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第3話「大家さん生活の幕開け」


 等級認定試験が終わるなり、俺は全速力で“イナリ荘”へと舞い戻った。


「大家さんっ!!」


 彼女の名前を叫びながらドアを開け放つ。

 狐耳の大家さんは座布団の上にあぐらをかいて――信じがたいことに、好物の油揚げをおかずに白米を食べていた。


「騒々しいのう、なんじゃオルゴ」


 食事を邪魔されて、いかにも不機嫌そうな表情。

 しかし彼女の機嫌も、そのぞっとしない食べ合わせも、この際関係ない!


「さっき等級認定試験の結果が出たんですけど!」


「ほほう、……で? どうじゃった」


空白級(ブランク)だったんですけど!?」


「よっしゃあ!」


 握り拳を突き上げる大家さん。

 よっしゃあ……?


「あ、いやリアクションを間違えたのじゃ、それは辛かったのう……ワシまで悲しい」


「……じゃあなんでそんなに嬉しそうなんですか」


「たた、たわけ! ワシも混乱しておるのじゃ!」


 確かに、言われてみれば困惑している。

 目も泳いで、額には脂汗。

 ああ、俺もまた混乱しているとはいえ、あれだけお世話になった大家さんを疑うとは!


「で、何が起こってオルゴが空白級(ブランク)なんぞに?」


「それが、俺が笛吹き羊の前に立ったら笛吹き羊が死んでしまって……羊を鳴かせられなかったので、空白級(ブランク)と……」


「……ふ、笛吹き羊はストレスに弱いからのう、大方試験で酷使されてストレスが溜まっていたのじゃろう……」


「なるほど、大家さんは博識ですね……」


 大家さんは顔を伏せ、ぷるぷると肩を震わせている。

 泣いているのだ。あまりに不甲斐ない結果に……


「し、しかし事情はどうあれ、もはやおぬしが空白級(ブランク)という事実は変えようがない」


「じゃあ俺の公務員ライフはどうなるんです!?」


「もちろんパァじゃ、公務員の最低条件は語り草級(トピック)じゃからの」


「そ、そんな……!」


 膝から崩れ落ちる。

 目の前が真っ暗になるような感覚が俺を襲った。


「それどころか、空白級(ブランク)ともなれば雇われる場所も限られてくるの、実家に戻って畑でも耕すか、もしくは冒険者になって日がな一日中薬草でも摘むか……」


「絶対に嫌だ!!」


 思わず声を荒げてしまう。

 冒険者になるなんて言語道断!

 安定しない給金! 社会保障もなし!

 加えて定時が存在しない!


 実家云々は、もっとない!

 何が悲しくてあんな田舎に帰らなきゃならないんだ!

 俺はそこそこ栄えたこの町で、悠々自適にスローライフを送るつもりだったのに……!


 しかしどうしようもない。

 空白級(ブランク)を雇ってくれて、なおかつ先の条件を全て満たすところなんて――


「ふむ、そんなおぬしに一つ提案なのじゃが」


「なんですか大家さん……」


「――おぬし、ワシの代わりに“大家さん”にならんか?」


「え……?」


 思わず言葉を失った。

 俺が、大家さんに……?


「悪い話ではなかろ? このアパート“イナリ荘”を経営して、住人からの家賃収入で暮らすのじゃ、いわゆる不労所得じゃぞ?」


「不労、所得……!」


 その言葉は、ひどく俺の胸を打った。

 働かずして収入を得る。

 それは俺が目指していた公務員ライフよりも、更に上――!


「で、でもどうして……?」


「ワシも大家業に疲れてきてのう、これも何かの縁じゃ、いっそのことイナリ荘は前途ある若者に託そうかとな、どうじゃ?」


 ――それはまさしく神のお告げ。

 俺は暗く閉ざされた未来が、一気に開かれるような心地がした。

 こんなの、受けるほかないじゃないか!


「やります! 俺、大家さんやります!」


 捨てる神あれば拾う神あり。

 俺は滂沱の涙を流しながら、元大家さんに抱き着いた。

 彼女はよしよしと俺の頭を撫でながら――にやりとほくそ笑む。


「こーんこんこん、全てはワシの手のひらの上……」


 大家さんが何かを言っていたような気がしたが、今の俺には一切聞こえていなかった。

 なんせ今日から始まるのだ――俺の輝かしい大家さんライフが!



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 少し時は遡り、これはオルゴ・ノクテルが空白級(ブランク)の判定を受け、がっくりと肩を落として試験会場を去った、その直後のこと。

