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第7話「最強大家さん降臨」


 なんとなく、悪い予感はしていたのだ。


 最近、少し空気が乾燥していたし、季節の変わり目ということもあって昼夜の寒暖差が激しかった。

 そう考えると、ルシルが俺に握手を返さなかったのも、返答がそっけなかったのも、どこか元気がなかったのも、全部納得できる。

 彼女はつんけんしているように見えたのだが、実際は違ったのだ。


 まったく、取り急ぎクモの巣を片付けて、着替えもせずにそのまま駆け付けた甲斐があったというもの。

 ――まさか、ルシルがモンスターの前でダウンするほどのひどい風邪(・・)をこじらせていただなんて!


「まったく、本調子じゃないなら早く言ってくれよ」


 俺は水筒のフタに、湯気立つハーブティーを注ぐ。

 いつも作りすぎてしまうので残りを水筒に入れて携帯しているのだが……全く、自らの用意の良さが怖い。

 俺は、これを満身創痍のルシルへと差し出した。


「これは……」


「自家製のハーブティー、これが結構効くんだよ、鼻づまりとか一瞬で治るし、ほら冷めない内に」


「こ、心遣いはありがたいが、私はもうすぐ死ぬ……」


「バカ、風邪で死ぬやつがあるか」


 まったく、見かけによらず弱気なヤツだな。

 俺はぐったりしたルシルを抱え起こすと、半ば無理やりハーブティーを飲ませる。

 住人の体調に気遣うのも、大家さんの役目だ。


 彼女は最初ためらうような素振りを見せたが、恐る恐るこれを口に含んで……ごくりと一口。

 するとどうだ。

 ルシルは一度目を見開いたかと思えば、まるでむしゃぶりつくように、ごくごくとこれを飲み干してしまったではないか。

 うん、よほど喉が渇いていたと見える。


 そしてここからが俺特製ハーブティーの本領発揮だ。

 彼女の青ざめた肌がみるみる内に朱を帯びていく。

 これを飲み終えた時、彼女はすっかり元の調子だ。


「う、嘘だ……身体が、身体が軽くなった!?」


「だろぉ?」


 にんまりと笑う。

 俺の自家製ハーブティーにかかれば流行り風邪程度は即時快復!

 商品化したら絶対売れるだろこれ! 大家業より儲かったりするんじゃねえの!?

 なんて天狗になってみる。多分無理だろうけど。


「間違いなく死の間際であったはずなのに……! どのような調合をすればこのようなポーションが!?」


「見かけによらずおだてんの上手いなぁルシルさん、ウチに帰ればいくらでもあるから好きなだけ分けてやるよ!」


「いくらでもあるのか!? これが!?」


 そんな食い気味に……よっぽどハーブティーが気に入ったんだなぁ、ルシル。

 嬉しいから帰ったら量産体制に入ろう。

 これでただの社交辞令だったら俺一人で泣くからね。


「……あ、いや! そうではない! 大家殿!」


「はい?」


「どうしてそれだけの実力を持ちながら、空白級(ブランク)などという嘘を!?」


「……実力?」


「こっ、黒竜を一撃で倒してしまっただろう!? しかもその、竹箒で!」


「……黒竜ってなに?」


「アレに決まっているだろう!」


 一転して元気になったルシルが、震える指で地面に頭をめり込ませたままぴくりとも動かなくなった例の公害モンスターを指している。

 あれが、黒竜?

 ……はは、ルシルさんも冗談とか言うんだな。


「いいかいルシルさん、あれはな、でかめの蛾だよ」


「でかめの、蛾!?」


 そんな目玉が飛び出そうなぐらい驚かなくても。

 もしかしてルシル、都会育ちで蛾とか見たことないのかな?

 それならちゃんと説明しないとな。


「黒いし、羽があるし、鱗粉を飛ばしてただろ? 蛾っていうんだよ、あれは」


「蛾が喋るか!」


「このへんの蛾は、大体喋るんだよ」


「何故そんな嘘を!?」


「大体、竜なんて大層なもの、空白級(ブランク)の俺が倒せるわけないだろ? しかも箒で」


「かっ……!?」


 へらへら笑いながら言ったら、彼女は言葉を失ってしまった。

 彼女は何をそんなにはしゃいでいるんだ……?

