぁ、前大家さんがそう言うなら」


 大家殿がしぶしぶと踵を返す。

 私は徐々に遠くなる大家殿の背中を見つめながら――その場を動けずにいた。

 待ってくれ大家殿! この化け物と二人にしないでくれ!

 本心ではそう叫びたくてたまらなかったのだが、喉が引きつって声すら出なかった。


「さて……と」


 大家殿の背中が見えなくなるのを確認して、前大家さんがこちらへ向き直る。

 そして、口元をにたりと吊り上げて


「――邪魔者も消えたことじゃし、がーるずとーくとしゃれこもうではないか、なぁ、竜の血を引くシルイット家の次女、ルシル・シルイット嬢よ?」


 助けてくれ大家殿、大家殿、大家殿……(エコー)


もしよろしければブクマ・感想・レビュー等いただけると、作者のモチベーションが上がります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