 ミレイア・クリュオールは会場に残り、突如絶命した笛吹き羊の亡骸を見下ろしていた。


「君、まだ残っていたのかい」


「そんなもの眺めていたって楽しくないだろう」


 試験官たちが彼女を気遣って声をかける。

 しかし彼女は一向にそこから動こうとしない。


「……笛吹き羊はストレスに弱い、おそらく連日の試験で酷使しすぎたせいで、事切れてしまったのだろう、ただそれだけさ」


「……本気でそう思ってらっしゃるのですか?」


「え?」


 試験官の間抜け面を見て、ミレイアはあからさまに侮蔑を示した。

 なんという節穴。

 与えられたばかりとはいえ、伝説級(レジェンド)の等級を持つミレイアは直感的に感じ取っていた。


 ほんの一瞬とはいえ“あの男”が発したとてつもない殺気。

 笛吹き羊は過労によって死んだのではない。

 間違いなくオルゴ・ノクテルの気にあてられて――


 その時である。


「……ん? あれ、気のせいか……?」


「なんか今、笛吹き羊の足が動いた気が……」


「いや! 気のせいじゃない! 生きてるぞ!?」


 なんと、突然に笛吹き羊が息を吹き返したのだ。

 硬直した足をわしわしと動かし、ひょこんと立ち上がる。


 そして笛吹き羊は――啼いた。


「xにくぉ2営おfhんイcぁいwlhぃおlmでおふんxぉhq――――!!!!」


 この世の物とは思えない凄まじい鳴き声。

 上も下も分からなくなるほどの音の濁流が、世界をかき混ぜる。


「ふ……ぐっ!!?」


 ミレイアは咄嗟に耳をふさいだ。

 一方で対応に遅れてしまった試験官たちは白目を剥き、泡を吹きながらばたばたと倒れていく。


 一体、笛吹き羊は何を呼んでいる……!?

 音がやんだのちミレイアはすかさず辺りの様子を窺った。

 どこから来る? どんなモンスターが来る!?


 ――ソレは、ミレイアに視認されるまで一切気取られず、彼女の背後で低い唸りをあげていた。


「なっ!?」


 ミレイアの目撃したソレは、目のない竜であった。


 鉱石のような表皮で覆われた身体を、強靭に発達した四肢で支えている。

 研ぎ澄まされた槍のような尻尾に、蒼い光をたたえるオリハルコンの牙。

 翼は退化しているようだが、ワイバーンやドレイクなどのまがい物ではない。

 正真正銘のドラゴンである。


「あ……」


 がらん、とミレイアの手から槍と大盾が滑り落ちる。

 腐っても熟練の戦士、本能で察知したのだ。

 下手に武器を構えるよりも、万に一つ、彼がその気まぐれによって自らを見逃す方が生き残る確率が高い、と。


 純粋なドラゴンは最低でも伝説級(レジェンド)とされているが、目の前のソレはそんな次元ではない。

 恐らくは単身で城一つ落とせる災厄の化身。

 すなわち神話級(ミソロジー)である、と。


 事実、ミレイアの予想は当たっていた。

 ミレイアは知らないが、かのドラゴンの名は“城喰らい”。

 かつて自らの無際限の食欲によって、名のある大国をいくつも滅ぼし、残った廃墟を全て食い尽くしたという伝説のドラゴンだ。

 のちに語られる大災厄の後、深い眠りについていたのだが“笛吹き羊”の鳴き声が彼を目覚めさせてしまった。


 彼は、千年ぶりの目覚めによってひどい空腹に苛まれていた。

 だからこそ白銀の甲冑で身を包んだミレイアは、彼にとって空腹を紛らわす絶好のおやつであり――


「あっ」


 ミレイアは実に緩やかに自らの死を悟る。

 走馬灯を見る暇すらない。

 オリハルコンの牙がすぐ目の前まで迫る。


 その時


「――まったく、オルゴも面倒なものを呼びおったわい」


 ミレイアは見た。

 一体いつからそこにいたのか、竜の鼻先に跨る一人の狐耳の少女の姿を。

 遅れて竜が彼女に気付いて振り落とそうとするが、狐耳の少女は拳を握りしめて――


「暴れるな、トカゲ風情が」


 ――なんと、拳骨を食らわせた。


 いや、果たしてそれは拳骨と呼んでいいのだろうか?

 幼い少女の、かわいらしい握り拳は、あまりの速さに一瞬とはいえ光を放ったのだ。

 その直後、近くに隕石でも落ちたのかと錯覚してしまうほどの衝撃、爆音。

 竜の硬い表皮は飴細工のごとく破裂し、そして、実に呆気なく絶命した。


 ずずうんと音を立てて崩れ落ちる城喰らい。

 狐耳の少女はまるで何事もなかったかのようにぱんぱんと手を払う。


「あ、あなたは、一体……」


「んー? ただの大家さんじゃよ、イナリ荘の。……それよりも、じゃ」


 狐耳の少女は、ミレイアへずいと顔を寄せてきて


伝説級(レジェンド)の小娘よ、ここで見たことはぜーーんぶ忘れるがよい、他言したら末代まで呪うからの、こんこん」


「は、はひ……」


 ミレイアがやっとの思いで声を絞り出したのを確認して、狐耳の少女はなんと片手で竜の亡骸を持ち上げると


「さーて、一仕事終わったし、ウチに帰ってイナリご飯でも食うかの」


 そんな台詞を残して、姿を消してしまった。


 ミレイアは思う。

 この夢のような光景を、自分は生涯忘れることはできないだろう。

 しかし最上等級であるはずの神話級(ミソロジー)モンスターをただの一撃で仕留める彼女は、一体何者なのだ?

 イナリ荘の大家さんとは?

 それになにより


「イナリご飯ってなんですの……?」


 ミレイアは誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。


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