 一瞬、病み上がりで混乱しているだけかと思ったのだが、少し考えてみて、ぴんときた。


 俺は優しげに笑みを浮かべて、ぽんと彼女の肩を叩く。


「ルシルさん……心配しなくても、俺は言いふらしたりしないし、こんなの数の内に入らないって」


「は……? 大家殿は一体なにを……?」


「だからさ」


 俺はできるだけ彼女を傷つけないように、微笑んで言った。


「……ルシルさんは風邪で本調子じゃなかったんだ、だから空白級(ブランク)の俺でも倒せるでかめの蛾に負けそうになってたことなんて、ノーカンだと思うよ、俺」


「ああああああああっ!!!」


 彼女は自分の中の何かが切れてしまったかのように叫んで、ワシワシと頭をかきむしった。

 う、なるべく傷つけないように言ったつもりだったのに。

 次からはもう少しオブラートに包んだ言い方にしなくては……


 と、その時である。


『……蛾? ハーブティー? 空白級(ブランク)??』


 地中からくぐもった声が聞こえてくる。

 その直後、どかあああんと盛大な音を立てて、例の“でかめの蛾”が、地中に埋まった頭を引き抜いた。


『――貴様のような空白級(ブランク)がいるかあああっ!!』


「うわ、まだ生きてたのかよ……」


 やっぱり山の虫は無駄にしぶといな……


『な、なんだその一度潰した虫けらでも見るような、ちょっと嫌そうな目は!?』


「……その言葉の通りですけど」


『があああああっ!? 我は竜! ドラゴンなるぞ!! 蛾ではない!! 厄竜パンデアである!!』


「いやなんでお前までルシルに話合わせるんだよ、せっかく話がまとまりかけたのにややこしくなるだろうが」


『何故!! 我が!! 人間なんぞに!! 気を遣うのだ!!』


 何が気に障ったのか地団太を踏む、なんとかパンデアとかいう果物の品種みたいな名前をしたでかめの蛾。

 俺としてはただただうるさいなぐらいにしか思わないのだが、どうやらルシルはそうではないらしい。

 せっかくよくなった顔色が、さああっと青ざめる。


「ま、まずいぞ大家殿! ヤツの逆鱗に触れてしまったらしい! このままでは世界が……!」


「大袈裟だなぁルシルさん、でかめの蛾だってば」


『――もう殺す!! 根こそぎ殺す!!』


 パンデアが怒り心頭といった具合に、大きく翼を広げる。

 またそれか……


『かかかか! 一瞬焦ったが、どうということはない! どうやらそのバカげた効能のポーションにも限りがある様子!』


「いや、部屋に戻れば山ほどあるけど……」


『限りが!! ある様子!!』


 頑なだなぁ。


『――ならば問題ではない!! その小さな器に収まったポーションが尽きるまで我が死の霧を浴びせるまでよ!!』


「……(洗濯物が汚れるから)できればやめてほしいんだけど」


『かかか! もう遅い! さらばだ罪深き命よ!』


 パンデアがはばたきの予備動作に入る。

 ……また無遠慮に鱗粉を撒き散らす気か。


「大家殿!! ヤバい! ヤバいぞ!?」


 ルシルがキャラに見合わず焦り切った口調で俺の肩をがくがくと揺らしてくる。


 確かに、ヤバいな。

 あれだけでかい蛾のばらまく鱗粉だ。

 洗濯はやり直し必至、窓も汚れてしまう。

 そんなの御免だ。


 で、あれば――


「大家さんの本領発揮だな」


 俺はエプロンのポケットに仕込んだ大家七つ道具の一つを取り出す。

 それは一本の――筒。


『かかか! 今更どんなマジックアイテムを取り出そうが遅いわ! 我が放つ死の霧はごく微細の粉塵! これを防ぐ手段などはない! 終わりだ!』


 ばさり、とパンデアがはばたく。

 それと同時に舞い上がる鱗粉の津波。


「う、うわあああああっ!!!?」


 ルシルが悲鳴をあげて身構えた。

 確かに、これは女の子にとっては相当ショッキングな光景だろう。

 だからこそ俺は、筒のフタを開け放ち、その中身をパンデアめがけてぶちまけた。


『かかか!! 無駄だと言っておろう! さあ苦痛に悶え、死ぬがよ……ん!?』


 パンデアが驚いたような声をあげる。

