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第27話「馬に蹴られて死んじまえ」


 べきべきべき、と顔面の骨が砕ける音がする。

 血飛沫が噴水のごとく噴き出し、そして鵺の身体はきりもみ状に宙を舞った。

 煌びやかな羽織をくるくると回しながら飛んでいく様は、さながら一凛の花のようである。


「ぶべえっ!?」


 どしゃっ、と音がして鵺が地面に叩きつけられる。

 それと同時に、ミレイアにかけられた呪縛が解けた。


「……はっ! はぁ……お、オルゴさん……わ、私……私は……!」


 ミレイアが涙混じりに何かを訴えかけてこようとしたが、俺はそれを手で制した。

 いい、大丈夫だ。何も言わなくていい。

 それに……まだ終わってない。


「が、学習完了、最適化、肉体の再構成、完了……っ!!」


 鵺がふらふらと立ち上がる。

 見ると、顔面の傷が何事もなかったかのように塞がっている。

 しぶといヤツだ。


「な、何故……!? 妾はそなたの強さを学習した! あの攻撃は必ず受け止められる計算じゃった!」


「ちょっと本気出すって言ったの聞こえなかったか?」


「今までが本気を出していなかっただけだとでも!? 戯言を! どちらにせよもう終わりよ!!」


 鵺が先ほどを遥かに上回るスピードで俺の懐へ潜り込んだ。

 低く落とした腰、低く構えた握り拳。

 それらを全身のバネを使って打ち上げ――アッパーカット。

 俺の身体が大きく仰け反る。


「――とった!」


「いや?」


「!?」


 俺はあえて更に大きく身体を仰け反らせて、そのまましなる鞭のように足を蹴り上げる。

 爪先が彼女の顎下を捉え、みきみきみきっ、と骨の軋む音とともに鵺もまた大きく仰け反った。


「こ……こやつまさか段階的に力を解放してっ……!? 学習完了! 最適化! 肉体の再構成!」


 再び再生した鵺が体勢を立て直し、鋭く跳躍して、渾身の膝蹴りを放った。

 彼女の膝が俺の鳩尾を抉る。

 俺はすかさず両拳を頭上で組み合わせ、ハンマーのごとく振り下ろす。


「ぶっ!?」


 これは鵺の脳天に深々と突き刺さり、鵺は顔から地面に叩きつけられる。

 また一つ、クレーターが出来上がった。


「こここここ、こやつ底なしか!? がっ、学習完了! 最適化! 肉体の再構成ぃぃ!!」


 鵺が飛び起き、顔面目掛けて拳を放ってくる。

 俺は顔を僅かに横にずらしてこれを躱すと、お返しに二発、ジャブを顔面に打ち込んだ。

 ぴぴっ、と鼻血が噴き出す。


「学習、完りょ……」


「――いい加減にしろ、猿真似野郎」


 もはや反撃も許さない。

 俺は今までで一番に大きく拳を振りかぶって、鵺の顔面に叩き込んだ。

 放たれた拳がこれでもかと鵺の顔面にめり込む。

 この時に生じた衝撃波は、周囲一帯の瓦礫をまとめて吹き飛ばし、池の水をことごとく撒き散らした。


「ぐぶぅっ!!!?」


 遅れて、鵺の身体が紙屑のように吹き飛ぶ。

 何度も地面に身体を打ち付け、それでも勢いは死なず、大学校舎の壁に背中から叩きつけられる。

 あまりの衝撃に校舎そのものが崩れ落ちるかと思ったほどだ。


 しかし、さすがにしぶとい。

 磔となった鵺はか細い声で言った。


「汝、狐なり、汝、狐なり……!」


 鵺が全身に力を込め、地上に降り立つ。

 そして憎悪の黒い炎燃え滾る眼で、こちらを睨みつけてきた。


「主は言った……! 狐とは憎むべき仇敵、唾棄すべき存在、唯一主に匹敵する強者……! ――ならばそなたは狐なり! 狐、死すべし!!」


 鵺が音速さえ超え、一筋の光となって飛び掛かってくる。

 俺は、ぽりぽりと頭を掻いた。


「……知ったこっちゃねえ、何が狐だ、俺はただの空白級(ブランク)で、ただの大家さんだぞ」


 眼前まで迫った彼女の拳は黒々とした憎悪の炎を纏っている。


「主だかなんだか知らねえが、そんなこと俺たちには関係ない、お前が誰かも興味はねえ、俺たちはただ日々一生懸命に生きてるだけなんだよ」


