第21話「亡国の鵺」
――拳士の国、龍泉。
“牙獣”と呼ばれる異形の存在が跋扈するその世界に、武器や魔法などという脆弱なものは存在しなかった。
信じられるものは己が拳のみ。
磨き上げてきた拳だけが唯一無二の正義。
弱者は喰らわれ、強者は蹂躙する。
そんな世界で、拳の頂点に君臨した一匹の牙獣がいた。
多くの武芸者を呑み込んだ“天突きの竹林”、その最奥に鎮座するのが彼だ。
曰く、その腕力たるや一振りで山を崩し、その身軽さたるや夢幻のごとし。
名のある神すら恐れ慄く白面銀毛隻眼の大猿――
それが配下である怪虎“憎悪のショウメン”とともに千年以上にわたり数えきれないほどの武芸者を葬ってきた“悲哀のハクメン”その正体である。
しかし彼らの神話はある日終わりを迎えた。
十六代目紫桜と、二十二代目勇魚。
二人の神話級武術家が、辛くも勝利を収め、彼らに未来永劫解けることのない封印を施したのだ。
神話級、悲哀のハクメン。
及び神話級、憎悪のショウメン。
彼らの永い眠りが、今まさに覚めようとしていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
イナリ荘裏山廃墟跡に、一人の男が立っている。
薄汚れたローブで頭から爪先までをすっぽりと覆った、痩せぎすの男。
彼は小刻みに身体を震わせ、くつくつと笑っていた。
「ようやく……ようやく揃ったぁ!」
彼はにたりと口元を吊り上げ、足元のソレを蹴り飛ばした。
――ソレは、胴体から切り離された猿の頭部である。
猿の頭は血の海をばしゃばしゃと転がり、そしてあるものにぶつかった。
ズタズタに引き裂かれた、虎の足である。
「かはっ、ひっ、きひひひぃ!」
男は唾液を撒き散らしながら、狂ったように笑う。
「竜、狸、猿、虎……! 長かった、長かったぞ! 我が悲願がようやく成る!」
男は懐から一枚の札を取り出し、これを血だまりへ落とす。
舞い落ちた札は、じわじわとどす黒い血の色に染まっていって、そして――二千年の刻を経て、ある術式が作動した。
「――あの忌まわしき狐ですら気付かなかった最後の仕掛け! 神話級の残滓を融合させ、新たな生命を生み出す、我が生涯をかけた秘術!」
そうして男は両手を大きく広げ、天を仰ぐ。
すると血だまりがぼこぼこと泡立ち、そして黒煙をまとって、一体の“獣”が産まれた。
悲しみをたたえる“猿”の顔。
でっぷりと太った“狸”の胴体
強靭なる“虎”の脚。
そして――邪“竜”の尾。
男は、今此処に神話の化け物を作り上げてしまったのだ。
「はははははは!! かつて帝を死の淵まで追いやった最凶最悪の獣! 亡国の象徴! ここに顕現せり!」
異形の獣が嘶く。
その奇怪な声が山中に轟いたのち――山から生物の声という声が消えた。
後に残るは、男の狂気に染まった笑い声のみ。
「は、ははははは!! 素晴らしい素晴らしいぞ! さあ今こそ役目を果たす時だ! あのにっくき終止符級――天狐を殺せ!」
男の言葉に従い、獣は雷光のごとき速さで姿を消す。
神話級、亡国の鵺は凄まじい力の残り香をたどって、一直線にベルンハルト勇者大学へと向かった――
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