 ルシルもまた同様に、目を丸くしていた。


 ――なんせ、パンデアの放った鱗粉が一つ残らず消えてしまったのだから。


『な、我が死の霧が……!? き、消えてゆく!?』


「お、大家殿!? 一体どれだけ高位のマジックアイテムを……!?」


「茶殻」


「『茶殻ァ!?』」


 パンデアとルシルの声がハモった。

 ふふん、でかめの蛾でさえ驚嘆せざるを得ない家庭の知恵。

 これぞ大家さん七つ道具の一つ「ハーブティーの茶殻」だ。


「普通捨てるしかない出涸らしの茶殻も再利用すると上手い具合に埃を吸いつけてくれるんだよな、掃き掃除の前に床にばらまいておくと埃が立たなくていい感じになる、タメになったでしょルシルさん……ん? どうしたのへたり込んで?」


「ちゃ、茶殻……」


 そんなに驚いたのか?

 まぁ俺も前大家さんにこれを教えてもらった時はびっくりして腰を抜かしそうになったけど、本当に腰を抜かすほどではなかったぞ。

 ちなみにこれは普通の茶殻でも可能だが、俺の自家製ハーブティーの茶殻でやると何故か効果が数倍に跳ね上がる。

 これも前大家さんの直伝の知恵。

 ありがとう前大家さん、おかげで洗濯の手間が省けたよ。


『ちゃ、茶殻なんぞで我の死の霧が……あらゆる生命に死をもたらす災厄が……』


 パンデアさんもよっぽど衝撃だったのか、よろめいている。

 受け売りだから、そこまで驚かれるとバツが悪いな……


『み、認めん! 認めんぞ!!』


 パンデアが、再びはばたく。

 二度、三度、四度……

 何度やろうが茶殻をぶっかけてやるだけだ。


 しかし、どうも様子がおかしい。

 彼から放たれた鱗粉は舞わず、まるで意思を持っているかのようにパンデアの頭上に集まっていって――黒い塊を成したではないか。


「あ、あれは! 死の霧が……!?」


『かかかかかかっ! これならば防げまい!! 食らえば神話級(ミソロジー)モンスターでさえ屈する死という概念そのもの!! どうだ! 圧巻だろう!?』


「……汚っ」


『死ね!』


 なんとまぁ端的な――

 と、その直後黒い塊が俺の頭上へやってきて、まるで滝のように鱗粉が降り注ぐ。


「大家殿ぉぉぉぉ!!?」


『かかかかか!! 直撃だ! 今度こそ終わりだ!』


 ルシルが悲鳴をあげ、パンデアが高笑いをする。

 やがて、真っ黒に塗りつぶされた視界が晴れ――

 ――俺はその場に佇んだまま、不快に満ちた表情で、パンデアを睨みつけていた。


 そして一つ。


「……けほっ」


『けほっ!?』


 パンデアが驚愕の声をあげた。


 ……まったく、抗議の意を込めて一つ咳き込んでみせたのだ。

 申し訳なさそうな顔の一つでもすれば許してやってもよかったが……もういい、さすがに堪忍袋の緒が切れた!


「覚悟しろ不快害虫め! 少しだけ本気を見せてやる!」


 俺は竹箒の柄を右手でなぞりつつ、強化魔法を付与していく。

 前大家さん直伝の、えーと、名前忘れたけどなんかスゲー魔法を!


 俺の手を伝って、竹箒に魔法が刻み込まれてゆく。

 これにより、竹箒が目も眩まんばかりの光を放ち始める。

 光が限界まで高まり、もはや竹箒の輪郭のみが分かるようになった段階で――俺はパンデアめがけて駆け出した。


「――大掃除の時間だパンデア!」


『え、ちょ、嘘!? 我、箒で!? ……というか、その光、神性の……!』


 問答無用。

 俺は全速力でパンデアの懐に潜り込み、そして低く箒を構える。

 これが俺の、少しだけ本気の一撃!!


 俺は東洋の侍さながらに箒を振り抜いた。

 縦一閃――それはまさしく昇る朝陽がごとく。

 竹箒は光の軌跡を描き、パンデアの身体を飲み込む。


『お、お前のような大家がいるかあああああ!!!』


 それが彼の最期の言葉であった。


 パンデアの身体は細胞一つ残さずに分解され、そして光の柱に乗せられて、そのまま天へと昇って行ったのだ――


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