 爆音とともに放たれた拳が、眼前まで迫る。


「――オルゴさんっ!?」


 ミレイアが俺の名を叫ぶ。

 俺は、やってきた拳を――なんなく躱した。


「なっ――!?」


 鵺が渾身の一撃を外し、体勢を崩す。

 何をそんなに驚いたような顔をしてるんだ、俺の本気はここから(・・・・・・・・・)だぞ。


 俺は腰を低く落として拳を構える。

 そして、一閃。


「――そんな普通に生きてるヤツらの邪魔をして、あまつさえ人の心を弄ぶような悪趣味野郎! 馬に蹴られて死んじまえ!!」


 放たれた拳は流星のごとく。

 光速を超え、一筋の光の軌跡を描き、鵺の顔面へと吸い込まれる。


「ぎゃばっ!!?」


 ――すさまじい破裂音とともに、鵺の身体は天高く打ち上げられた。


 高く、高く――

 いくつものソニックブームを発生させながら、彼女の身体は昇る朝陽のごとく、重く垂れこめた黒雲に突っ込んで、そして――黒雲を跡形もなく消し飛ばした。

 後に残ったのは、燃えるような夕焼けだけである。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 一方そのころ、とある極東の島国にて。


「――つ、ついに見つけたのじゃ!!」


 和装に身を包んだ狐耳の少女は、長年探し求めたソレとの対面に歓喜の声をあげた。

 ソレは、黄金色に輝く一枚の――油揚げである。


「これぞ千年に一度、伝説級の豆腐屋が一生を捧げ、ただの一枚のみ作ることができると言われておる終止符級(ピリオド)油揚げ――!! まさかこの目にする日がくるとは……!」


 狐耳の少女テンコは、油揚げを前にして感涙を流した。

 無理もない。

 何故ならその黄金色に光り輝く油揚げは、数千年の時を生きるテンコが生涯をかけて探し続けた究極の油揚げなのだから。


「ううっ……感無量じゃ、長生きはするものじゃなあ、今日この時のためにオルゴの心を弄……もとい大役を任せたと言っても過言ではないのう」


 彼女はしみじみと今までの人生を振り返ろうとして、すぐに辞めた。


「そんなことをしている暇があったら早く食おう! 出来立てが一番美味いんじゃ~♪ トンビに油揚げを攫われるようなことがあってはならんしのう! こーんこんこん!」


 テンコはるんるん気分で、油揚げをつまみ上げる。

 ああ、このぷりんとした油揚げの美しさたるや……もう我慢ならぬ!


「じゃあ、いっただっきま~……」


 す、と同時に油揚げにかぶりつこうとしたテンコであったが、それは未遂に終わった。

 何故ならば、遥か西の空から落ちてきた流れ星が油揚げに――直撃。

 これを粉々に粉砕した挙句、テンコの足元に衝突したためである。


「――――――」


 テンコはまるで彫像のごとく、口を開けたままの体勢で固まっていた。

 濛々と砂埃が立ち込る中、足元にできたクレーターの底から、何やら声が聞こえてくる。


「学習完了……! 最適化……! 肉体の再構成っ……!!」


 そしてクレーターの中から、一人の女性が這い出してきた。

 全身を土埃で汚した、煌びやかな和装の女性。

 頭頂部にはぴょこんと丸い――狸耳。


「あの男……! 絶対に許さん! 必ずや八つ裂きにしてくれるえ!」


 狸耳の女性がばねのように膝をしならせ、高く跳躍しようと身構える。

 しかし、彼女が再び空を舞うことはなかった。

 その背中に、今まで感じたこともないような凄まじい殺気を感じたためである。


「ッ――――――!?」


 この時、狸耳の女性の脳裏には、とあるイメージが沸き起こっていた。

 まるで見上げんばかりの巨人が、その指先で自らのか細い首をつまむような、そんなビジョンが。


 やがて、どこか聞き覚えのある問いかけが背後よりかけられる。


「――汝、狸なりや?」


 と。


 ゆっくりと後ろへ振り返った狸耳の女性。

 ――その後の彼女の行方を知る者は、一人としていない。


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